ヒロイン効果は逃れられない

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32話

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 夢見が悪かったからか、起こしにやってきたジェイクに「顔色が悪い」ととても心配された。

「ヤな夢見たせいだから。具合は悪くないよ」
「そうですか。ならいいのですが。ところで嫌な夢とはどんな夢ですか」
「何かゾンビがさぁ」
「ぞんび?」

 怪訝そうに首を傾げるジェイクは昔懐かしい可愛かった頃のジェイクのようだ。というかこの世界にゾンビは存在しないらしい。

 ……いや、前世でも実在してたわけじゃないけどさ。

「あーっと、その、死んで体が腐ってるのに動くヤツに襲われる夢」
「タキシムなどのアンデッドのことでしょうか」
「たきしむ?」
「生前にとても酷い恨みを持ったまま死んだ人間が墓の中から復讐を成し遂げるために出てきて動き回るんです。あまりに強い恨みの念によって動いているのでどんな魔法や呪術でも倒せません」
「何それ怖い」
「そんな夢を見るなんて、何か後ろめたいことでもあるんですか。……やはりフィンリー様、もしかして第二王子殿下に処女を奪われ……」
「なんでそーなんの? 奪われてないっつってんだろ! はっきり断言する。奪われてない」
「何を動揺なさってるんです、怪しい」
「いつ俺が動揺したんだよ」
「はっきり断言、などと。そんなまるで馬から落馬するとか頭痛が痛いなどとおっしゃっているような言葉遣い、動揺していないならなんなのですか」

 淡々と指摘され、フィンリーはぐっと喉を詰まらせる。

「……まさか本当に犯されたのですか」
「しつこい……! 犯されてないから……!」

 言うに事を欠いて「犯す」って何だよとフィンリーは微妙な顔をジェイクに向けた。
 男である自分が誰かに犯されるとかあるはずがない。それにカリッドは食えない性格をしているのは間違いないにしても、基本的に丁寧で物腰柔らかだ。薬のせいでああいった羽目になってしまったが、フィンリーを無理やり犯すなどあるはずがない。

 あのカリッドが俺を犯す、とか何を言っているんだか、犯すなんて、犯、す……犯され、る……カリッドに──

「何故そんな顔をなさってるんです」

 ジェイクの言葉でハッとなった。ふるふると頭を振ると「どんな顔だよ」と言い返す。

「今すぐ抱いて欲しいと懇願なさっているかのような顔です」
「どんな顔だよっ?」
「は。フィンリー様は次期当主ですよ。腑抜けた顔など言語道断です。オレにぶち込まれたくなければしゃんとなさってください」
「何をぶち込むって……っ?」
「しゃんとなさらないと冷たい水をぶちまけますよと言っているんです」
「あ、ああ、そう……、って嫌だよ! ちゃんとするから」

 朝食後、執務室で回ってきた書類のチェックをしているとノックがあり、リースが入ってきた。ちょくちょくやって来るリースではあるが、午前中からというのは珍しい。

「おはよう、リース。休みでも取ったのか」
「おはよう。はは、仕事はあるよ。それよりもフィンリー、頼みがあるんだけど」
「頼み? リースが? どうしたの?」
「しばらく町などへ出かけるのは控えないか?」
「な、んで」

 実を言うと今日、午前中は真面目にひたすら仕事をこなしたらアートのところへ行こうと考えていただけにフィンリーは少々動揺する。デイリーにアートとのバッドエンドを聞かされようが、そもそもアートとの間にそういった関係となる要素が全くないだけに会うのをやめる理由にもならない。

「いいから」
「いいからって。よくないよ。そりゃリースからしたら俺がアートと遊ぶのが気に入らないんだろうけどさ、貴族が庶民と遊んではならないなんて法律ないよな? それにしばらくって、仕事で町や他の地域へ出かけることだってあるんだけど」
「町や他の地域へ出向く仕事に急ぎのものはないだろう? あとそういった件も他の者へ回せる仕事は回しなさい。アートは……まぁそれは確かに気に食わないけど、今僕が言いたいのはそういうことじゃない」
「だったら何」
「……それはまた改めて説明するよ。今は本当に他に仕事があって時間がない。数日はここへ来られないと思う。とりあえず僕の言うことを聞いて。いいね?」
「でも」
「フィンリー。いいから僕の言うことを聞きなさい。でないと監禁するからね」

 何で……っ?
 待って、俺、何か知らないうちに発生してたリースルートでのバッドエンド選択肢でも踏んだのか? めちゃくちゃデイリーの言っていたリースの監禁エンドみたいじゃないか……!

「リース、俺、何かした……?」
「……ごめんね、何もしてないよ大丈夫。監禁も冗談だよ。でもそうしたいくらいしばらく外出を控えて欲しいんだ。いいね」

 絶対後でちゃんと説明するから、と言い残すとリースは立ち去って行った。大きな窓から見下ろしていると玄関近くまで回していたらしい馬車に乗り込みどこかへ行ってしまった。時間がないというのは多分本当なのだろう。ただ、時間がないというのにその時間を押してまでここへ立ち寄って「出かけるのを控えろ」と言っていくというのは一体どういったことなのか。
 いくら設定上リースに束縛の気があったとしても、デイリーがバッドエンドとして監禁エンドを作っていたとしても、普段リースは穏やかで優しい従兄だ。攻略対象の中でも比較的控えめだし無茶振りをするような人ではない。
 結局フィンリーは渋々町へ出かけるのを諦めた。ゲームや本や映画でヒロインが「行くな」と言われているのに軽率に行って襲われたり捕まったりするシーンをたまに見かけた覚えがある。その度に弘斗だったフィンリーは「行くなって言われてたじゃないか……!」と突っ込みたくて仕方がなかった。今がそれに当てはまるとは考えたくないしそもそも自分をヒロインに当てはめたくもないが、それでもリースが忙しい中わざわざ立ち寄って言ってくるくらいだ。守ったほうがいいように思う。
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