量子力学的マンションシリーズ

深井零子

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第五章 日常

来訪者、あるいは生活の綻び

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 その日の午後、インターホンが鳴った。このマンションに来客があるのは珍しい。というか、制度ログ上「来客」という概念が存在していないはずだった。

 画面には、宅配業者らしき人物が映っていた。だが、胸の名札は白紙。制服は見覚えがあるようで、どこか違う。
俺は眉をひそめた。

 「うち、何も頼んでないよな。」

 妻が玄関を開けると、業者はにこやかに箱を差し出した。
 「こちら、お届け物です。……いつもご利用ありがとうございます。」

 その「いつも」が引っかかった。
 俺達夫婦は、このマンションに来てから一度も通販の宅配を頼んでいない。

 受け取った箱は軽かった。開けると、中には——

 猫(仮)の写真が一枚だけ入っていた。

 しかも、昨日の夜の写真だ。俺達は猫(仮)を撮った覚えはない。隣人の部屋の前で香箱座りしている猫(仮)。
写真の端には、ノイズの影が写り込んでいた。

 俺はログを確認すると、

 「来訪者:記録なし」
 「配送:記録なし」
 「写真:撮影者不明」

とだけ表示されていた。

 妻は苦笑した。「軽いホラーみたいになってきたね。」

 猫(仮)は、写真の自分を見て、しっぽを一度だけ揺らした。まるで「これは観測の副産物だよ」とでも言うように。

 その日の夕方、隣人が廊下で声をかけてきた。「今日、宅配来ました?うちにも来たんですけど……中身が空っぽで。」

 妻は答えた。「うちは猫の写真が入ってました。」

 隣人は少し考え、ぽつりと言った。「……ああ、じゃあうちの“空白”は、まだ形になってないんですね。」

 軽い会話のはずなのに、どこか制度の綻びを覗かせる言葉だった。

 猫(仮)は廊下の真ん中で香箱座りをし、ノイズはその横で静かに目を閉じていた。
 二匹の間に流れるものは、来訪者の存在よりも、よほど“現実味”があった。
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