蛇 と 兎

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22.ふわふわな兎

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「やっぱり、いいなぁ……」

 優史は寝転びながら読んでいた本を読み終え、満足気にため息をついた。
 本は好きなので、わりと何でも読む。仕事用としての実用書から推理小説、はたまた気軽なエッセイまで、本当に色々読む。字の本だけでなく、実は漫画もたまに読んでいた。それも少女漫画。
 少女漫画の世界がとても好きだった。何となくキラキラ、ふわふわしていて、そして誰もが誰かを好きで。昔から「こんな恋愛したいなあ」などと思いながら、本の中で繰り広げられる恋愛模様にドキドキしながら読んでいた。
 たまに妙な展開のものもあったが、優史は主人公の女の子が好きな男の子に対して一喜一憂しながらキラキラ過ごしているのを、自分まで同じようにキラキラしながら楽しんでいる。

「……共学に勤務、してたら日常でも見られたかなー」

 優史は微笑しながら本をサイドテーブルに置いて寝がえりを打った。
 自分が男子高だったからか、大学を卒業した後で働くことになった職場は男子校だった。しかも全寮制。
 配属が決まった時、教師は寮に住まなくていいとわかってホッとした。さすがに男性しかいない世界でずっと過ごすというのはどうにも切ない。別に絶えず女性を見ていたいとか女性といたい、といった邪な気持ちではなく、何というか華がないというのだろうか。
 恋愛事情はそんな全寮制の男子校でも色々あるようで何ともアレだが。

「まあ通勤するからと言って華があるという訳でもないんだけれども……」

 それでも、もしかしたら日常でも何かドキドキするようなことに出会えるかもしれない。大学を卒業する時点で彼女がいたので、そういう意味での出会いではなく、何か見ていて「いいなぁ」と思えるような光景などとの出会いが。
 とは言え、現実にはそういったことなど、そうそうないのだろうなくらいわかってはいた。

「でも……」

 優史はふと顔を赤らめた。
 学校の教師となって三年目。特にキラキラしたような出来事を見かけたこともないまま、むしろ彼女に振られ。現実は切ないな、などと思っていたところに千景が現れた。
 もちろん、優史がこよなく好きだと思う少女漫画の世界とは少し、いや、かなりかけ離れた人ではある。
 男なのでヒロインが持つような、かわいらしく赤くなったり何かフワリと甘い雰囲気があるわけないのはわかる。しかし本によく出てくるようなヒーローの王子様気質すらない。爽やかに汗などかいていないし、優しく甘い笑みを浮かべて話しかけてもこない。

 むしろどちらかと言うと女王様に近いような……。

 それでも優史にとってはまるで本の世界のような出会いだった。
 痴漢から守ってくれたのではなく、実際してきた人であり、いつだって優史を手の上で転がしいたぶってくるような人だ。しかもかなり年下の高校生。
 だが優史を否定してこない。



「これ、何」
「……あ。そ、その……」

 この間、片づけたと思っていた少女漫画の一冊を見つけられた。前に付き合っていた人に「男なのにこんなの読んでるの……?」と言われたので隠していたのだが、見つかった。
 千景は特に表情も変えずに本をパラパラ捲っていた。優史はそんな千景を心配そうに見る。
 嘲笑されるだろうか。「何でこんなの読んでんの?」などと言われるだろうか。それとも気持ち悪そうに黙って見られるだろうか。

「先生でも漫画って読むんだねぇ」

 だが千景が言ったのはそれだけだった。

「へ? あ、ああ、うん……」
「? 何?」
「……いや。それだけ?」
「は?」
「だって、その。それ、少女漫画だし」

 優史が言うと、千景は怪訝そうに「だから?」という目で見てきた。

「……いい大人が、しかも男が何読んでるんだとか、その」
「……ばからしい」
「え?」
「ああいや。……ふーん。そっか、少女漫画、ね。ねぇ、優史はこういう感じに憧れてんの?」
「えっ?……うん。なんかほら、ふわふわしてて、キラキラしてて、いいなぁ、って」
「ほんとかわいいもの、好きだねぇ」
「そ、そうかな」
「俺にもそこに出てくるようなタイプになって欲しい?」

 千景がニッコリ聞いてくる。優史は首をぶんぶんと振った。

「千景は千景だから。俺、今の千景が好きだから、その、そのままで、いい……」

 すると引き寄せられ、キスされた。

「いい子だねぇ、優史」

 激しく年下にそんな風に言われているというのに、優史には違和感などまったく感じなかった。真っ赤になって俯く。

「優史はヒロインみたいだよ……? とてもふわふわしていて、そして、甘い」

 千景は囁きながら、俯く優史の顔を覗き込むようにしてまたキスしてくる。

「お、俺、が……?」
「ん。とても甘いよ……、俺のお姫さま」

 優しく囁かれ、そして優しく抱擁されてキスを続けられ、優史はさらに真っ赤になりながら思わずポロリと涙を落とす。
 すると千景はその濡れた頬にも優しくキスを落としてくれた。



 そんなことを思い出しながら優史はベッドの中でまた赤くなった。
 少女漫画を見つけても、千景は否定しないどころか優史を甘やかしてくれた。基本的に女王様でいて、ところどころ怖い千景だが、そうやってちゃんと優史を甘く蕩けさせるような気持にもさせてくれる。決して「愛してる」「好きだ」とは言ってはくれないが、それでもたまにくれるその甘い一言一言は、十分優史を蕩けさせた。
 少女漫画のヒーローとは似ても似つかない怖い性質を持っているが、千景はやはり優史にとってのヒーローだと思った。

 悲しくても嬉しくても、出てくるなら涙くらい出していいんだ。

 そう思わせてくれる人。

 今読んでいた少女漫画の世界観もいいけれども……。

 優史は微笑みながら目を閉じる。

 俺にとっての一番はやはり千景を包み込む世界。どう扱われようが、何をさせられようが好きでたまらない千景、その彼が存在するこの世界が一番好きだ。
 ……いつか千景にもちゃんと振り向いてもらえたらいいな……。片想いでも受け入れてもらっている今も幸せでならないんだけれども……。

 そんなことを考えつつ、優史は口元に笑みを浮かべたまま、気持ちのいい眠りの世界に落ちていった。
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