ヒロイン効果は逃れられない

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5話

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 そもそも何故自分はこの状況を受け入れているのかとフィンリーは改めて気づく。
 いや、乙女ゲームのキャラクターと名前が一致していることに気づいてからもちろん混乱と驚愕と憂虞とその他諸々の感情にもみくちゃにされてる気分ではあるが、普通に考えて受け入れられる内容ではない気がする。ただ先に転生したことに気づいたせいでワンクッションあったからだろうか、意外なほどそこそこ冷静に受け止めていた。

 ……でもおかしな話だよな。ゲームの世界に入るって何それって感じ。そりゃ転生するくらいだから考え方によればどういった世界のどういった軸に紛れ込んでもおかしくないのかもしんないけどさ。

 弘斗だった頃の仕事柄か、柔軟性はある。とはいえまさか自分がと思ってしまうのは仕方がない。どうせなら桃が来れば本人も最高だっただろうにと思ったところで「いや駄目だ、まず死なないとじゃねえか、死んで欲しくない」と思い直す。

 つかなんだよ、そもそもトラックに跳ねられて死んで転生って。桃から聞いた転生ものの小説や漫画で多分百回は聞いたぞ馬鹿じゃねぇの……っ?

 残念ながらと言えばいいのか、前世で弘斗はオタクではなかった。妹の影響で一般的な人よりはかなり詳しくなったとは思うが、さすがに気持ちがついていかないので今この状況に気づいてもそういったテンションは上がらない。

 ……美形に生まれたと気づくだけでよかったのに。勝ち組どころか下手したら俺、恐ろしいことになっちゃう。男は嫌だ。欲しいのは彼女なんだよ……男は嫌だ……。

 このままひたすらベッドにこもって自分の運命を嘆くべきかと思ったが、前世での持ち前の性格と少し大げさだが営業職として培った不屈の精神がそれを許さないようだ。フィンリーはとりあえずおやつを貪った。まずは何か食べて気力をと思っただけで、別に太って攻略キャラの気持ちを間違いなく自分に向けないようにしようと思ったわけではない。そんなマイナス的な方法も嫌だ。
 とはいえ攻略キャラがこちらに対して邪な気持ちを持たないようにするという発想は悪くない。ゲームと違ってフィンリーはヒロインではないはずだ。普通に考えてゲーム通りになるならまず女に転生しているはず。男同士だしまずスタートすら発生しないだろう、と思いたいところだが、そう考えようとするとあのジェイクの表情が浮かぶ。
 そう、油断大敵。念には念を入れたほうがいい。
 幸いゲームのストーリーは一応把握している。忘れないようこれからも少しずつ思い返したところはメモしていこうとフィンリーは思った。そして普段から気をつける。それでも現状がゲームでのそういったアレな展開に転びそうだった時と似た展開になりそうだと察知したら、即回避だ。
 攻略キャラとお近づきにならないようにすることも大切だろう。リースとジェイクとはどうしても出会わざるを得なかったが、まだ他にも確か三人いる。その内の一人とは多分会うことになる可能性が高いが、フィンリーが男だけに親しくなる可能性からは回避できる気がする。そいつを回避できれば必然的にもう一人とは親しくならない。さらにもう一人に関してもおそらくそいつを回避することで選択肢が発生することはないし、フィンリーは男なので多分出会う可能性もかなり低いはずだ。というかリースとジェイクのルートへ分岐するのもその攻略キャラと親しくならなければもしかしたら発生しない可能性がある。例のどちらかを頼る選択肢はそいつと再会して以降に発生するはずだった。

 がんばれ俺。
 あとはあれだ。この際頭の中が二十三歳であることは忘れてやはり積極的に今から彼女をつくるべきだ。そうすることでやつらとのフラグをへし折ることも可能ではないだろうか。

「メアリ」
「フィンリーさま。ジェイクはどうなさったんですか」
「しょうらい俺のせわかかりをするっていってたから、じゃあこれからはまいにちおとなの人にちゃんとおそわらないとだねって言ったんだ」
「なるほど」
「だからメアリが俺とあそんで?」
「ええ、もちろん」

 ふわりとメアリが笑う。

 ふ……計画通り。

 フィンリーは内心ゲス顔の勢いでニヤリとした。あと、精神的年齢差が半端ないからとちゃんと見ていなかったが現実のメアリは十分可愛い。攻略対象であるジェイクと双子なので顔が美形なのは当然なのだろうが、キリッとした目元が笑うことでふわりと緩むところはとても可愛い。
 これがギャップ萌えという、桃が言っていたやつだろうか。同じギャップでもふわりとした雰囲気から射殺す勢いの表情を見せられるギャップはごめん被りたいところだが。
 ただ一つ問題がある。

「メアリ」
「はい、フィンリーさま」
「えっと、その、メアリ……ってすきなタイプ……」
「え?」
「いや、すきなおかしってなに?」
「わたしはジャムののったクッキーでしょうか。フィンリーさまは?」
「俺もそれすき。でもはにくっついちゃわない?」

 何が問題かって、いくら頭の中が二十三歳でも前世での女性経験があまりになさ過ぎて、こういったことに関しては全くもって生かせないということだ。今のフィンリーは五歳にして最高に勝ち組ではあるし、この顔なら多分将来は黙っていても女の子が寄ってきてくれるかもしれないが、まだ子どもでありいずれ世話係としてここにいる、しかも基本真面目なメアリが自ら寄ってくれるはずがなかった。だが自分からどう誘えばいいのかさっぱりわからない。

 っく……。甘かった。いやしかし俺は諦めないぞ。何とかして早く彼女を作って、あと攻略対象たちからはなるべく親しくならないようにしてやる。

 ほんの少し折れかけた心に発破をかけつつ、リースとジェイクに関しては親しくならないようにするのが難しいことは承知している。だからあれだ。これ以上もっと親しくならないよう適度に対応し逃げる。これに尽きるだろう。
 だが物事というのは何でも思い通りにはいかないものだ。大人で既にフィンリーの世話をしている他の使用人から色々学ぶようにと言いつけたジェイクだが、要領がいいのか攻略キャラだけに優秀なのか、何でもテキパキとこなしてはすぐに時間を作りフィンリーの元へやってきた。ただでさえメアリを落とすことに困難を覚えているというのに結局ジェイクに付きまとわれて閉口するしかない。
 ジェイクが攻略キャラだと知ってからもやはり基本的に可愛らしいと思ってしまう気持ちは変わらないが、それすらもフラグではないだろうかとフィンリーは戦々恐々としてしまっていた。とても逃げたいと思う。おまけに油断しているとリースが優しそうな雰囲気を振りまきつつ屋敷へやって来る。リースへの対処にも気を使わないといけない上、リースに対してのジェイクが、笑顔なのにまとう空気がどうにも重苦しくなる気がしてますます逃げたくなった。
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