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第四章 来訪者たち
来訪者 その5(1) 鏡の国の、、、
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午後、静かな光がリビングに差し込んでいた。冷蔵庫は沈黙を守り、通知の振動すらなかった。主人と奥様はソファでくつろぎ、猫(仮)はいつものように香箱座りを決め込んでいた。前足を丁寧に折りたたみ、目を細めて周囲を観測中。制度は穏やかで、揺らぎの兆しすら感じられないはずだった。
突然、猫の耳がぴくりと動いた。観測したら、そこに少女がいた。
制度通知はなかった。来訪記録もない。ただ、リビングの一室の隅、窓辺の鏡の前に、ふわりと現れたような存在。フリルのついた淡いピンクのワンピースが揺れ、白いタイツが光を柔らかく反射している。手には古びた紅茶缶と、透明な瓶に入った制度甘味体が二本──Collapse Residenceのキッチンに“いつの間にか”置かれていたものか、それとも鏡界から“制度をすり抜けて”持ち込まれたものか。
少女は微笑み、紅茶缶を軽く振った。中からかすかな葉の音がする。
「鏡の中から来たの。猫が鳴かないから、呼ばれたのよ。鳴かない日は、境界が薄くなるの。知ってる?」
俺はコーヒーカップを置いて目を丸くした。
「誰だこの子…? ドアのチャイムも鳴ってないぞ。制度ログに記録されてないなんて、ありえない。」
妻は冷静に、しかし少し楽しげに頷いた。
「観測されたから、まあ、ありか。Collapse Residenceじゃ、存在は観測で決まるものね。この子、制度外の“詩的侵入者”かしら。」
猫(仮)は動じず、香箱座りを崩さない。ただ、しっぽがゆっくりと左に揺れた。少女はそれを見て、くすくす笑った。
「ほら、見て。しっぽが左に揺れたら、空間はまだ夢の中。議事録は 開けちゃだめよ。開くと、すべてが固定されちゃう。今日は“鳴かない猫”のルールだから、自由に詩を紡ぐ日。」
少女は床に座り込み、紅茶缶を開けた。甘いアールグレイの香りが広がる。制度甘味体を一本取り出し、猫(仮)に向かって差し出した。
「これ、食べる? 制度の外で作られたお菓子よ。食べると、夢が少し漏れ出すの。」
猫は鼻をひくつかせたが、動かない。観測者として、慎重に境界を守っているようだ。
俺が近づき、少女のワンピースのフリルを指さした。
「鏡の中って、どういう設定だ? SF? ファンタジー? うちの制度に干渉する気か?」
少女は首を振った。
「設定じゃないわ。詩よ。鏡はただの扉。猫が鳴かないと、扉が開くの。鳴く日は警戒、鳴かない日は招待。あなたたちの住むこの場所、Collapse Residenceって、崩壊じゃなくて“収束”の意味でしょ? 制度が揺らぐたび、物語が生まれる。だから、私みたいなのが来るの。」
妻がキッチンからクッキーを取り出し、少女の隣に置いた。
「じゃあ、紅茶を淹れましょうか。制度甘味体は残り一本ね。節約しないと、冷蔵庫が文句言うわよ。」
冷蔵庫が、突然震えた。通知が届いた。まるで少女の存在を今さら認識したように。
コード
> 観測補助体:存在確定済
> 状態:詩的安定化
> 制度甘味体残数:1本
> 警告:鏡界干渉検知。しっぽ監視継続
少女は制度甘味体を一本開け、猫(仮)の前に置いた。猫はようやく前足を伸ばし、軽く嗅いだ。しっぽが今度は右に揺れた。
「あら、右は現実寄りね。じゃあ、少し話そうか。次に鳴かない日、私はまた来るわ。そしたら、みんなで鏡の向こうの制度を覗きましょう。そこじゃ、猫が王様よ。」
俺は笑った。「王様か。うちの猫(仮)、議事録より夢の方が好きそうだな。」
妻が言った。「この子、絵日記に少女の絵を描くかも。制度外の詩が、ログに混ざるわ。」
少女は立ち上がり、鏡の方へ歩いた。フリルがふわりと舞う。
「じゃあね。鳴かない猫に、ありがとう。」
