ヒロイン効果は逃れられない

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36話

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 どこかの屋敷に閉じ込められている間、フィンリーはそこそこ丁重な扱いを受けていたかもしれない。もちろんこの世界で父親が「公爵」という地位であるフィンリーの立場を思えばろくでもない扱いと言えるのかもしれないが、ちゃんとしたベッドに食事も付き、家にあるような風呂にありつけないとはいえ大きなホウロウの容器に湯を入れたものを用意してくれたので腰湯を楽しめた。前世で平凡に暮らしていたことや、小説や映画などの影響もあってどこかに繋がれ食事もとれず痛めつけられるかもしれないなどとこっそり恐れたりもしていたことを思えば十分すぎる扱いだ。
 ただ、ナイフ突きつけ男が言っていた「私の主人」とやらが一向に現れない。何となくだがあの後すぐにでも「どんな気持ちかな」などと言って悪役らしく登場してくるものとばかり思っていたので、とても拍子抜けだった。待ってみたが眠気には勝てず「寝る子は強く……じゃなくて育つからな」と誰にともなく言い訳をし、ジェイクの無事を祈りつつベッドで眠りについた。そして翌朝になっても現れる様子はない。

「結局俺をどうしたいんだよ……っていうかジェイクは無事なんだろうか」

 魔導発信装置が作動しているのか、誰か気づいてここまで向かってくれているのかは今は二の次だった。ずっと兄弟のように一緒だったジェイクの身が何より心配だった。
 朝食が運ばれた後、ようやく「私の主人」とやらが現れた。

「やっぱりあなたでしたか、ルカス卿」
「すまないと思っているよ、エーレン卿」

 ルカスはフィンリーが座っているソファーに対面するソファーに座り、全然すまなさそうにない様子で言い放ってくる。

 うるせぇ馬鹿。お前全然悪いとか思ってないだろ。つか俺捉えたなら即現れろよ。「残念だったな」とか嫌な笑い方しながらいかにもな感じで現れろよ。何のんびり一晩寝かせてんだよ、寝かせても俺熟成も発酵もしないからな?

 イライラしているのもあり、思い切り言ってやりたかったが堪えた。今さらながらに貴族は面倒だと思う。いっそアートになりたいとまで思う。平民の立場ならもっと色々自由だったに違いない。
 とりあえず堪えるためにも黙っていると、ルカスが少々息を荒くしながら「君にここへ来てもらったのは」などと言い始めた。

 何で少しだけど息荒くしてんの? 待って、そいや現状俺のいる世界観って乙女ゲーを元にしたボブゲのようなもんなんだっけ? だって俺の攻略対象男なんだもんな? ってことはおい、さらわれた定番として、もしかしてひょっとして俺、こいつに──?

「他でもない、どうしても君が邪魔で」
「わぁ、俺、美味しくないからなっ? 全然具合よくないからなっ? 絶対無理だから……!」

 ルカスが何か言いかけているのに被って両手で頭を抱えながら叫んだ。

「は?」
「え?」

 一瞬の間の後、ようやくルカスが言いかけたことが頭に浸透してくる。

「え、あ、邪魔……?」
「君は何を言っているんだ……? 美味しくないとか」
「え、あ、いや! その!」

 今すぐ誰か深い穴を掘ってくれ。もしくは掘る道具を貸してくれ。埋まりたい。

「俺がエーレン卿を食べるような野蛮なやつだとでも? 食人は重罪だぞ。そもそも俺にそういう趣向はない」
「え、そっち?」
「は?」
「あ、いえ!」

 まさかそのまま捉えられるとはとフィンリーは少し血の気が引くのを感じた。幸いと言えばいいのかどうなのか、この世界でも人間に食人の習慣はない。だが魔物などが一応存在する世界でもあるからか実際に食べる人種もいたのか、「人を食うのは重罪だ」という法律があえてあったりもする。
 とんでもない勘違いだと思いながらも、とりあえずフィンリーが実際に勘違いしたことに気づいてはいないようで羞恥心からも状況からも心底ホッとした。

「あと具合がよくないそうだが……まさかここへ連れてくる際に怪我でもしたのか?」
「あああ……」
「やはり怪我か? それとも熱でも出たか?」
「……いえ、どちらも大丈夫ですので……」
「そう、なのか? ならいいが……とにかく、君が無理だと言ってもどうしようもない。すまないが、君の存在は邪魔でしかなくてね」

 とりあえず息が少々荒かったのは緊張から来るものなのかもしれない。別に普段から悪役として生きていた訳ではないはずの男だ。従弟とはいえ公爵家子息を拉致監禁するということに緊張くらいするだろうと、フィンリーは少しホッとした。

「邪魔、というのはどういう意味なんです? 俺の体調を気にしてくれているようなのに、俺を殺すということですか。あとジェイクは無事なんですか」

 何だかもう煩わしいし回りくどいのは鬱陶しい。一度に聞くよりは小分けにして聞いたほうがいいのかもしれないが、先ほどのやり取りからするに、ルカスは言葉のあれこれを基本全部拾ってくる人のようだとフィンリーは推測した。

「君はエーレン公爵のご長男であり、重要な立場にいる人だ。軽率に怪我をされたり病気になられては困る。ただし、俺の思惑通りにいかない場合は、事故が起きてしまい残念な結果になることもやぶさかではない」

 奥ゆかしく言っているつもりだろうが、やぶさかではないということは事故が起きて俺が死んでしまうことを喜ばしいと思っているってことじゃねーか……! 

「中々な言われようですね、ルカス卿。いったい俺が何をしたというのです。あとジェイクは無事なんですか」
「……ジェイクというのは君の側近だったか? どういうことだ。君をここへ連れてくる際に抵抗したとかなのか? 彼をどうこうするつもりはないぞ。俺はそれに関して報告を受けていないが……」

 今の言葉には二つの意味が汲み取れる。
 まずはジェイクが生きているということ。口封じをするはずができなくて今もどうにかしようと取り組んでいるか何かでルカスへの報告が遅れている可能性か、そもそも本当にルカスはフィンリーに危害を加えるつもりはなくて何らかの約束なりをさせられた後家に帰してくれる予定だったかだ。その予定ならジェイクをどうこうする必要もない。できればそうであって欲しい。
 もう一つは──すでに殺されているということ。問題が解決しているため、特に大したことでもないと報告していない可能性だ。こちらのほうが信憑性は薄いとは思う。思うが、懸念が消えるほどでもなかった。
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