銀色の魔物

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97話

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 とてつもなく寒い日だというのにとてつもなく冷たい水の中へ嬉々として入っていく村人たちが信じられなくて、カジャックは楽しむというよりは狂気の沙汰かなと少々引いた目でその様子を見ていた。
 十二月から一月にかけては神であるモーティナの復活祭や聖モナの日など、宗教にちなんだ行事が立て続けてあるようだ。森の奥に住んでいると、そういった行事にも疎くなる。もちろん知識としては神や神子関連の話は知っているが、それにちなんだ行事や祭には縁がない。

 ──ああ、でもそういえば毎年特別な料理をジンと、時にはアルゴも一緒に食べていた日があったな。もしかしたらあれが復活祭か何かか。

 子どもだったのもあり、何の日か聞いたかもしれないが把握していなかった。ただ楽しい日としか覚えていない。
 ふと、数日前にやって来たサファルと一日過ごした後ラーザ村へ呼ばれたことを思い出す。村に何かあったのかと、あまり説明をされないまま来てみれば、まだ復興の途中ながらに村はお祭り状態だった。何事かと驚いているとリゼがやって来て「サファルったらちゃんと説明しなかったんだね」と呆れながらモーティナの復活祭なのだと教えてくれた。

「あまり説明しないほうがカジャック驚かせられるし楽しそうだろ」

 リゼにそう言い訳していたサファルだが、後で「ごめんなさい。復活祭のいわれとか聞かれたら俺、あまり説明出来ないからつい濁しちゃいました。来て直接把握しつつ楽しんでもらえばいいかなって思って」と正直に悪びれてきた。祭は好きながらに相変わらず宗教絡みのことはあまり分からないようだ。カジャックは逆に復活祭のいわれのほうが知っているかもしれない。
 その昔、神の子として生まれる存在は百年に一度と言われていたが、ある時に生まれた神の子、モナは禁忌を犯してしまい罰として長い眠りにつかされる。その間は他に神の子が生まれることもなく、世界は魔物に溢れ混沌としていった。三百年後、やがて眠っているモナの心臓は動かなくなり世の中も神という存在自体信じなくなっていた。だがモナと共に禁忌を犯してしまった少年フォルアがようやくさらに長い年月を経て生まれ変わったモナを探し当てる。その生まれ変わりの存在を神の化身として、そして神という信仰が復活したものとして人々は彼女の誕生した日を祝うのだと本で読んだ。
 他の村人もあまり神話自体には詳しくなさそうだが、皆楽しそうだった。飲み物や食べ物も皆持ち寄りで、楽器を扱えるものが音楽を奏で、踊れるものが踊り、何か他に芸を持つ者がそれを披露していた。
 そういった自由に楽しむ雰囲気に、カジャックも思いの外楽しむことは出来た。が、寒中水泳だけは分からない。この村へ来て数日滞在させてもらっていたのだが、まさか締めにこんなイベントがあるとはと生ぬるい気持ちになった。もはや何がモーティナと関連するのかさっぱり分からない。
 村人の一人が「さぁなあ。洗礼とか?」などと言ってはいた。確かに洗礼は体を水に浸したり頭に水を注いだりするものだが、洗礼を意味するにしても過酷過ぎるだろうとカジャックは微妙に思った。
 しかも、当然なのかもしれないが皆ほとんど衣服をまとっていない。なかには女もいて男と同じように体を覆う布がほぼ役目を果たしていない様子で氷のような水に飛び込んでいた。カジャックからすれば狂気の沙汰としか思えない。
 もちろん、出来ることならサファルには「やめてくれ」と引き止めたかった。幸い比較的他の人よりはしっかりした薄手のズボンを履いてはいるが、上半身は裸だ。
 元々人前が苦手なせいで人前で脱ぐ意味が皆目分からないカジャックも、サファルに対してそういう気持ちを抱く前はさすがに男の裸に何らかの性的な意味があると思っていなかった。今も基本的にそういう行為をする時以外にサファルの裸を見ても特に邪な目で見てはいないが、それは自分がであって他人の目にサファルの裸が晒されるのは正直落ち着かない。
 今までは上半身が裸であるよりはむしろサファルの薄着のほうがよほど扇情的な気がしていたが、背中に傷が出来てからは何となく上半身が裸であるサファルも困る気がしている。多分、最初は負い目さえ感じていた傷を今はカジャック自身が扇情的に見ているからかもしれない。シミ一つなかった綺麗な背中に走る薄桃色はこの薄暗い寒空でも清浄な様でサファルの背中を彩っていた。
 おまけに冷たい水から出てきたサファルだが、本人自体は全然水の影響を受けていないようで何よりではある。だがそれはあくまでも水の影響というだけで、冷たい水に浸していた体が今度は冷たい風に晒されたとたん、その体がとても影響を受けているのがカジャックにもすぐに見てとれた。他の人と違って唇が紫色になるほどではないが、胸先をみれば風の寒さで縮こまって尖っているのが分かる。そしてカジャックのわがままでしかないが、そういうサファルの胸元を誰の目にも晒したくない。

「……お疲れ様」
「カジャック! 俺が元気に泳ぐとこ、見てました?」
「ああ。……とても冷たそうで何よりだった」
「それ全然何よりだって思ってませんよねっ?」
「とりあえず水が平気でも風には強くないだろ。早く体を暖めろ」

 言い訳めいている気がしつつ、カジャックはそう言いながら自分のマントでサファルの体を覆った。

「あは、ありがとうございます。カジャックのマント、暖かい」

 カジャックが邪な考えでマントをかけたなどと思いもよらないであろうサファルは嬉しそうにマントを自ら体に巻き付けている。

「あっちで暖かいスープが振る舞われてんですよ。カジャックもいかがですか」
「俺は参加していないからいい。でもお前は飲むといい。ついて行こう」
「はい!」

 更に嬉しそうに頷くサファルの腰を抱え、カジャックは歩くのを誘導した。
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