双神の輪~紡がれる絆の物語~

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2章 学生編  生きる覚悟

32話

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 アリアンは末っ子の上に三人の中で唯一の女でもあり、親からとても大切に育てられてきた。箱入りというのはまさにアリアンを指すのだろうというレベルだったし、アリアンもそれが普通だと思っていた。元々おとなしい性格だったのかもしれないが、環境のせいもあるのだろう、外への関心さえないままずっと屋敷に引きこもっていた。
 日々の過ごし方といえば令嬢としての教育以外でも、ドレスを着替えたり髪や肌の手入れをしてもらったり、飼っていた小鳥を眺めたりお茶を飲んで花を眺めたりしていた。
 そんな中でアリアンが一番好んで自ら楽しんでいたのは読書だろうか。難しい内容はわからないので、もっぱら物語ものを好んで読んでいた。なかでも王子と姫の話や、剣と魔法と冒険の話が好きだった。冒険と言えども難題を解いていき姫や令嬢を守ったり助けたりするような話だろうか。それらの物語に出てくる王子や勇者に夢を馳せていた。
 もちろん現実にも王子はいる。自国では今のところ王女だけだが、他国からも王子は留学して来ている。ただ残念ながらずっと屋敷の中でしか過ごしてこなかったアリアンには人見知りが激しすぎて、学園にいる他国の王子がどんな人かちらりとでも拝見することすら無理そうだった。
 学校も本当は行きたくなかった。だが他の王族や貴族の子息子女は大抵行っている人が多いらしい。だからアリアンも行くべきだと親に言われてしまった。父親はそれでもアリアンが嫌なら、と態度を緩めてくれていたがむしろ母親のほうに「行きなさい」と強く言われてしまった。

「お母様……知らない方ばかりなんですのよ? そんなところで過ごすなんて私……、死んでしまいます」
「……アリアン。あなたもいずれどなたかの元へ嫁ぐのですよ。その時だって周りは知らない方ばかりでしょう。そうなってもあなたは嫌だ嫌だと旦那様となられる方にわがままを言うのですか」
「っだったら私、結婚もいたしません……」
「……はぁ。私はあなたを甘やかし過ぎたようです。永遠に屋敷の中だけで過ごす気ですか」
「だって……」
「言い訳はききません。学園には通ってもらいます」

 いつもは父親を立てて基本黙っている母親の確固たる態度に、父親も「行きなさい」と言うしかなかったようだ。
 元々おとなしい性格もあり、それ以上嫌だとわがままも言えなかった。仕方なく十三歳になってから通うようになったが、毎日憂鬱だった。十四歳になってからはデビュタントとしてパーティーにまで出席させられた。だがその後は学校へ変わらず通う代わりに一切社交界へは出ていない。
 幸い父親は王族の出で身分が高いこともあり、いじめられることはなかった。しかし最初の頃話しかけてきた人たちも次第にアリアンに話しかけてくることはなくなっていった。だがむしろホッとしたし、アリアンは隙あらば二番目の兄であるルバスから離れないでいた。一番上の兄であるラントは性格がきつい上に年が離れているのもあって少し怖い。だがルバスは一つしか離れていないしアリアンには優しいので好きだった。
 今日もいつものようにルバスの元へ向かっていた。側近である護衛騎士のティム・ラーコムが休み時間の度に来てくれるが、さすがに必ず毎回は難しいことくらいはアリアンでもわかる。なので頑張って一人で兄のいるクラスへ向かい恐る恐る覗き込んだが、どうやら兄も用事ができたのか教室にはいなかった。
 がっかりしたがすぐに自分の教室へ戻る気になれない。戻っても緊張してしまい落ち着かない。そしてたまたま目についた中庭へ来たのはよかったが、何気に手にしたハンカチがうっかり風に飛ばされてしまった。お気に入りのハンカチだった。だがティムもいないためどうしていいかわからない。ただでさえ小柄なアリアンにはどうすることもできなかった。何だか悲しさと心細さに泣きたくなっているとアリアンの横をさっと駆ける存在を感じた。
 その人はあまりにあっさりと木の太い枝に飛び乗り、あっという間に引っかかっていたアリアンのハンカチを手にすると、羽が生えているかのように優雅に飛び降りた。そしてとても穏やかで優しい笑みを浮かべながら「少し汚れてしまったようです」とアリアンの元へ近づくと恭しさすら感じられる態度でハンカチを差し出してきた。
 アリアンは一気に顔や耳が熱くなるのを感じた。だがこれは人見知りのせいではない。

 ……王子様みたい……。

 黒い髪に黒い瞳。整った顔はどこか遠い国の高貴な風でいてとても優しげだ。
 物語に出てくる漆黒の夜の、月の王子様だと思った。とても美しくて優しくて優雅で、そして勇ましいその人を、アリアンは思わずじっと見つめていた。

「……あの?」
「っあ、そ、その、も、申し訳ありません……その、あ、ありがとう……ございます」

 恥ずかしい。まともに受け答えのできない自分が恥ずかしかった。

「いえいえ」

 その人はとても優雅で優しい笑みを向けてくれた。

「それでは。アリアン嬢」
「ど、どうして私の名前を……?」

 そのまま立ち去ろうとしたその人に思わず聞いていた。

「え? だってあなたと俺は同じクラスなんですよ? 俺は琉生と申します。ルイ・ターナー。お見知りおきを」

 そう言うと、少し大げさにお辞儀をして立ち去って行った。

「やっぱり王子様……」

 アリアンはルイが立ち去った後もずっとその方向を見ていた。
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