ヒロイン効果は逃れられない

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43話

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「また区切る。区切らないとあなたは人の名前が呼べないんですか?」
「思わずそう呼んでしまうような状況ばかりあんたらが作ってくるからだろ……」

 ムッとして言い返すと笑われた。

「で、どうします? 私の手にかかれば一瞬であなたを王子の元へ連れていけますが?」

 カリッドの元へ。
 それを思うと落ち着かなくて気持ちがそわそわとした。だがフィンリーは頭を振る。

「いい。またいきなり行ったらジェイクが心配する」
「私はカリッド王子ではありませんので、ちゃんとジェイクに断りを入れる時間は差し上げますよ」

 確かに以前カリッドの屋敷へ連れていかれた際は言付けをする暇さえ与えてもらえなかった。ただその時のことを思い出し、フィンリーは顔が熱くなる。それに気づいてか気づかないでか、デイリーは笑みを浮かべたままフィンリーの返事を待っているようだ。
 改めてちゃんと礼を言えばすっきりするかもしれないと思ったばかりだが、いざ「じゃあその時間を用意しましょう」と言われると尻ごみする。
 仕方がない。幼児の頃からこれでも自分なりにずっと警戒して生きてきたのだ。

「あの、ちょっと心の準備というか、さ」
「……。ではここで少しお考えなさい」

 心なしか妙な笑顔になったかと思うとデイリーはフィンリーの目の前から消えた。どこへ行ったのだろうと考えるのも無駄だろうと、フィンリーはカリッドのことを考えてみる。

 もし今、本当に会いにいけば。

「……ちゃんとお礼を言って……それですっきり、する、はず」

 言われた通り素直に考えてみたが、どうにも先ほどと同じ風にしか思いつけない。そもそも変な夢を見たり、気づけばカリッドのことを考えてしまっていることが不可解過ぎて意味がわからないのだ。挙句、会って礼を言えばすっきりするのではと思っただけに過ぎない。

「あああもう」
「ほら、あなたはあれだ、考えても無駄なタイプなのではないですか?」

 消えたはずのデイリーの声が耳元で聞こえたと思った次の瞬間には見慣れない光景がフィンリーの目の前に広がっていた。

「っここ、どこ……!」
「カリッド王子の部屋に繋がるテラスですね」
「っ不法侵入でしかない……! つか俺行くって言ってないし結局ジェイクにも言えてないだろ!」
「安心なさい。ジェイクには私から告げておきました。何でしたっけ? カリッド王子が言ってた……ああそうそう、わんわん鳴いてましたけどね」
「ああもう……!」

 呆れたらいいのか怒ればいいのかどうすればいいのかまとまらなさ過ぎて、思い切り手で顔を覆っていると「フィンリー?」と怪訝そうな声が聞こえてきた。途端、顔を覆ったままフィンリーは固まった。

「フィンリーではありませんか。何故こんなところに? 一体どうなさったんです?」

 声の主が駆け寄ってくるのがわかる。

 デイリー、くそっ、今こそ変な力使って俺を消してよ……!

「そ、その、デイリーさんに連れてこられて……」
「……またあいつは勝手に……」

 ぼそりと呟いた際に舌打ちが聞こえてきた気がした。慌てて顔を上げるも、わかっていたことだがデイリーは既にこの場にいない。そしてカリッドがどこか忌々しそうな顔をしている気がしてますます体が固まり萎縮しそうだった。

「も、申し訳ありません……」
「え? ああ、何故フィンリーが謝るのです。あなたが私の元へ来てくださったこと自体はとても嬉しいし歓迎ですよ」

 情けない声で謝ると、カリッドがいつもの胡散臭そうな笑みを向けてきた。まさか胡散臭い笑みに安心を覚える日が来るとは、とフィンリーは自分に対して微妙になる。

「こんなところも何ですし、中へお入りなさい。何か飲み物を用意させましょう」
「いえ、俺はその、い、いきなりの訪問も無礼な話ですし、その、これで失礼させていただきます」
「……。そんな何も持っていない状態でどうやって失礼されるんです?」

 ニコニコと無言の後に聞かれ、フィンリーは「ああ」と頭を抱えたくなった。元々屋敷にいたものの気分転換に自分の庭園を歩いていただけなので軽装な上にこのままではカリッドに頼らないでは移動手段がない。

「私はフィンリーにお会いできて嬉しいですよ。どうか私のためにほんの少し、お時間を頂けませんか?」

 いっそ俺様という設定のままならよかっただろうに、とフィンリーはまた手で顔を覆いながら思った。それならきっと偉そうな様子でここにいろと命令された気がするし、そうしたらフィンリーも笑みを向けながら遠慮し、デイリーを呼んでくれと言えていただろう。
 こんなセリフ、自分だときっと永遠に吐く機会はない。
 時間を作ってくれとカリッドは言ったが、フィンリーを気遣ってのことだろう。現にテラスに繋がる部屋へ招き入れたあと、カリッドは「もう少し手を離せない仕事がありまして、お誘いしておきながら大変申し訳ございませんがお茶を飲みながら待っていてくださいませんか」などと言ってきたからだ。むしろ仕事の邪魔をして申し訳ありませんとフィンリーは心から思いつつ穴に埋まりたい。ただそういう訳にはいかないので、代わりにおとなしく出された茶と菓子を黙々と消費しつつ、実際カリッドを目の前にして気づいたことに内心震えていた。そして自分の中で芽生えてしまっている感情を認めたくない、名前を与えたくない、となんとか抗おうとしてはそれが知らない間に手遅れになっていることを実感していた。
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