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2.高校生(再開)
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俺は未練がましく高校でもテニスを続けていた。
後輩にはもちろん、限られた人たちにしか進学先を教えなかった。万が一にも、早川が俺の後を追ってくる可能性を消したかったから。
だがインターネット全盛期。少し調べれば大会の戦績は出てくるし、友達のSNSを探せば俺はどこにいるのかは簡単に分かるだろう。あとはもう、早川は俺に飽きる、もしくは諦めてくれていることを願うしかなかった。
高校のテニス部は県内1、2を争う強豪校だ。ありがたいことに俺は県内では少しばかり有名人らしく、入部当初から活躍を期待されていた。
中学3年のあの忌まわしき大会以降、俺はテニス自体からも目を背け、自主トレもそこそこに勉強に注力していた。だから、久しぶりに純粋なスポーツの熱く爽やかな空気と、チームメイトたちの雰囲気がとても嬉しかった。また自分のために、チームのためにラケットを握ることができた。
しかし、俺の名前が知れていると言うことは、俺よりも有名な天才、早川も当たり前に知られていた。同じ中学ということで早川のことを聞かれることは多々あったが、テニスが上手い、と言うこと以外は語らず、彼の話題を避けていた。
◻︎◻︎◻︎
なぜ、という疑問もあったが、まあそうだろうなという妙な納得もしていた。
奴が、早川が入学してきた。
部活は当然、後輩もテニス部に入ってきた。
最初のうちは俺もかなり神経質になったし、やりすぎというくらいわざとらしく早川を避けた。俺は高校でできた友人たちと一緒に行動し、あいつが話しかけてくる隙を与えなかった。まあ、後輩も俺のことはもう忘れているのかのように、中学の頃みたいな執着めいた視線を常時浴びせるようなことはしなかった。だが、時折視線は感じていたが、罪悪感なのか、それともあの頃のままの感情をチラチラと見せているだけなのか判断はできなかった。また俺に話しかけたがっている雰囲気も感じ取れた。だがおれはそれすらも跳ね除けた。
そして、運命の高総体。
去年、俺が2年生の時、全国大会出場の目標が叶ったが、初戦敗退で終わってしまった。だから、今年はさらに上の戦績を残せるようチーム全体で士気が高まっていた。
そして県大会決勝。何の因果か、中学の繰り返しのように団体戦で同点で進み、最後の戦いで勝敗が決まる展開となっていた。また早川が大将だ。そしてまた誰もいないトイレでのやり取り。まるでデジャブだ。
だが、中学と決定的に違うのは。
「先輩、勝ちたいですよね?」
「勝って全国行きたいですよね?」
「…はあ、はあ」
ありえないほど動悸がする。疲れていないのに汗が流れ落ち、息が切れる。
中学の頃とは違う。本当に最後のチャンスだ。またここで断って試合に負けたとして、俺は大学に進学してもテニスを続けられる自信はなかった。2度もこの男にぐちゃぐちゃにされた俺の聖域に、また立ち直って踏み入ることができるほど、俺の精神力は強くなかった。
だが逃したくない。なんとしても全国に行って、勝って、1番の頂点に立ちたい。俺が10年以上これだけに向かって生きていたといっても過言ではない。それに去年の全国出場経験から、今年は今までで一番期待できる年なのだ。見たい。負けなかった者だけがみることができる景色を。
「…本当に、勝てるのか?」
「…………」
すぐに返事がこなかったので俺は終始伏せていた目線を上げる。
「…当然」
事もなげに発せられた言葉と、感情が読めない抑揚のない声と裏腹に、
「勝てますよ」
「!」
早川は見たことがない喜色を滲ませた薄ら笑みを浮かべていた。それは己の勝利を確信した顔だった。
◻︎◻︎◻︎
