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8.考える鼠
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今日は夜ご飯何にしよう……。
僕はそんな事を考えながら学校の帰りにスーパーへ寄って買い物を済ませた。必要なものだけ買うと、ため息つきながら店を出る。
出たところで知らない男性に呼びかけられたが、イマイチ何を言っているのかよくわからない。かわいいとか言われたような気がするが、いい歳した男に使う表現ではないし、僕自身ウザいと言われたことはあるが、褒められたことなどないのでやはり気のせいだと思われる。
とりあえず俯き加減に頭を少し下げた後で、僕は逃げるようにその場を離れた。
たまにこういうことがある。知らない男の人が何かを言ってくることが。暴力を振るわれるわけでもないがとりあえず異世界の人のような気がして、よくわからないし怖いので大抵は逃げるようにその場を離れることにしていた。
アパートに着くと、管理人さんに出会った。
「お帰りなさい、内藤さん。お疲れ様」
ここの管理人さんは僕より少し年上くらいだろうか。管理人としては若いだろうにいつも笑顔で接してきてくれるいい人だ。他の住人さんとも楽しそうに話しているのを見かける。
こういう人が女の人にモテるのだろうなぁと思いつつ、僕は何とか少しでも笑顔を作って頭を下げると、パタパタと階段を上がった。僕にしては珍しく、逃げることなくそれなりに接することのできる人だ。
逃げると言えば……。
僕は部屋に着くとまた、ため息つきながら買い物袋を置いて中身を出す。
今日、五月先生に変なこと聞かれた。
……ひ、ひと、1人エッ……チ、をするのかって……。
僕はついその場に固まってしまうしかなかった。何も言えず固まっていると、五月先生は苦笑した後に「変な事を聞いたようですね、失礼しました」と言って僕をあっさり解放してくれた。また何かされるのだろうかとハラハラしていた僕はホッとするとともに、気が抜けたのかその場に崩れそうになった。
「おっと。大丈夫です?」
すると五月先生が僕を支えてくれた。僕はそんな五月先生に礼すらまともに言えず、その場を逃げるようにして立ち去ったのだった。変なこと聞いてきたとはいえ、僕を気遣ってくれたというのに。
僕は買ってきた肉と糸こんにゃくを狭い小さなキッチンのシンクに置いた。
確かジャガイモと玉ねぎ、人参はあったはずだから、肉じゃがにしよう。
僕は野菜を切りながらまた、ため息ついていた。
……五月先生がよくわからない。
いい人そうだとも思える。管理人さんのように、誰の目にも止まらないような僕に声をかけてくれるし、いつも笑いかけてくれる。先ほどのように、大丈夫かと支えてくれたりもした。
でも……やはり何を考えておられるのかさっぱりわからない。何で僕に、キ、キ、キ……、キスとか、するんだろう。意味がわからない。
本当に五月先生がわからないから、こんなにも怖いのかもしれない。実際のところ、キスされる以外で暴力を振るわれたことも、乱暴な言葉を投げられたこともないのに、毎回あんなに怖がってしまうのは失礼だろうとは思う。でもどうしようもない。
肉を炒め、玉ねぎなども入れる。そして調味料を足して煮込んだ。
こんな僕が、よく先生になれたなとか、なったな、と僕を知っている数少ない友人から言われたりする。
でも憧れていたから……。
憧れて、なれた教師だ。確かに僕のような性格は教師には向いていないのかもだけれども、がんばりたいと、日々思っている。
とは言え、生徒たちも僕はほとんど目に入ってないのだろうな。覚えられているかどうかも怪しいところだ。
僕は自嘲気味に少し笑うと、鍋の火を止めた。そして先に風呂へ入る。
ここはアパートだから小奇麗なマンションと違う。でもその分、ワンルームマンションによくあるようなユニットタイプのバスルームと違って、風呂場とトイレが別々の、セパレートタイプであるのが気に入っていた。
お風呂はゆっくり、入りたいし……。
湯船に入る前に先に体を洗う。そして下を洗う際に、つい五月先生に言われたことをまた思い出し、一人で赤くなってしまった。
だいたいあの先生は僕を何だと思っているんだろう……。そりゃキ、キスすらしたことないけれども……、一人でくらい、したことある……。
ただ、あまりそういう気にならないだけだ。普通の頻度は知らないけれども、僕は本当に滅多にしなかった。
してみても、そんなにいいものとは思えないし……。
僕は洗いながら少しだけ弄ってみたものの、やはりそんな気になれなくてため息つくと、泡をシャワーで流し始めた。
……一瞬。
一瞬だけ、なぜか五月先生の顔がよぎった。どうやらあの先生の意味のわからなさに、相当僕は悩まされているようだ。あの怖い先生には、今後もできるだけ関わらないようにしようと僕は改めて考えつつ、湯船に浸かった。そして呼吸のように何度も吐いているため息とは違う、心の底から寛ぐようなため息を大きく吐いて、お湯の中で伸びをした。
