量子力学的マンションシリーズ

深井零子

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第五章 日常

管理人

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「こんにちは、奥様。今日はいい天気ですね。」 管理人は帽子を軽く持ち上げて挨拶する。 妻はエコバッグを肩にかけながら微笑む。

「ええ、風が気持ちよくて。猫も今日は鳴かないみたいです。」

管理人は少し首を傾げる。

「鳴かない…ということは、議事録はまだ開けてないんですね?」

妻は笑う。

「ええ、香箱座りのまま動かないから。空間も柔らかいままです。」

管理人はポケットから小さなメモ帳を取り出す。

「制度記録、今朝の分は“揺らぎなし”でした。冷蔵庫も静かです。 ただ、押入れの湿度が少し高めでして。座敷童(仮)が気配を濃くしてるかもしれません。」

妻はエコバッグの中からクッキーの箱をちらりと見せる。

「この子、好きかしら。制度甘味体じゃないけど、気配が和らぐかも。」

管理人はメモ帳に何か書き込みながら頷く。

「制度外のお菓子は、時々空間を中和しますからね。 ただ、猫(仮)が食べるかどうかで、空間の反応が変わることもあります。」

妻はふと空を見上げる。

「今日は、誰も来ないといいな。アリスも、統計学者も。 ただの“日常”が続く日って、制度にとって一番の贅沢かもしれません。」

管理人は帽子を深くかぶり直す。

「ええ、Collapse Residenceにとって、“何も起きない日”こそが、最も安定した物語です。」

妻は軽く会釈して、エレベーターへ向かう。 管理人はその背中を見送りながら、静かに制度ログを更新する。

Collapse Residenceは、今日も制度の揺らぎの中で、何気ない会話に守られていた。 そしてその午後、空間は“ただの日常”を記録した。
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