ヒロイン効果は逃れられない

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31話

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 とりあえず、今持っているゲームシナリオの記憶とその記録がほぼ役に立たなくなっているということは把握した。フィンリーは夜、ベラムを取り出してそれらを改めて読み直しながらため息を吐く。これではせっかく前世の記憶が残っていてもメモに残していても役に立たない。

「……いや、今まではきっと役に立ってた、って思いたい……」

 過去を思い返してもなるほど、確かにゲームのシナリオ通りではなかったことなど多々あったなと思う。だがそれでも大きく見ると最近の出来事を除いてはほぼシナリオ通りの展開だったはずだ。そしてきっと記憶があったからこそ、何とか乗り切ってきた──はずだと思いたい。
 何も知らないままだったらもう既に誰かのルートに行っていたか、最悪バッドエンドに向けてまっしぐらだった可能性だってある。

「……よな?」

 フィンリーは誰に言うともなく呟いた。
 誰かのルート、と考えた時にカリッドの顔が浮かんだのは多分デイリーのせいだ。あんなことがなければきっと浮かばなかったはずだ。

「あんな、こと……」

 今度はカリッドの顔だけでなく、あの日の出来事が浮かんでしまい、フィンリーは思い切り枕に顔を打ち付けた。前世と違って高い鼻をそしてぶつける。
 誰のせいでもなく自分が羞恥やらなにやらで勝手に居たたまれなくなり枕に顔を打ち付けたせいで痛むだけに、腹立たしくとも怒りを何かにぶつけるわけにもいかない。目を瞑って無言で鼻に手を当て痛みが去るのを待ちながら、フィンリーは「あれは仕方のないこと、あれは忘れるべきこと、あれはどうしようもないこと」と呪文のようにぶつぶつと繰り返した。
 その後ベラムをまた引き出しに戻すとゴロリとベッドに体を投げ出す。
 誰かと男同士で恋愛するのが嫌すぎて今までずっと自分なりに警戒し続けてきた今回の人生だが、実際のところ攻略対象である彼らのことは嫌いではない。本当にとてつもなく癖のある性格の持ち主だらけな気はするが、誰のことも嫌いにはなれなかった。デイリーに関しては最初からどこか怖かったし、話を聞いてますます「ヤバいヤツ」という認識が深まったが。
 きっと今後も嫌いになんてなれないだろう。だがそれでも恋愛対象になれるかと言えば、NOだ。

「普通に友だちとか身内とか、何かそういうさ、普通のさぁ……」

 デイリーがシナリオを弄ってはいてもゲームにあるようなノーマルエンドもちゃんと存在しているはずだ。いくらなんでも誰かとの強制エンドはないはずだ。

「……媚薬は飲ませてきたけどな……」

 バッドエンドなんてものを作ったりと好きに弄ってはいるだろうが、「あなたの人生を台無しになどしてませんよね」と言っていたこともあるし一応、フィンリーを地獄に叩きつけたいわけではないだろう。単にデイリーが楽しみたいため誰ともくっつかないノーマルエンドを好まないというだけで、フィンリーが「誰ともくっつかない平和で楽しいノーマルエンドを俺は目指す」と宣言した時も「お好きに」と言っていた。

「……今の状況だと誰かとの将来を選択するより難しいなんて言われたけど」

 ただ、フィンリーが皆を避けまくっているせいでこのままだと誰ともくっつかないままになりかねないとも言っていた。矛盾している。多分、本当にこれはフィンリーの人生であり、デイリーにもどう転ぶのか把握できないに違いない。
 ある意味、やはりデイリーの言うようにこの世界でどう生きるかはフィンリー次第なのだろう。デイリーのせいで結構特殊な世界ではあるが、運命はある程度決まっていても変えられないものではなく、この世界でフィンリーがどう考え、どう行動し、どう生きていくかでどうとでも変わっていけるのだろう。

「……ほんっとに特殊な世界だけどな……クソ、せめて攻略キャラは女の子にして欲しかった……だとしたら俺、むしろ喜んで運命を受け入れるのに……」

 変えられるとはいえあらかじめ設定されている運命のせいでか、フィンリーは現世でも相変わらず女性に縁がない。前世と違ってせっかく顔がよくて身分も高いというのにだ。多分これも前世と同じく、フィンリーの努力次第というか、言動しだいで一応変えられはするのだろう。「ヒロイン効果」も「目が二重」的なあらかじめ備えつけられた自分の素質になってしまっているかもしれないが、二重は手術や何かで作ることができるのと同じようにどうとでもできなくはないのではないだろうか。
 ──多分。

「……やっぱり結局は自分で自分の人生をがんばるしかないってことか」

 あーあ、と伸びをしながら、フィンリーはそのまま眠りに陥った。

「う、わぁ……!」

 翌朝、フィンリーはまるで前世の漫画で見かけたような「悪夢を見て叫びながら起き上がる」というベタな目覚め方をしてしまった。

「すげーヤな夢だった……」

 今フィンリーが過ごしているこの世界観に関わる内容とは全く関係のない夢ではあった。だが、前世でたまにプレイ動画を見て楽しんでいたホラーゲームの世界に入り込んだような夢だった。周りがゾンビに侵され、その中を何とか逃げる内容だ。剣は持っているもののあまり効果もなく、基本ステルスをしながら逃げないと生き延びられそうにないという、見て楽しむことはできてもフィンリー自身は絶対プレイできなさそうなタイプの内容で、はっきり言ってとてつもなく怖かった。こんな世界観に送り込まれるくらいなら今のボーイズラブ展開のほうがはるかにましかもしれない。

「……でもこんな夢見たのも絶対デイリーのせいだ」

 昨日デイリーと交わした話の中で「性的なものはむしろ十七歳以上対象のDへと引き下げられるのでしたら、十八歳以上対象というのは過度に残虐な悪印象を与える殺傷、暴力、犯罪、出血などの表現を含む内容が主に規制の対象となるわけだ。命の保証がない感じでわくわくしますね。私にもあなたのシナリオがどうなるかはわかりません。お疲れ様ですね」と言われたことを思い出す。多分それが心に残っていて夢に出てきたのだろう。

「……いや、ないよな……暴力的なシーンなんて、この世界観にないよな?」

 フィンリーは少しクラクラするくらい思い切り頭を振った。
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