虎と豹とキリン

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染まる豹

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 颯一が学校から寮へ戻ってくると、ホールで渉が寮長と何やら談話していた。
 寮長は二十代半ばくらいの落ち着いた人で、ここの学校の生徒なら間違いなく恋するなりちょっかいをかけるなりしそうな感じのスラリとした男性だ。ただ、彼女がいると公言しているせいでせいぜい憧れられている程度で留まっているらしい。
 そんな見目のいい大人の男性と並んでいても引けを取らない渉は、やはり腹立つことに大人っぽくて格好いいのだろうと颯一は改めて思う。

「……なのに俺とか……どっかおかしいんじゃねえの。……もったいねえ」

 そんな風に呟きつつスルーしようとしたら、渉が颯一に気づいてきた。

「そうちゃん、お帰り!」
「……ただいま」

 飛びついてくるのでもなくただにこやかに挨拶をされると、無視するのもなと思ってしまい颯一は言い返す。ついでに寮長にもペコリと頭を下げた。

「お帰り」

 寮長もニコニコ言ってくる。その落ち着いた様子に何となく自分の兄を思い馳せていると、渉が近づいてきた。

「どうした、ぼんやりして。具合でも悪いのか」
「え? ああいや、何となく寮長見てたらつい兄ちゃん思い出してただけだ」
「そうか。はや兄は寮長と歳似てるし普段落ち着いてるものな。じゃあ気をつけて部屋へ戻れよ」
「ああ、うん」

 さすがに目上の人と話をしているからか「俺が送ろう」などと言ってこない渉に、颯一も素直に頷く。

「じゃあな、そうちゃん」

 渉はニッコリして颯一の額に軽くキスを落としてから、寮長の元へ戻った。

「ああ」

 いちいち近いんだよと思いつつ、颯一はそのまま踵を返して自分の部屋の方向へ歩きだす。その時寮長が「込谷くん、とうとう君に落ちたの?」などとどこかおかしげに渉に聞いているのが耳に入ってきた。

「なっ?」

 颯一は唖然として振り返りそうになったが、気にならない振りして我慢しつつ、そのままゆっくり歩き続ける。とはいえ一体なぜそんなことをと思っている颯一の耳に、少し遠ざかったせいでとぎれとぎれだが「ほら……君……額……キス……」などと気になる言葉が入ってきた。
 途端颯一は走って部屋まで戻った。動揺で顔が熱い。

「そういえばそういえばそういえば……!」

 部屋に入るとひたすら呪文のように呟きながら、ベッドへすさまじい勢いでダイブする。

「そ、そう? どうかしたのか?」

 先に帰っていたらしい友悠が心配しているのかドン引きしているのかわからないが、おずおず聞いてきた。
 この間の休み前まで颯一はどこか変だと思っていた友悠だが、今はやっぱり変なのは気のせいかなと思うようになっていた。

「……とも」

 布団に顔を埋めていた颯一は悲壮な表情をしながら起き上がり、友悠を見つめる。

「な、に?」
「俺……も、もしかしてこの変わり者しかいねえくらいの勢いのこの場所にさ……もしかして、そ、染まってる? ねえ? 俺ヤバい?」
「いきなりどうしたの……?」
「だって……俺、なんか色々慣れ過ぎてる気がする。ここに来た頃はほら、例えば渉が傍に近づくだけでも拒否反応起こしてたのにさ……」
「あー」
「さっきな? さっき、あいつと寮長がいてさ。そんとき渉、俺にデコチューしてきた」
「え」

 颯一はキッと表情を引き締めると、友悠につかみかかった。

「俺、何の反応もしなかった! 何つーか、普通に受け止めてたっつーか、いちいち近いなって思っただけだった! いや、外でされてたらきっと多分ギャーッて今でもなってただろうけど、ここだからっつーか……ああどうしよ俺マジ何かヤバい! 寮長が後で渉に言ってんの聞こえてきてようやくハッとなったんだけど! 俺、染まり過ぎてねえ? ヤバい……!」
「……あー……えっと……まぁ、その、でも俺も、さ……結構、染まっちゃってる、し……? そうだけじゃないよ……」

 友悠は何だかどこか言いにくそうに目を逸らしながら答えてきた。

「とも?」

 颯一はついポカンとしてまた友悠をジッと見上げる。

「あの……あまり見ないでくれる?」
「え? ああごめん。……ってとも? ま、まさか俺が染まり過ぎてお前に変なことしようと思ったとか考えてんじゃねえよな?」

 あはは、と手を離した後で颯一はハッとなった。そしてまた友悠につかみかかる。

「ま、まさか。それはないから……! ほんと、ないって」
「ほんと?」

 颯一はホッとしてまた友悠から手を離した。

「ほんと、ほんと。……むしろあったら……」
「ん? 何?」
「いや、何でもないよ」

 友悠はどこかほんのり困ったように、だがニッコリ笑ってきた。颯一は首を傾げつつも何となく安心して、ようやくいつもの颯一に戻った。
 その後に友悠がそっとため息ついたことには気づいていない。額にキスをされることに慣れた颯一は余計に危なっかしさが増しただけだと友悠が心配していることをなど颯一は知らない。そして「染まるならむしろもっと色々注意する方に染まって欲しい」と思われていることも知らない。

「おい、また! ほんっともう……! ちゃんと服、着て……!」

 さすがに颯一にとっても恐るべき、廊下を含めた外へは、ラフすぎる格好で出ない。だが部屋の中での颯一は油断しまくりだった。
 その夜もそうだった。ぶかぶかのタンクトップとローライズのボクサーパンツで寛いでいると友悠に怒られた。

「えー、だって暑いだろ……」
「エアコンつけてるだろ……? 何でそうってそんなに暑がりなの?」

 友悠はとてつもなく呆れたように颯一に言ってくる。あまり目も合わせてくれない辺り、そうとう呆れているのかもしれない。とはいえ颯一にとって家でも普通にこの格好だったので、なぜそれほど呆れられるのかよくわからない。

「だって夏は暑いもんだろ?」
「そう……まだ蝉も鳴いてないよ……? これで馬見塚さん来たらどうするの?」
「え? あ……?」

 友悠に言われて、颯一は自分がこの間渉と同じ部屋で眠った時も大概ラフな格好していたことに初めて気づいた。

「家に帰ってた時にさ、俺の部屋で渉と寝た時もTシャツと短パンだったけ、ど……」
「……そう。君はここに染まる云々を心配する前にもうちょっと違うこと心配した方がいいよ。なんなら、いっそ染まった方が色々危機感が湧くんじゃないかな……」

 友悠が呆れたように言ってくる。さすがに「性に飢えている男の前にいる女のつもりでいて」とは言われないが、友悠にしてみればそれくらい注意して欲しいのかもしれない。心配してくれているのだろう。

「う……」
「とりあえず、エアコンを最強にするから! だから服ちゃんと着て! それとね、そうはもう少し気にするようにしていて! わかった?」
「……わかったよ」

 気持ちはわかるがそこまで? と思いつつも友悠の剣幕におされ、颯一はしぶしぶ頷いた。

 やっぱりとも、変かも? だって前ならそこまで言わなかったような……?

 颯一はまたそっと首を傾げた。
 翌日の友悠はくしゃみを連発していた。どうやらエアコンの強さでか、風邪をひいた様子だった。
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