銀色の魔物

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71話

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 小さな頃から森を出たことは一度もなかったなとカジャックは振り返る。
 ジンがいる時も、ジンが少しでも遠出をする際は一人で家を守った。ジンが亡くなり、アルゴに共に来るかと提案されても首を縦には振らなかったし、たまに出かけようと誘われても断っていた。身内から一切もらえなかった愛情をジンやアルゴから当たり前のように自然に受けてもなお、外へ出るくらいなら一人を選ぶくらい、外への抵抗はカジャックの中で強かった。何でもないような態度を取りつつも、生まれ育った村と実の親から受けた傷は幼いカジャックの奥を相当蝕んでいたらしい。
 人間を簡単に傷つけてしまえる自分を知り、怖かったのもある。だからといって放置すれば簡単に死んでしまう幼児を疎ましいと隠そうともしない態度の挙げ句、捨ててしまえる人間も怖かった。
 森で獣たちの有り様を目の当たりにし、彼らも自分の身を守るためなら子どもを見捨てることもあると知ったが、そういった生存本能だけでない人間特有の知能というのだろうか、それが幼心に怖かったのかもしれない。

 ──それだというのに。

 カジャックはサファルと共に酒場の中へ入りながら苦笑した。
 よもやこんなに人で溢れた場所へ来ることになるなど、以前の自分なら思いもしなかったなと今朝からのことをカジャックは思い返した。



 サファルと早朝に待ち合わせをして森を出る時が下手をすれば一番緊張したかもしれない。自分が自分でなくなるのではと、そんな筈がないのを承知で怖くなった。だがサファルに心配をかけたくないので、フードを目深に被り黙っていた。これだけでもサファルならきっと心配していただろうが、あからさまに怯えを見せるよりはましだろうと考えることにした。
 ついて行くと決めたのも口にしたのも自分だ。なら乗り越え、サファルが安心して仕事をこなせるよう邁進まいしんするしかない。
 ただ町までの道中は案外楽しかった。木々のあまりない森のようなものだと、思おうと思えば思えたからだろう。途中、一度だけ人間たちに出くわしたが、むしろその人間たちは結果としては怖くなかったし、カジャックの気持ちもおかげでかなり落ち着いた気がする。

「顔の可愛い兄ちゃんと背の可愛い兄ちゃん方。死にたくなければ荷物置いて消えなよ」
「……サファル……この人間は何だ……」

 当初はサファルの後ろに身を潜め、カジャックは声をかけてきた三人の男を恐る恐る見た。人相はあまりよさそうではないが、人のことを言えないので顔で判断は出来ない。

「あー……こういうのはカジャックが恐れるような人間じゃないです、大丈夫。むしろ燃えちゃってもいい勢い?」
「なるほど……人間のふりした魔物か……?」
「あは。いえ、魔物のような人間ってとこですかね」
「なら……」
「って聞いてんのかよっ?」

 カジャックが言いかけたところに、男の一人が短剣で切りつけようとしてきた。カジャックは無意識に体を動かし、その男を蹴り上げてしまった。無意識だからだろうか。力を込めてはいないがクリーンヒットでもしたのか、既に男の意識はなさそうだ。

「しまった……俺は何ということを……すまない、大丈夫か……?」

 ハッとなり、動揺して慌てて既に意識のない本人に聞いていた。魔法で傷つけてはいないとはいえ、何ということをしてしまったのかと青くなる。いくら無意識とはいえ、普段は魔物や獣が相手だったのもあり短剣のみを蹴り上げる発想は浮かびもしなかった。だがサファルは「大丈夫です、カジャック」と苦笑してきた。

「こいつら、悪党ですよ。盗賊です。捕まえちゃってよしな──」

 今度はサファルが話している途中に別の男が「野郎……っ」と殴りかかろうとしてきた。カジャックがサファルを守ろうとする前に、サファルは向かってくる相手を一瞬スッと避けたかと思うと勢いを利用して相手の体を倒していた。

「殴られんのとか嫌だからさ……関節、外すからな? いいよな? もう、断り入れたし」
「は? ざけんないい訳ねぇだ……っぎゃ、あああっ」

 思わずカジャックがポカンと見ている中、サファルはいとも簡単に相手の肘関節を外したようだ。外されたほうは激痛にのたうち回っている。

「あんたら、どこから来た? この辺じゃ人気もないし盗賊も普通滅多に狙わないと思うんだけど。っていうか狙うなら王国クエンティまでの道中だよな。あそこはキャラバンが基本だけどその分効率もいいし」

 もう一人、今のところ無傷の相手にサファルが言えば、相手は青くなりながら両手を降参とばかりに上げてきた。

「俺らの入る、す、隙がなかったんだよ!」
「隙? あー……縄張り負け? でもそんなに今、盗賊流行ってんの」
「……くそ。フィートは今、傭兵があぶれてんだよ! 職につきたくてもつけねぇで食ってくには他にどうしようもねぇだろ!」
「……そんなの知らないし、同情なんか出来ないよ。それでも何とかして食べてってる人がいるんだよ。あんたらはただ、楽な道選んでるだけだろ」

 サファルはため息を吐くと、荷物の中からロープを出してきた。それで器用にも三人を逃げられないよう繋いだ。気絶していた者を起こすと「あんたらの処遇はクラフォンの門番に任せるよ」と言い放つ。未だふらふらしている者と、関節をサファルに戻して貰ったもののまだ痛みに呻いている者に挟まれ、何も攻撃されていない三人目も疲弊しているように見える。

「み、見逃しては」
「あげないよ」

 ロープでしっかりと繋がれ後ろをとぼとぼ歩くしかない三人をそのまま無視して、「じゃあ行きましょう」とサファルはカジャックにも笑いかけてきた。ひたすら唖然としていたカジャックはようやく気を取り直した。

「サファル……お前、思っていた何百倍も凄いな」
「え、ほんとにっ? あ、体術、俺も一応出来てるでしょう? 力ない分必死になって覚えたんですよね。商売に直接役に立たない剣は早々に諦めましたし未だに力での喧嘩だと勝てそうにないしで、多分村の皆には体術出来るっての、信じてもらえてないっぽいですけど」
「そうなんだな。でも、どこで覚え……?」
「えっと、今から向かうクラフォンのね、酒場の主人に。剣は覚えなくても問題なかったけど、俺自身の身を守るのに最低限必要だったんで」

 サファルは明るく笑ってきたが、きっと大変なこともあったのだろうなとカジャックは思った。
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