僕はそんな事を考えながら学校の帰りにスーパーへ寄って買い物を済ませた。必要なものだけ買うと、ため息つきながら店を出る。
出たところで知らない男性に呼びかけられたが、イマイチ何を言っているのかよくわからない。かわいいとか言われたような気がするが、いい歳した男に使う表現ではないし、僕自身ウザいと言われたことはあるが、褒められたことなどないのでやはり気のせいだと思われる。
とりあえず俯き加減に頭を少し下げた後で、僕は逃げるようにその場を離れた。
たまにこういうことがある。知らない男の人が何かを言ってくることが。暴力を振るわれるわけでもないがとりあえず異世界の人のような気がして、よくわからないし怖いので大抵は逃げるようにその場を離れることにしていた。
アパートに着くと、管理人さんに出会った。
「お帰りなさい、内藤さん。お疲れ様」
ここの管理人さんは僕より少し年上くらいだろうか。管理人としては若いだろうにいつも笑顔で接してきてくれるいい人だ。他の住人さんとも楽しそうに話しているのを見かける。
こういう人が女の人にモテるのだろうなぁと思いつつ、僕は何とか少しでも笑顔を作って頭を下げると、パタパタと階段を上がった。僕にしては珍しく、逃げることなくそれなりに接することのできる人だ。
逃げると言えば……。
僕は部屋に着くとまた、ため息つきながら買い物袋を置いて中身を出す。
今日、五月先生に変なこと聞かれた。
……ひ、ひと、1人エッ……チ、をするのかって……。
僕はついその場に固まってしまうしかなかった。何も言えず固まっていると、五月先生は苦笑した後に「変な事を聞いたようですね、失礼しました」と言って僕をあっさり解放してくれた。また何かされるのだろうかとハラハラしていた僕はホッとするとともに、気が抜けたのかその場に崩れそうになった。
「おっと。大丈夫です?」
すると五月先生が僕を支えてくれた。僕はそんな五月先生に礼すらまともに言えず、その場を逃げるようにして立ち去ったのだった。変なこと聞いてきたとはいえ、僕を気遣ってくれたというのに。
僕は買ってきた肉と糸こんにゃくを狭い小さなキッチンのシンクに置いた。
確かジャガイモと玉ねぎ、人参はあったはずだから、肉じゃがにしよう。
僕は野菜を切りながらまた、ため息ついていた。
……五月先生がよくわからない。
いい人そうだとも思える。管理人さんのように、誰の目にも止まらないような僕に声をかけてくれるし、いつも笑いかけてくれる。先ほどのように、大丈夫かと支えてくれたりもした。
でも……やはり何を考えておられるのかさっぱりわからない。何で僕に、キ、キ、キ……、キスとか、するんだろう。意味がわからない。
本当に五月先生がわからないから、こんなにも怖いのかもしれない。実際のところ、キスされる以外で暴力を振るわれたことも、乱暴な言葉を投げられたこともないのに、毎回あんなに怖がってしまうのは失礼だろうとは思う。でもどうしようもない。
肉を炒め、玉ねぎなども入れる。そして調味料を足して煮込んだ。
こんな僕が、よく先生になれたなとか、なったな、と僕を知っている数少ない友人から言われたりする。
でも憧れていたから……。
憧れて、なれた教師だ。確かに僕のような性格は教師には向いていないのかもだけれども、がんばりたいと、日々思っている。
とは言え、生徒たちも僕はほとんど目に入ってないのだろうな。覚えられているかどうかも怪しいところだ。
僕は自嘲気味に少し笑うと、鍋の火を止めた。そして先に風呂へ入る。
ここはアパートだから小奇麗なマンションと違う。でもその分、ワンルームマンションによくあるようなユニットタイプのバスルームと違って、風呂場とトイレが別々の、セパレートタイプであるのが気に入っていた。
お風呂はゆっくり、入りたいし……。
湯船に入る前に先に体を洗う。そして下を洗う際に、つい五月先生に言われたことをまた思い出し、一人で赤くなってしまった。
だいたいあの先生は僕を何だと思っているんだろう……。そりゃキ、キスすらしたことないけれども……、一人でくらい、したことある……。
ただ、あまりそういう気にならないだけだ。普通の頻度は知らないけれども、僕は本当に滅多にしなかった。
してみても、そんなにいいものとは思えないし……。
僕は洗いながら少しだけ弄ってみたものの、やはりそんな気になれなくてため息つくと、泡をシャワーで流し始めた。
……一瞬。
一瞬だけ、なぜか五月先生の顔がよぎった。どうやらあの先生の意味のわからなさに、相当僕は悩まされているようだ。あの怖い先生には、今後もできるだけ関わらないようにしようと僕は改めて考えつつ、湯船に浸かった。そして呼吸のように何度も吐いているため息とは違う、心の底から寛ぐようなため息を大きく吐いて、お湯の中で伸びをした。
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