猫と鼠

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7.楽しむ猫

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 内藤先生が受け持っている学年の女生徒が友だち一人を引きつれて、少々切った手の消毒に来た。俺はその際に「そういやお前らの学年受け持ちに内藤先生っていたな」と何気なく聞いてみた。

「ナイトウ? て、誰?」
「あー、あれじゃなーい、国語のさ……?」
「え? あー……いたいた。何かいっつも俯いてる感じの!」
「何か頼りなさそうだよね、あのセンセーって」
「どーてーぽいし。そのセンセーがどーしたのー五月センセー?」
「……いや」

 俺は首を振りながら少しだけ漏れた笑いを飲み込んだ。

 内藤先生のイメージはやはりそんなものか。確かに絶えずビクビクして俯いてそうだしな、あの人。

 ほぼ何の反応もなかった、いやむしろマイナスなセリフを残していった生徒らが保健室を出て行った後、俺はまた少し笑いながら思った。
 別にチビではない。デカくもないが、普通に身長はある。それに顔だって悪くない。むしろかわいらしい整った顔立ちをしている。なのにどれほど注目されていないのだと思うと、おかしくて仕方ない。おまけに確かにどう見ても頼りなさそうだし、童貞どころかキスすらしたことなかった。
 中々の掘り出し物を見つけた気分で、俺は少しだけワクワクしている。そういった経験の全くない、しかも俺のことを怯えている相手をゆっくりと料理していくなんて、とても楽しそうじゃないだろうか。できれば相当ゆっくりと弄びたいところだ。
 ただ、この間堂本の野郎が「あの内藤先生ってよくよく見るとかなりかわいらしい顔してんのな」などと言ってきていた。全く接したことなかったらしいが、たまたま話しかけてみた際に何とも言えないような表情で見返してきたらしい。

「興野先生も、きお先生確かにかわいらしいっすね、とか言ってたぜ。まあ俺は男には興味ねぇけどさ。興野先生はどうだか知んねぇよ? とりあえず和実は避けられてるっぽいし、前途多難だろうしな。まあがんばれよ」

 心の底から余計なお世話だ。だが、確かにあまりにゆっくり、というのはいただけないのかもしれない。

 にしても、何とも言えない表情、か。

 俺はこの間教員用の更衣室で追い詰めた際の内藤先生の表情を思い出した。壁に押しつけ見下ろしていると、今にも泣きそうな表情で怯えたように見上げてきた。そんな表情がかなりツボに入ったので、思わず「何て顔だ」と呟いた後、またキスしていた。今度は舌も入れた。
 キスしたことないだけあり、こちらが舌を絡めにいってもまったく反応してこない。むしろ抵抗すらできないのか、されるがままだった。息継ぎの仕方もわからないようで、苦しそうに表情を歪め、涙を浮かべつつもだんだん頬が赤くなっていく。唇をようやく離した後も少しの間、彼はぼんやりしていた。
 いちいち反応がこちらの何かを擽ってくる。俺はけっこうSっぽいタイプを泣かせるのが好きだと自分では思っていたが、違ったようだ。ただ内藤先生はMという訳でもない。ひたすら、怯えた鼠。
 そう。この小さな鼠のようなおどおどした小動物を、俺はどうもいたぶりたくて仕方ない。怯えたような小動物系をいたぶるのは特に趣味でないと思っていたのだが。
 俺はまた少し笑ってから、ふと思った。そういえば彼はキスもしたことない童貞だけれども、自己処理くらいはしてるのだろうか。考えてみても、内藤先生が本や映像などを見て抜いているところが全くもって想像できない。

「……おもしろいな……」
「何がおもしれぇんだかしんねぇけど、きめぇんだよテメェ……」
「何だ、いたのか」

 気づかなかったが、いつのまにか斉藤という生徒が近くに立っていた。俺につっかかってくるようなタイプの生徒だ。

「俺だっていたくねぇんだよ。でも仕方ねぇだろが。あのクソボケ担任がテメェに持ってくプリント、廊下で会ったってだけで俺に押しつけやがったんだよ……!」
「へぇ? それをお前は大人しく持ってくんのか。意外に従順だな?」
「うるせぇ。うぜぇけど別に俺は反抗期でもなんでもねんだよ。ただ特にテメェが気にくわねェだけ。おら、さっさと受け取れよ」

 斉藤は心底鬱陶しそうに言うと、束になったプリントを渡してきた。俺はそれを笑顔で受け取る。

 ……元々はこういうタイプの子を泣かせる方が好みなんだが、な。

「……そういや、お前、保志乃と付き合ってるんだって? 悪くない趣味だな」
「……黙れ」
「照れるなよ」
「照れてんじゃねぇよボケぇ! んじゃ」
「あ、一つだけ」

 俺がそう言うと、踵を返して歩きだした斉藤が足を止めてこちらを見てきた。

 こういう案外素直な所がかわいいな、こいつは。

「保志乃ってどこか小動物みたいだったよな? あまり色々疎そうで、怯えるタイプではないとは思うが、お前のこと、怖がったりしなかったのか?」

 保志乃はおどおどはしていないものの、おとなしそうな生徒だ。普通はああいったタイプは斉藤のような感じを敬遠しそうだがと思い、聞いてみた。

「ああ? 藪から棒に失礼だな。別に怖がられたことはねぇよ。んだ? その質問。わけわかんねぇ」

 怪訝そうに言うと、斉藤は振り返らず保健室を出て行った。

 まあ、参考にもならん、な……。

 ただ、内藤先生のあの怯え具合が面白い半面、少々怯えすぎじゃないだろうかとも思っている。それはこちらのことを完全に否定しているからか、誰に対してもそうなのか。
 俺は立ち上がって伸びをした。

 少し校内を巡回するか。トイレチェックの仕事もまだあるしな。

 保健室を出てしばらくすると、こちらにとっては運のいいことに、内藤先生と鉢合わせした。ニッコリ笑いかけると、案の定かなり構えた風に体を硬くして怯えられた。

「内藤先生ってば、ちょっと俺に対して怯えすぎじゃないですか?」

 俺はそう言ってニコニコ笑いながら手を彼の肩に置いた。

「っひ……」

 それだけで内藤先生はますますビクリと怯えた様子を見せてくる。

 ……やはり……楽しい。

 彼が俺に対してだけこれほど怯えるんだとしても構わない。だってこんなに楽しい気持ちになるんだからな、こちらは。

「ほんと、ビクビク怯えちゃって……」

 内藤先生の耳元に顔を近づけて囁くと、さらに体を縮こまる彼が、いっそかわいらしい。

「そういえば先生」
「な、な、何で、す……?」

 内藤先生は、呼びかけると一応は大人だからか、怯えつつも律義に返事してくる。

「先生って、1人Hって、されてるんです?」

 だがそう聞いた後、彼はそのまま固まってしまった。
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