量子力学的マンションシリーズ

深井零子

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第四章 来訪者たち

来訪者たち その8 仲人

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 その日の夕方、インターホンが鳴った。画面には、スーツ姿の中年男性が映っていた。柔らかい笑顔。どこかで見たような、見ていないような。

 「ご無沙汰しています。仲人の——いやあ、久しぶりですね。」

 俺と妻は同時に固まった。

 仲人?自分たちの結婚に、そんな人は関わっていない。そもそも結婚の「過程」が存在しないのだ。

 玄関を開けると、男は自然に靴を脱ぎ、まるで昔からの知り合いのようにリビングへ上がり込んだ。

 「いやあ、あの時は大変でしたね。披露宴の席次表、ギリギリまで揉めて。」

 俺は小声で環に囁いた。「披露宴なんてしてないよな。」

 妻も囁き返す。「席次表どころか、結婚式すらしてない。」

 男は笑いながら、テーブルに紙袋を置いた。「今日はね、懐かしい写真を持ってきたんですよ。ほら、これ——」

 袋から出てきたのは、二人の結婚式の写真だった。

 白無垢の妻。
 タキシードの俺。
 仲人として立つこの男。
 参列者の笑顔。

 どれも鮮明で、加工の跡はない。だが、二人はその場にいた記憶が一切ない。

 透が制度ログを確認すると、
 「結婚式:記録なし」
 「仲人:登録なし」
 「写真:出所不明」
 とだけ表示されていた。

 男は写真を眺めながら言った。「いやあ、いい式でしたよ。あなた方の“出会いの過程”がちゃんと形になってね。」

 妻は思わず聞いた。「……私たちの出会い、覚えてますか?」

 男は微笑んだ。「もちろん。でも——制度が消したんでしょうね。過程は、残らないものですから。」

 その瞬間、猫(仮)が男の足元にすり寄った。ノイズが廊下の影から現れ、二匹は男をじっと見つめた。

 男は猫たちに向かって軽く会釈した。
 「お久しぶり。君たちが“証人”だったね。」

 俺と妻は息を呑んだ。猫(仮)とノイズが、仲人を知っている——?

 男は立ち上がり、玄関へ向かった。「また来ますよ。過程が戻る日は、きっと来ますから。」

 ドアが閉まると、制度ログに新しい通知が表示された。

 「来訪者:観測不能」

 猫(仮)は写真の前で香箱座りをし、ノイズはその影に溶けるように消えた。
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