試合に勝った。俺たちは全国大会へ行くことが叶った。チームメイトたちは喜び、厳格で恐れられている監督も珍しく笑っていた。
あの場で笑えていなかったのは俺と早川だけだった。正確に言うと、早川は他のみんなに混ざって勝利と喜びを分かち合っているように見えたが、その喜びは試合に勝ったことではないということは俺だけが知っていた。
あの決勝戦、早川はまるでカケラも緊張した素振りを見せずに淡々を試合をこなした。相手は俺も何度か対戦したことがある、手強い相手だった。最初のうちは点を取ったり取られたりで、その度に俺以外のみんなが一喜一憂していた。そして、段々と戦局が早川に傾き始めてからはあっという間だった。これ以上負けられないというプレッシャーに追い込まれ、相手は細かいミスを重ねるようになり、簡単なサーブミスも何度かしてしまっていた。そして早川は終始変わらず、練習の時のようなプレーを見せていた。技術だけでなく、あの強靭なメンタルこそが、早川の一番の長所なのだと思った。
この試合が始まってから、俺の心はずっと凪いだままだった。
帰り、学校がチャーターしたバスで、当たり前のように俺の隣に座った後輩。他のみんなは疲れて寝てしまったようで話し声などは全く聞こえない。
俺も疲れていたので、こくりこくりと寝ようとしていた。
「先輩、来週、祝勝会が終わったらそのまま俺ん家に来てください」
そっと耳元で囁かれたことで一気に目が覚める。
思わず早川の方を向くと、爽やかな笑顔で「約束、ですよ」と小声で続けた。
祝勝会は来週の土曜だ。
◻︎◻︎◻︎
「「かんぱーい!!」」
祝勝会当日、学校の使われていない旧駐車場を借りて行われた。
みんなが楽しく飲み食いし、試合や練習の思い出を語り合っていた。
俺はどうしてみんなと同じような喜びを共有できないのだろう。どうしてあれだけ望んだ勝利を手にしてまったく嬉しくないのだろう。そんな負い目と悲しみで俺はほとんど楽しめなかった。
「さ、先輩行きましょう」
なんだかんだあっという間にパーティは終わり、みんなで片付けバラバラに解散し、俺と早川は駅で再開した。
パーティ中はほぼ学年ごとに集まっていたので、早川と話すことはなかった。
電車の中、あれ食べました?誰々さんが何々をして、など、早川の一方的な話を聞かされ、あっという間に二駅。ここで降りると言うので俺は黙って後を追った。ちなみにこの間俺は最低限の相槌のみで心ここに在らずといった状態だった。実際早川の話は半分も聞いていない。
駅を降りてすぐは、そこそこ商業施設などが並んでいたが、5分ほど歩けばすぐに住宅街に入った。
「俺、進学に合わせてこっちに住んでる兄貴の部屋に一緒に住んでるんです。実家も別に遠いわけじゃないけど…実は兄貴、半年くらい前から彼女の家に入り浸ってて、実質同棲みたいな感じで。俺ほぼ一人暮らしで快適なんすよね」
「…それって、」
「はい、家族の目とか気にせず、堂々と先輩を連れ込めるんすよ」
なぜもっと早く言ってくれなかったんだ。もう玄関に足を踏み入れてしまった。いくら家に行くと言っても、家族がいる中では簡単に手は出さないだろうと腹を決めて来たのに。
ああ、ガチャと鍵を閉める音が背後で大きく響いてしまった。
「っはやか、んむ」
玄関扉に押し付けられそのままキスをされた。ぬるりと侵入してきた舌に軽く口内を舐めまわされる。
怖い。
怖い。
なんで俺なんだ。俺はそんなにお前に気に入られるようなことしたか?
すぐに唇は離され、目を合わせられる。
若干赤らんだ顔の早川は、余裕がないのか少しだけ息が荒い。
「…せんぱい」
少し低めの耳触りの良い音で俺の鼓膜から脳を揺さぶる。
ぐっと体を密着されれば腹の辺りに硬い感触を感じ、熱に浮かされたような後輩とは逆に、俺は体の芯から冷たくなっていくような気がした。
「好きです、中司先輩。俺のものになってくれてありがとうございます。一生大事にします」
俺はいつから、何かを間違えたのか?
