偽りの仮面

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9話

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 あまりに自然な感じで芳を家に招いており、伊吹は心の底から自分に突っ込んだ。

 何してんの俺。
 いや、芳のことは本当に好きだしできればこれからも仲よくして欲しいけど、芳の好きは違うんだぞ……?

 昨日は、格好がよくて大人で紳士な芳だからこそ、年下の幼馴染相手に好きだと告げても答えを求めることも、いきなり何かすることもしなかったかもしれない。
 だがそれに対し自分は何をやっているのか。告白されて、その返事をする訳でもなく、何もなかったかのように自分の家へあげようとしている。
 甘んじすぎだろうと微妙になる。しかも自分がもし女だったら迂闊過ぎる安全管理のないいい加減なやつではないだろうか。

 いやでも待て、俺はでも女じゃないから襲われる心配なんていらないのでは。

 そう思ったところでふと、性犯罪の被害者には意外にも男も多かったりすると聞いたことがあるのを思い出す。

 いや……! ほんと、待て。

 発想がずれ過ぎている自分に対し伊吹はますます微妙な気持ちになった。

 何だよ性犯罪って! 相手は芳なんだぞ……っ? あの芳がそんなことする筈がないだろうが。そもそも男同士……って、いや、その男に告白されたんだっけか……でもその男は芳な訳で、あの大好きな近所のお兄ちゃんで──

「伊吹? ぼんやりしてるけど大丈夫か? もしかして仕事の後で疲れてるんじゃないか? だったらいいぞ、俺は帰るから」

 芳が気遣わしそうに、だが優しい笑みを浮かべながら伊吹を見てきた。

 ああ、こんなに大人で優しい相手に俺は何勝手な想像を繰り広げているのか。

「ううん、大丈夫。ごめん、何でもないんだ。俺の家、もうすぐだから」

 伊吹は芳に対して申し訳なく思いながらも笑いかけた。すると芳もまた笑いかけてくる。改めて、優しかった昔の芳のままだなと思った。好きだと、恋愛対象として好きだと確かに言われたのだが、やはりそれも聞き間違いだったのではとつい思えてくる。
 だがやはり聞き間違いではないのだと実感することになる。
 もちろんその日も芳は特に何もしてこなかったし伊吹に答えを迫ってくることもしなかった。ただところどころ、とても甘い。結局コーヒーを飲んだらすぐに芳は帰ってしまったのだが、キスをされた訳でも扇情的に囁かれた訳でもないのに芳が帰った後、伊吹は妙に落ち着かない気分になっていた。
 携帯電話の連絡先も交換し、その後もちょくちょく会うようになったのだが、どうにも甘い。
 何というのだろうか。あえて例えると、性的なことをしようという下心が見えないまま、伊吹に対してまるで耳元で甘く優しく囁き舌を這わせてくるかのように、そして大切だとばかりに包み込んでくるかのように接してくる。
 変わらない優しかったお兄ちゃんでもあるのだが、そこに甘さが付け足されて伊吹をどうにも落ち着かなくさせてくる。
 それと共に伊吹が戸惑っていることがある。

 ……嫌じゃないんだよな……。

 そう、恋愛対象として好きだと言われ、そういった対象として接されているようであるというのに嫌悪感が全く伊吹に湧かなかった。
 男に興味はない筈だ。試しにと学校で友だちの一人の手をそっと取って絡めてみたが、自分もドン引きだったし相手にも「早く彼女見つけたほうがいいぞ」と心配までされた。芳に手を取られ、指を絡められた時は引くどころか、どうしたらいいのかとそわそわしてしまったというのに。
 ちなみにその時もそのままキスされるのでも返事を強要されるのでもなかった。ただ「伊吹は本当に優しいな。いい子だ。俺の大事な人なだけある」と例の如く甘い言葉を吐かれただけだ。
 だけ、だが、伊吹は耳まで熱くなってしまい「芳、ほんとそういうの、俺困るから……」としか言えなかったし、芳も「そうだな、すまない」とすぐに手を離してきた。
 そんなやり取りが続いた場合、普通はどうするのが正解だったのだろう。伊吹には答えがわからない。わかるのは、ある意味蛇の生殺しだということだ。ある日とうとう伊吹のほうから口にしてしまった。

「ねえ、芳はさ……その、どうしたいの?」
「え?」

 いつものように芳の仕事が終わってから、芳に連れていかれたやたらお洒落な店で少し飲んだ後に、伊吹は「家に行きたい」と提案していた。その店からは芳の家の方が近いのと、万が一何かあって遅くなっても翌日も仕事である芳に迷惑がかからないだろうと思ってのことなのだが、その後で「万が一何かあって、って何があるんだよ」と自分にそっと突っ込んでおいた。
 相変わらず自分の家へ伊吹をあげても芳の紳士っぷりは変わらない。出てきたコーヒーを美味しく一口飲んでから、とうとう伊吹は切り出していた。

「俺のこと……好きって言ったよな」
「……あぁ、そうだな」
「でもその後、芳、何もしないし俺に何も聞いてこないじゃないか」
「な、にもしないのは当たり前だろう。俺がお前を好きなだけなのにかわいいお前に何かできる訳がないじゃないか。あとお前に返事を求めないのはあの時に俺が気持ちを打ち明けておきたかっただけだし、そもそも答えがわかっているのもあるしな」
「わかってるって何」
「俺も伊吹も男だ。それに俺は伊吹からしたら兄みたいなものだろう?」
「だったら……だったら何で俺に好きって言うの……! 俺にそんな甘くすんのっ?」

 伊吹の強めの口調に芳は驚いたように伊吹を見てきた。

「……そう、だな。すまない。これからはもう──」

 もう、何。

 甘くしないってことか。好きだと態度で示さないってことか。
 伊吹は芳につかみかかった。

「もう、何だよ! 傷心してる俺にあんなに甘く優しくしておきながら、もう甘くしないってこと? 優しくしないってこと?」
「いや……」
「だったら最初からするなよ! そんなの、……そんなの俺、結構チョロいんだぞ……元々芳のこと、大好きだったのにそんなの……ああ、クソ……」
「俺の伊吹がクソって言った……」
「言うよ! そんなのそりゃ言うから! 中途半端に甘やかさないでよ、芳……そんなの俺、……俺、芳のこと、同じように好きになっちゃうだろ……!」

 どうしたいのか聞きたいだけの筈だった。なのに気づけば自分の中で自覚する前に、まさかの告白をしていた。

 めちゃくちゃ絆され流されてる……!

 伊吹は後でまた自分に突っ込んだ。
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