ビッグテック皇帝 最適化された未来

深井零子

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The Vital Mandate

終章 書記官はまだ立っている

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 古谷は、静寂を取り戻した法廷で、自動印刷機から排出された判決文を、ゆっくりと、しかし正確に整えた。今日の「配送ドローン破壊事件」の公判は10分で終了した。被告人が口を開きかけた抗弁は「発言は制度的に不要です」という端末の警告によって即座に処理され、儀式は完了した。

 彼の目の前にあるのは、The Vital Mandate(T.V.M.)によって算出・確定された、完璧に整合性の取れた書類だ。生体ログ、位置情報、心拍の乱れから推定された「攻撃性」によって導かれた、数値の司法の結論である,。このシステムは、真実発見や被告人の権利保障といった、かつての人間的な目的を捨て、「社会の最適化」と「リスクの最小化」を図る「秩序維持アルゴリズム」へと変質した。制度は寸分の狂いもなく正しく動いている。

 古谷は、自分がこの「儀式層」に閉じ込められた、「儀式の記録係」であることを改めて認識する。彼の仕事は、判決文の自動印刷を監視することであり、裁判官が「制度の声帯」として判決を読み上げるのを聞くことだ。

 彼は、かつての「語りの司法」の残響を、今一度心の中で反芻した,。証言の揺れ、証拠の矛盾、裁判官が判決を下すまでに迷い、苦悩した時間,。言葉が人を救い、あるいは追い詰めた瞬間。それらはすべて、今や「制度的ノイズ」として扱われ、完全に不要とされた。

 古谷(50代前半)は、20年以上、刑事裁判の書記官として働き、「語りの司法」を身体で知っている最後の世代である。彼は、語りを排除するためにこの制度が導入された事実を知っていた。そして今、誰も語らない、誰も聞かないこの世界で、その記憶だけが、古谷を毎日この法廷に立たせている理由だった。

 彼は、椅子から立ち上がった。彼の記憶に比べれば、印刷された判決文のインクの匂いはあまりにも薄く、冷たい。古谷は、自分自身が、完全な最適化を目指すこの制度にとって、余計な人間、すなわち「制度外の残響」となっていることを悟る。

 古谷は、かつての司法の影のように薄い声で、静かに告げた。

 「本日の裁判は以上です」

 制度は正しく動いている。ただ、この法廷には、人間だけが余っているのだ。
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