後輩にはもちろん、限られた人たちにしか進学先を教えなかった。万が一にも、早川が俺の後を追ってくる可能性を消したかったから。
だがインターネット全盛期。少し調べれば大会の戦績は出てくるし、友達のSNSを探せば俺はどこにいるのかは簡単に分かるだろう。あとはもう、早川は俺に飽きる、もしくは諦めてくれていることを願うしかなかった。
高校のテニス部は県内1、2を争う強豪校だ。ありがたいことに俺は県内では少しばかり有名人らしく、入部当初から活躍を期待されていた。
中学3年のあの忌まわしき大会以降、俺はテニス自体からも目を背け、自主トレもそこそこに勉強に注力していた。だから、久しぶりに純粋なスポーツの熱く爽やかな空気と、チームメイトたちの雰囲気がとても嬉しかった。また自分のために、チームのためにラケットを握ることができた。
しかし、俺の名前が知れていると言うことは、俺よりも有名な天才、早川も当たり前に知られていた。同じ中学ということで早川のことを聞かれることは多々あったが、テニスが上手い、と言うこと以外は語らず、彼の話題を避けていた。
◻︎◻︎◻︎
なぜ、という疑問もあったが、まあそうだろうなという妙な納得もしていた。
奴が、早川が入学してきた。
部活は当然、後輩もテニス部に入ってきた。
最初のうちは俺もかなり神経質になったし、やりすぎというくらいわざとらしく早川を避けた。俺は高校でできた友人たちと一緒に行動し、あいつが話しかけてくる隙を与えなかった。まあ、後輩も俺のことはもう忘れているのかのように、中学の頃みたいな執着めいた視線を常時浴びせるようなことはしなかった。だが、時折視線は感じていたが、罪悪感なのか、それともあの頃のままの感情をチラチラと見せているだけなのか判断はできなかった。また俺に話しかけたがっている雰囲気も感じ取れた。だがおれはそれすらも跳ね除けた。
そして、運命の高総体。
去年、俺が2年生の時、全国大会出場の目標が叶ったが、初戦敗退で終わってしまった。だから、今年はさらに上の戦績を残せるようチーム全体で士気が高まっていた。
そして県大会決勝。何の因果か、中学の繰り返しのように団体戦で同点で進み、最後の戦いで勝敗が決まる展開となっていた。また早川が大将だ。そしてまた誰もいないトイレでのやり取り。まるでデジャブだ。
だが、中学と決定的に違うのは。
「先輩、勝ちたいですよね?」
「勝って全国行きたいですよね?」
「…はあ、はあ」
ありえないほど動悸がする。疲れていないのに汗が流れ落ち、息が切れる。
中学の頃とは違う。本当に最後のチャンスだ。またここで断って試合に負けたとして、俺は大学に進学してもテニスを続けられる自信はなかった。2度もこの男にぐちゃぐちゃにされた俺の聖域に、また立ち直って踏み入ることができるほど、俺の精神力は強くなかった。
だが逃したくない。なんとしても全国に行って、勝って、1番の頂点に立ちたい。俺が10年以上これだけに向かって生きていたといっても過言ではない。それに去年の全国出場経験から、今年は今までで一番期待できる年なのだ。見たい。負けなかった者だけがみることができる景色を。
「…本当に、勝てるのか?」
「…………」
すぐに返事がこなかったので俺は終始伏せていた目線を上げる。
「…当然」
事もなげに発せられた言葉と、感情が読めない抑揚のない声と裏腹に、
「勝てますよ」
「!」
早川は見たことがない喜色を滲ませた薄ら笑みを浮かべていた。それは己の勝利を確信した顔だった。
◻︎◻︎◻︎
試合に勝った。俺たちは全国大会へ行くことが叶った。チームメイトたちは喜び、厳格で恐れられている監督も珍しく笑っていた。
