偽りの仮面

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8話

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 思わず勢いで気持ちを打ち明けてしまい、自分の部屋へこもった後に芳はひたすら頭を抱えて自分を呪った。こんな突然言うつもりではなかったというのに、全く何をやっているんだと我ながら呆れる。とはいえ仕方なかった。言わなければどうすればいいかわからなくなっていただろう。
 伊吹と二人きりで眠られる訳がない。かといってスマートに手を出すなどできる筈もない。

 こちとら長年微妙に拗らせながら童貞やってるんだ。

 そんな、自慢にもならないことを思いつつ、芳は必死になって取り繕う言葉や態度を考えていた。だが特に上手い言葉など浮かぶ筈もなく、翌朝はとにかく引かれないよう、何でもなかったかのように伊吹と接した。
 そのせいだろうか。

 く……っ、連絡先聞くの忘れた。

 仕事中ふとした時に突然思いだし、芳は悔しさに握った右手を額に押し当てた。芳の様子に対し隣にいた同僚が心配してきたが「何でもないんだ」と微笑んで辛うじて誤魔化す。
 だが内心軽く動揺していた。これではせっかく自分の家にまで泊まってくれたというのに振り出しに戻ってしまうではないか。
 いや、むしろ後退だ。芳の冴えない告白に対しいい子である伊吹はあからさまに引いてはこなかったが、恐らくは避けたいと思っているのではないだろうか。芳に会えて喜んでいたように見えた伊吹から連絡先を聞いてこなかったことを思うと、その可能性は高い気がする。
 このままにしてはいけない。せっかく自分の気持ちに対しようやく向き直ったというのに、はっきり玉砕する前に今度こそ二度と伊吹に会えなくなるのだけは嫌だ。

 伊吹に会いに行かなくては。

 そう思うと、芳は猛烈な勢いで仕事をこなした。外出の用事があればそのまま直帰できたかもしれないが、生憎内勤の予定しかなく、とにかく片っ端から仕事を片付けていく。
 残業になることもなく無事終えられ、芳は当然のように颯爽と職場を出た。伊吹に会う口実として、職場に置いていた自分の本を忘れず手にする。今日は妙な相手に声をかけられることもなく、もう夕方ではあるが幸先はいいかもしれない。
 伊吹の家も聞きそびれているため、とりあえずアルバイト先へ向かった。芳の家とは反対側になる、聞いていた駅で降りると携帯で検索した地図を見ながらファミリーレストランを探した。勝手に駅から近い場所と思い込んでいたが、少し離れていた。

 伊吹の家もこの近くなのだろうな。

 聞いていたファミリーレストランを見つけ、何となく妙にワクワクとしつつも店には入らなかった。店に入って伊吹に気づかれると今度こそ引かれるかもしれないと思い遠慮した。そもそも今日出勤しているかどうかも知らないままやって来ていた。
 幸い窓から伊吹の姿を見ることができた。終わる時間がわらからなかったため、結局店の営業終了時間まで外で待つことになった。最近はどこのファミリーレストランも二十四時間営業を撤退していってくれていてよかったと密かに思う。その場合は気合いを入れ、伊吹に迷惑がられるかもしれないと恐れつつ店に入るしかなかっただろう。
 伊吹が最後までいるかどうかもわからないのでどこかへ時間を潰しに行くこともできない。

 夏や冬じゃなくて良かった。

 今の時期ならまだ体調をすぐに崩してしまうといった気温ではない。
 それでもさすがに冷えてきたと思っていると伊吹が出てきた。すぐに口を開いてから一旦閉じた。どうやらかわいい幼馴染に対して少し緊張しているようだ。芳は小さく深呼吸した。

「伊吹」

 名前を呼ぶと伊吹がピクリと反応した。振り向くと唖然としたような顔で芳を認めてきた。

「芳……何でここに?」

 そりゃそう思うよな、と芳は内心頷いた。ストーカーなどと思われていませんようにと祈る。

「昨日、ここでアルバイトしてるって言ってただろ」
「う、うん」

 何となく警戒されているような気がして、芳は何とか何でもない素振りを装って鞄から本を取り出した。

「伊吹に話してた建築学でお勧めの本、置いていた職場から持ってきたんだ。渡そうと思って」
「えっ、ほんと? って嬉しいけど……芳、ここでずっと待ってたの?」

 待っていたが、肯定するつもりはない。芳は笑みを浮かべた。

「連絡先、交換してなかっただろ。──俺、お前の家も知らないからな。さっき仕事終わって念の為に覗きにきたらお前がいたからここで待ってた」
「それなら店に入ってくれたらよかったのに」
「いや、本当にさっき来たばかりなんだ。そろそろラストオーダーって雰囲気だったし、悪いなと思って」

 嘘、ついてごめん。だけどお前に不利な嘘じゃないから。

 芳は穏やかな笑みを浮かべつつそんなことを思っていた。

「悪くないのに。でも本当にありがとう。……あの、立ち話もあれだし、俺の家、寄ってく?」
「いや、悪いからいいよ」

 行きたいのは山々だが、勝手に押し掛けておいて厚かましいような気がする。

「悪くないよ。あ、でも終電……」
「電車は問題ない。タクシーで帰るつもりだったからな」
「それなら来て。暖かいコーヒー出すから。インスタントだけど」
「インスタントでも伊吹が淹れてくれるコーヒーなら飲まないとな。じゃあ、少しお邪魔させて頂きます」
「うん、そうして」

 芳の告白など気にしないよと言わんばかりに伊吹は眩しい笑顔を見せてくれた。少なくとも嫌われていない様子に、芳は内心都合のいい時だけ祈る神に感謝した。
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