鏡に吸い込まれるように消えた。残ったのは紅茶の香りと、半分溶けた制度甘味体。
猫(仮)はようやく鳴いた。にゃあ、と小さく。冷蔵庫が静かになった。
Collapse Residenceは、今日も制度の揺らぎの中で、意味を持たない。
突然、猫の耳がぴくりと動いた。観測したら、そこに少女がいた。
制度通知はなかった。来訪記録もない。ただ、リビングの一室の隅、窓辺の鏡の前に、ふわりと現れたような存在。フリルのついた淡いピンクのワンピースが揺れ、白いタイツが光を柔らかく反射している。手には古びた紅茶缶と、透明な瓶に入った制度甘味体が二本──Collapse Residenceのキッチンに“いつの間にか”置かれていたものか、それとも鏡界から“制度をすり抜けて”持ち込まれたものか。
少女は微笑み、紅茶缶を軽く振った。中からかすかな葉の音がする。
「鏡の中から来たの。猫が鳴かないから、呼ばれたのよ。鳴かない日は、境界が薄くなるの。知ってる?」
俺はコーヒーカップを置いて目を丸くした。
「誰だこの子…? ドアのチャイムも鳴ってないぞ。制度ログに記録されてないなんて、ありえない。」
妻は冷静に、しかし少し楽しげに頷いた。
「観測されたから、まあ、ありか。Collapse Residenceじゃ、存在は観測で決まるものね。この子、制度外の“詩的侵入者”かしら。」
猫(仮)は動じず、香箱座りを崩さない。ただ、しっぽがゆっくりと左に揺れた。少女はそれを見て、くすくす笑った。
「ほら、見て。しっぽが左に揺れたら、空間はまだ夢の中。議事録は 開けちゃだめよ。開くと、すべてが固定されちゃう。今日は“鳴かない猫”のルールだから、自由に詩を紡ぐ日。」
少女は床に座り込み、紅茶缶を開けた。甘いアールグレイの香りが広がる。制度甘味体を一本取り出し、猫(仮)に向かって差し出した。
「これ、食べる? 制度の外で作られたお菓子よ。食べると、夢が少し漏れ出すの。」
猫は鼻をひくつかせたが、動かない。観測者として、慎重に境界を守っているようだ。
俺が近づき、少女のワンピースのフリルを指さした。
「鏡の中って、どういう設定だ? SF? ファンタジー? うちの制度に干渉する気か?」
少女は首を振った。
「設定じゃないわ。詩よ。鏡はただの扉。猫が鳴かないと、扉が開くの。鳴く日は警戒、鳴かない日は招待。あなたたちの住むこの場所、Collapse Residenceって、崩壊じゃなくて“収束”の意味でしょ? 制度が揺らぐたび、物語が生まれる。だから、私みたいなのが来るの。」
妻がキッチンからクッキーを取り出し、少女の隣に置いた。
「じゃあ、紅茶を淹れましょうか。制度甘味体は残り一本ね。節約しないと、冷蔵庫が文句言うわよ。」
冷蔵庫が、突然震えた。通知が届いた。まるで少女の存在を今さら認識したように。
コード
> 観測補助体:存在確定済
> 状態:詩的安定化
> 制度甘味体残数:1本
> 警告:鏡界干渉検知。しっぽ監視継続
少女は制度甘味体を一本開け、猫(仮)の前に置いた。猫はようやく前足を伸ばし、軽く嗅いだ。しっぽが今度は右に揺れた。
「あら、右は現実寄りね。じゃあ、少し話そうか。次に鳴かない日、私はまた来るわ。そしたら、みんなで鏡の向こうの制度を覗きましょう。そこじゃ、猫が王様よ。」
俺は笑った。「王様か。うちの猫(仮)、議事録より夢の方が好きそうだな。」
妻が言った。「この子、絵日記に少女の絵を描くかも。制度外の詩が、ログに混ざるわ。」
少女は立ち上がり、鏡の方へ歩いた。フリルがふわりと舞う。
「じゃあね。鳴かない猫に、ありがとう。」
鏡に吸い込まれるように消えた。残ったのは紅茶の香りと、半分溶けた制度甘味体。
猫(仮)はようやく鳴いた。にゃあ、と小さく。冷蔵庫が静かになった。
Collapse Residenceは、今日も制度の揺らぎの中で、意味を持たない。
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