あの場で笑えていなかったのは俺と早川だけだった。正確に言うと、早川は他のみんなに混ざって勝利と喜びを分かち合っているように見えたが、その喜びは試合に勝ったことではないということは俺だけが知っていた。
あの決勝戦、早川はまるでカケラも緊張した素振りを見せずに淡々を試合をこなした。相手は俺も何度か対戦したことがある、手強い相手だった。最初のうちは点を取ったり取られたりで、その度に俺以外のみんなが一喜一憂していた。そして、段々と戦局が早川に傾き始めてからはあっという間だった。これ以上負けられないというプレッシャーに追い込まれ、相手は細かいミスを重ねるようになり、簡単なサーブミスも何度かしてしまっていた。そして早川は終始変わらず、練習の時のようなプレーを見せていた。技術だけでなく、あの強靭なメンタルこそが、早川の一番の長所なのだと思った。
この試合が始まってから、俺の心はずっと凪いだままだった。
帰り、学校がチャーターしたバスで、当たり前のように俺の隣に座った後輩。他のみんなは疲れて寝てしまったようで話し声などは全く聞こえない。
俺も疲れていたので、こくりこくりと寝ようとしていた。
「先輩、来週、祝勝会が終わったらそのまま俺ん家に来てください」
そっと耳元で囁かれたことで一気に目が覚める。
思わず早川の方を向くと、爽やかな笑顔で「約束、ですよ」と小声で続けた。
祝勝会は来週の土曜だ。
◻︎◻︎◻︎
「「かんぱーい!!」」
祝勝会当日、学校の使われていない旧駐車場を借りて行われた。
みんなが楽しく飲み食いし、試合や練習の思い出を語り合っていた。
俺はどうしてみんなと同じような喜びを共有できないのだろう。どうしてあれだけ望んだ勝利を手にしてまったく嬉しくないのだろう。そんな負い目と悲しみで俺はほとんど楽しめなかった。
「さ、先輩行きましょう」
なんだかんだあっという間にパーティは終わり、みんなで片付けバラバラに解散し、俺と早川は駅で再開した。
パーティ中はほぼ学年ごとに集まっていたので、早川と話すことはなかった。
電車の中、あれ食べました?誰々さんが何々をして、など、早川の一方的な話を聞かされ、あっという間に二駅。ここで降りると言うので俺は黙って後を追った。ちなみにこの間俺は最低限の相槌のみで心ここに在らずといった状態だった。実際早川の話は半分も聞いていない。
駅を降りてすぐは、そこそこ商業施設などが並んでいたが、5分ほど歩けばすぐに住宅街に入った。
「俺、進学に合わせてこっちに住んでる兄貴の部屋に一緒に住んでるんです。実家も別に遠いわけじゃないけど…実は兄貴、半年くらい前から彼女の家に入り浸ってて、実質同棲みたいな感じで。俺ほぼ一人暮らしで快適なんすよね」
「…それって、」
「はい、家族の目とか気にせず、堂々と先輩を連れ込めるんすよ」
なぜもっと早く言ってくれなかったんだ。もう玄関に足を踏み入れてしまった。いくら家に行くと言っても、家族がいる中では簡単に手は出さないだろうと腹を決めて来たのに。
ああ、ガチャと鍵を閉める音が背後で大きく響いてしまった。
「っはやか、んむ」
玄関扉に押し付けられそのままキスをされた。ぬるりと侵入してきた舌に軽く口内を舐めまわされる。
怖い。
怖い。
なんで俺なんだ。俺はそんなにお前に気に入られるようなことしたか?
すぐに唇は離され、目を合わせられる。
若干赤らんだ顔の早川は、余裕がないのか少しだけ息が荒い。
「…せんぱい」
少し低めの耳触りの良い音で俺の鼓膜から脳を揺さぶる。
ぐっと体を密着されれば腹の辺りに硬い感触を感じ、熱に浮かされたような後輩とは逆に、俺は体の芯から冷たくなっていくような気がした。
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