銀色の魔物

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104話

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 森の奥で過ごしていると、たまに世界から断絶された特殊な空間にいるような気持ちになることがあった。
 ただ、雪のせいもあるかもしれない。ここの雪はサファルが村や町でも結構積もるところを見てきた記憶を大きく上書きしてきた。これでもかと全てを白で覆い尽くす雪は、右も左も同じような光景に変えてくるだけでなく音も変えてきた。冬はクラフォンへは出向かず毎年ラーザにこもっていたが、それでもこんなにシンと静かだったことはない。

「何もかもない世界にいるみたいだ……」

 夜ならまだしも、日中ですら外を見ていてもまるで無音の世界に迷い込んだような錯覚を感じる。今朝は特に気温が低かったようだ。おそらく外はますます雪が積もっていることだろう。目が覚めて布団とカジャックの腕の中ですら、思わずサファルはふるりと体を震わせた。そして改めてこの静か過ぎる世界に気づかされた。本当にしんとしている。鳥の声も聞こえない。完全に遮断された世界にいるようだった。
 こんなにも何も聞こえない世界でずっとカジャックは一人だったのかと思うと、サファルは胸が痛くなってきた。

「カジャック……一人でこんな……寂しくなかったのかな……」
「……慣れているし、俺にとってはこれが冬だったから大丈夫だよ、サファル。別に寂しいと思ったことはなかった」

 カジャックも起きたのか、少し掠れたような低い声が返ってきた。

「すみません。起こしちゃいましたか」

 横になったままカジャックを見ると起きたてだからか少しぼんやりとしている。少し可愛いなとサファルはそっと思った。

「どのみち起きる時間だったよ。それより珍しいな、サファルのほうが早いの」
「もしかしたらあまりに静か過ぎて目が覚めちゃったのかも」
「……そんなことあるのか?」
「あは。……あの、寂しくなかったって、そうなんですか? こんなに静か過ぎるのに?」
「ああ。それに完全に無音ではない。俺の生活音や……そうだな、例えば囲炉裏で火の爆ぜる音だってよく響く」

 確かに外がとても静かな分、家の中の音はよく聞こえる気はする。

「今なら夜、お前の切なそうな声もよく聞こえる。悪くない」
「その情報はいらなかったです」

 カジャックは小さな笑みを浮かべると、サファルの頭を撫でてきた。そんなたまにしてくれる何気ない様子にすら、いまだにサファルの胸は高鳴ってしまう。

「そ、そういえば雪って何でこんなに静かなんでしょうね。村でもいつもより静かだなあとはなんとなく思ってたんですけど」
「音を吸収するからだろ」
「えっ。音、吸っちゃうんですかっ?」

 そんな生き物みたいな、とサファルが驚くとまた笑われた。
 カジャックいわく、音は勝手に出るものではなく振動によって作られるものなのらしい。ものが震えると空気が震え、その振動が耳の鼓膜を震わせて音として聞こえるのだと言う。だが雪は空気の振動を吸収してしまうため、音が遠くまで響きにくくなり、通常より辺りが静かな気がするのだ、と。何故吸収するのかというのは、雪は一つ一つが結晶の形をしていて、それらの小さな隙間が穴のある状態になるからなのだとカジャックは教えてくれた。そこに吸収されるのらしい。

「何でそんなに何でも知ってるんです? カジャック、エルフみたいだ」
「俺は本の知識が全てだよ。だから逆に生活している上での雑学などには疎い」
「そんなものですか?」
「ああ。サファルのほうがよく知っていることも多々ある」
「俺は……あー、確かに商人同士で入ってくる情報とか、世間話の類いなら、うん、そうか、も? って、まるで井戸端会議で得た情報に詳しい奥さんたちみたいだ」

 サファルが苦笑すると頬にカジャックの手が添えられた。布団の中で暖められた手が気持ちいい。

「お前は俺よりよく知っていたりするよ。俺はお前からたくさん教えてもらった」
「俺?」
「ああ。お前のおかげで俺は外の世界を知っただけでなく、人と接することを知った」
「それは俺のおかげじゃ……」
「お前のおかげだよ。本当に感謝している。ありがとう、サファル……」
「カジャック……」

 何だか胸がいっぱいになって泣きそうな気持ちだった。サファルが胸をつまらせていると、頬に手を添えていたカジャックがそのまま引き寄せてくる。

「それに、お前のおかげで俺は、誰かを愛しく思うことも知った」

 小声ながらも低く優しい声がサファルの耳元で聞こえた。それこそ小さな振動のように耳を震わせてくる。思わずサファルはカジャックをぎゅっと抱きしめた。人肌が温かくて気持ちがいい。

「そ、それなら俺だって初めて本当に人を好きになりました。今まで誰かと付き合ったことはあったけど、きっと全部友だちの延長だった……あんたと出会って生まれて初めて本当に好きになって、本気でその人の全部が欲しいって思った……」
「光栄だな……」
「好き。俺、ほんとカジャックが大好き……めちゃくちゃ好きだよ、あんたがいないともう、どうやって生きていったらいいか分かんないくらい好き」

 抱擁を少し解いて夢中になって言えば、カジャックは無言のままだが、とても嬉しそうにサファルを見てきた。そしてふと外を伺った後に「そうだ。サファル、外を見よう」と言ってきた。

「外?」
「ああ。起きて」

 一体どうしたというのだ、と怪訝に思いながらも言われた通りに起き上がってカジャックと共に服を着る。そして家を出たサファルは「うわぁ……」っと思わずつぶやいていた。
 真っ白な銀世界がまるで夢でも見ているかのようにキラキラと光っている。比喩的な表現でも何でもなく、本当にキラキラと光る何かが空から降り注ぐか辺り一面を漂っているように見えた。

「な、に……」
「細氷だ。今朝はとても寒いけど晴れているし、きっと見られると思った」
「細氷……これが」
「綺麗だろう。いつも見られるものでもないんだが……この光景が、な」
「はい」
「……俺にとってお前はまるでこの光景みたいだ。本当に綺麗で眩く光っていて夢のように幸せな気持ちになれる……俺もサファル、お前が大好きだよ」

 カジャックの改めての言葉に、サファルはますます泣きそうになった。それを誤魔化すかのように、カジャックをぎゅっと抱きしめた。
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