銀色の魔物

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85話

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 ぜんぜん熱さを感じない燃え盛る炎の中で、両親がサファルに笑いかけていた。それだけで「あ、これ夢だ」と分かった。夢だと分かったのならせめて両親と楽しく過ごしたいというのに、夢だと理解するのとコントロールするのとは雲泥の差らしく、ぜんぜん思い通りにいかない。会話は聞こえてこない上に、魔物まで襲ってきた。二人が目の前で襲われているというのに、サファルは何も出来ない。
 そうだ、サブリミナルのように浮かんだ光景はこれだ。おぞましい光景。
 嫌だ、と叫ぼうにも声すら出ない。だが不意に声が聞こえてきた。

「……サファル。これは夢でしょ」
「夢なんだから、気にしちゃだめ」
「そう、こんな光景なんて、なかった」
「それよりもサファル、よくがんばったね」
「強くてさすがお兄ちゃん」

 母親が優しく笑った──

「お、母、さん……」
「サファル、目が覚めたのか?」

 気づけば目を濡らしながら、サファルは空に手を伸ばしていた。

「……え」

 ぽかんとしながらサファルはゆっくり手を下ろすと、今度はゆっくり起き上がった。目の前にはカジャックがいて、心配そうにサファルを見ている。

 こんなに心配そうだけど、傍から見たら睨み付けられているように見えるのかな。

 ぼんやりした頭でそんな風に思い、サファルはふっと笑った。

「……サファル」

 笑ったことに安心したのか、カジャックがホッとしたような表情に変わった。そして手を伸ばしてくると優しく指でサファルの目の下に触れる。

「な、に……」
「泣いてた」

 泣いてた?
 俺?
 何で?
 そういえば何か夢を見ていたんだっけ?
 ……あれ? 何の夢だっけ?

 ぽかんとしていると、囁いたカジャックが同じところに今度は唇をつけてきた。

「……、……? ……、……っひ?」

 ぼんやりした頭から霧が晴れるかのようにすっきりとしてきた。そして晴れたとたん、サファルは変な声が出た。

「どうした……どこか痛むのか?」
「い、いえ!」

 ドキドキし過ぎて心臓は痛いかもしれない。

「具合の悪いところはあるか?」

 具合……そういえば背中がひきつれるように痛いかもしれない。

「……。背中が……少し痛いです……あ、でも他は元気です」
「そうか」

 むしろサファルが会話に対応出来ていることにか、カジャックがまたホッとしたような表情をした。
 突然受けたご褒美のようなカジャックの行為に動揺して晴れた頭の中だが、まだ混乱はしていたようだ。それも徐々にすっきりとしてくる。そして、今までどんな状況だったかを思い出した。記憶にあるのは、何とか竜の背中に登り、アルゴに言われて腕輪を外したことだ。

「……腕輪」
「ん……? ああ、腕輪ならちゃんとある。失くさないよう、俺が持っている」
「え、あ、ありがとうございます……。……、あ……っ、そ、そういえば竜は? 竜はどうなったんですか」

 ようやく竜のことまで頭が働いた。辺りを窺うと、知った家の中だった。ルーカスの家だ。外から色んな人の声が聞こえてくる。皆、どうやら壊れたり燃えたりした村の建物を協力しあって片したりしているようだ。

「元の場所へ戻っていった。アルゴがついていったよ。お前に火と水の加護を、と言っていたそうだ。アルゴが聞いた、と」
「そ、うなんです?」

 おさまった上に竜が俺に加護……?

 一体、どんな流れでそうなったのだろう、とサファルは怪訝に思った。情けないことに自分は気を失ってしまったらしい。とりあえずカジャックとアルゴが竜をどうにかしてくれたのだろう。やはり二人は凄い、と胸を熱くしているとカジャックに「ありがとう」と言われた。

「……はい?」
「……覚えてないのか。お前が竜や皆を救ってくれたんだ」
「……は?」

 あまりに変な顔をしたのか、カジャックが思わずといった風に吹き出してきた。



 しばらく後。
 サファルは開いた口が塞がらない、を体現していた。そんなサファルを見て、カジャックがまた笑う。

「何で笑うんです」
「お前の顔が可愛いからかな」
「絶対今可愛くないだろ……」
「あと、俺や村の人の命を助けてくれたし、竜も救ってくれたからかな」
「……」

 カジャックの話を聞いても中々信じられなかった。

 俺が?
 とてつもない魔力で?
 あの槍に対応し、竜の傷を癒した?

 あまりに酷い傷だったせいで傷痕は残っていたものの、癒された竜は完全に正常に戻っていたらしい。カジャックからの話でなかったら信じられなかっただろう。カジャックの話ですら、信じられない寄りの半信半疑だった。

「もう、大丈夫なん、ですか……?」
「ああ。お前のお陰で」
「でも……俺、魔力なんて……」
「お前は強い魔力を持っている。それについては落ち着いたら改めてちゃんと話そう」

 腕輪によって封じ込められていたなんて、民話じゃあるまいし……などとつい思ってしまう。

「俺、魔法使える、の?」
「ああ」
「ほんとに?」
「本当に」
「……」

 サファルは自分の手をじっと見た。何も変わったようには見えない。

「凄い魔法だったぞ」

 カジャックの声が慈しむかのようにとても静かで優しい。

 俺、魔法……使える……んだ。

 使えないまま成人し、これでもう希望はないと思っていた。大抵誰もがほんのわずかであっても魔力を発揮出来ている中、全く使えない自分が実は昔から悲しかったし寂しかった。周りがささやかな魔法を使うたびに、どこか羨ましくて仕方がなかった。

「……俺……魔法……」
「サファル」

 カジャックがサファルを引き寄せ、抱きしめてきた。カジャックの匂いに、燃えた後に感じる独特の匂いが混じっている。ああ、あの竜や炎は本当に起こったことだったんだなと妙に実感した。

「サファル……無事で……本当によかった……」
「……え?」

 カジャックが更に力を込めて抱きしめてきた。

「もう、二度とこんな気持ちだけは味わいたくない……」
「カジャック……?」
「お前に何かあったら耐えられない」
「カ、カジャック? あの、カ……」

 名前を呼んでいる途中に、その口がカジャックの唇で塞がれた。
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