虎と豹とキリン

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思いがけないキリン

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 一応颯一なりに気を使ってくれているのがわかる友悠としては、今の状況が何とも微妙だった。
 狭い倉庫。人一人分のスペースすらまともにないような、理科実験室にある機材倉庫。
 そこに今、二人は隠れていた。

「……もう、いねぇかな……?」

 颯一がポツリと呟く。

「……ど、うだろう、ね……?」

 友悠はどもりながら答える。どもったのは隠れている原因が怖いからではない。この狭いスペースで、最早自分が颯一を背後から抱きしめているようなこの状況に、どもらざるを得なかった。

「ほんと悪い。付き合わせて。しかもこんな狭いトコに隠れる羽目になって。マジごめん……その、色んな意味で……」

 そう言って謝ってくる颯一に対して、居たたまれないし微妙な気持ちになる。謝ってきた理由が、実際狭苦しい所に隠れて迷惑かけてゴメン、という意味の他にもう一つあるからだ。
 絶対に、自分のモノが颯一に当たっている。間違いない。思いきり背後から包み込むような状態なのだ。まだまだ未熟者である友悠に、自分の息子の制御などままならない。そしてそれが颯一にもバレているのは、顔が見えなくてもまず耳でわかった。
 薄暗いが、空気を通すためか下の方がルーバー扉となっているので明かりも入ってくる。颯一の耳は赤かった。

「……俺の方こそ……気持ち悪い思いさせて……ごめん……」

 今、二人は渉から隠れているわけではない。渉に対しては、颯一も最近あまり逃げない。とはいえ、別に渉に対して気持ちが傾いたわけでもない。
 慣れとは怖いものだなとそれに対しては友悠はソッと思っていた。変なこと言ったりしてくる渉に対し相変わらず否定的で喧嘩腰ではあるが、多分無茶してこないというのが颯一にも理解できたのだろう。よほどの時はたまに逃げているが、大抵は颯一曰く「黄金の右手」でボディーブローをかますか暴言を吐くかしている。
 今逃げているのは知らない上級生からだった。最近渉は忙しいのか、前のように颯一の傍をうろついてこない。それが噂となって流れたのか、何かと颯一にちょっかいをかけてくる輩がまた増えてきたのだ。渉が傍にいることで防波堤になっていたのだと、颯一もさすがに気づくくらい、ちょっかいかけてくる相手が増えた。
 入学して数カ月経った今、颯一はある意味入学したての頃よりもかわいくなったと影で言われている。本人が聞いたら激昂するであろうがそれに関して、友悠も頷かざるを得なかった。
 周りに溶け込めば溶け込むほど颯一の男前ぶりが目立つため、そういうのがタイプではない生徒はすでに興味を失くしている。だが男前ではあるが、ところどころとてもかわいい反応を見せてくるところや、あまりに子どもっぽいというか色々知らないところもだんだん目立ってきており、それがとてもいい感じだと思われているのだ。
 色々未経験で知らないとは言え、一般的なことはもちろん知っている。だからこそ、その反応が楽しいしかわいいのだと多分皆思っているのだろう。
 そういったちょっかいをかけてくる輩に対して、はっきり告白されたら颯一もはっきり断っているし、変なことされたら怒って反撃もする。ちゃんと態度で「嫌だ」と示している。だがそれでもしつこい生徒もいる。
 今逃げている相手もそうだった。入学したての頃にも何度かちょっかいをかけられていたのだが、渉が颯一の周りをうろうろしていた時は鳴りを潜めていた。だが最近渉があまりいないのを知ると、また言い寄ってくるようになった。
 その度に颯一はちゃんと断るか嫌だと言っているのだが、しつこい。
 おまけに何となく怖いのだと颯一は言う。それに対しては先ほど友悠も一緒にいて、その相手を見たのでわかる。体がゴツイから怖いというのではない。実際ゴツイのだがそうではなく、何となく雰囲気が危険なのだ。
 傍に友悠もいるからか、颯一は「しつこい、それにほんともう来ないでください」と言い切ると、友悠に目で合図を送った後に走り出した。その合図はもしかしたら「逃げるからまた部屋で」と言う意味だったのかもしれない。だが「おい」と後を追うそぶりを見せてきた先輩に対し、颯一を一人にするなどできるはずもなく、友悠も「失礼します」と言って先輩を追い越し、颯一の後に続いて一緒に逃げた。
 追いかけてくる気配を感じ、二人はひたすら逃げた。幸い二人とも足は速い。姿が見えなくなったのを感じる、とりあえず狭苦しいもののこの場所へとりあえず隠れた。それが今だ。

「気持ち悪いとか、何言って……べ、別に大丈夫だし……気にすんな。俺の方こそ迷惑しか、かけてねえし……」

 まだ一応警戒しているため、颯一も大きな声を出せずにボソボソと言い返してくる。そんな囁き声がさらに友悠を煽ってくるなどと、きっと本人はわからないだろう。また、友悠が謝る理由が後ろに当たっているモノのことなのだろうとしか思っていないだろう。後ろから抱きしめ、颯一の感触や匂いといった様々を堪能してしまっていることに対しても謝っているとは思っていないだろう。

「……ほんと、ごめん……」

 謝りつつも友悠は颯一の耳元近くで囁いた。このまま耳朶を食みたくて仕方ない。

「だから……っ」

 颯一がムッとしたように振り向く。狭い中首だけ何とか回して振り向いたせいだろう。それはもう、事故としか言いようがなかった。

「……っ」
「……っ?」

 颯一の柔らかい唇が友悠のそれに触れる。一瞬の間の後に慌てて颯一が避けようとした時、廊下の方から「くそ、完全に見失ったか」と声が聞こえてきた。その声に二人は固まる。唇はまだ触れあっているのに動けない。友悠の心臓は今にも破裂しそうだった。
 颯一もかなり緊張し固まっているのだろうが、多分今は廊下の先にまだいるであろう先輩に対して集中しようとしていると思われる。
 だが友悠は違った。
 もちろん見つからないに越したことない。とはいえ万が一見つかっても自分がいる限り、先輩であろうがいいようにさせるつもりない。
 それよりも今この状態に友悠は、喜べばいいのか嘆けばいいのか笑えばいいのか泣けばいいのか叫べばいいのか頭の中が完全に混乱し、わけわからなくてどうすればいいか全くわからなかった。
 動けないながらも少し身じろぎすると、ほんのりと今なお触れている唇が擦れた。
 もういっそこのまま貪りたかった。隠れていることも友人だということも何もかも忘れ、貪りたかった。
 だが辛うじて残っている友悠の理性が押しとどめる。

 何か違うことを、何か気を逸らすために何か……。

 必死になって考えようとし、頭を過ったのは颯一が自分でしても「抜けない」という話。
 中高生くらいの男子にたまにいるのは知っている。そういう男子はちゃんとしたやり方がいまいちわかっていないまま、できないと思っている。
 だから颯一が変だとかおかしいとか思わない。思わないが、何ということを打ち明けてくれたのだろうとは思った。そして自分は何という時に思い出しているのだと思う。
 しても達せない颯一を思い、それを手伝う自分を思い。
 今だけは思い出したくなかった。こうして抱きしめるかのように密着し、こうして軽くでも唇が触れている今だけは。
 二人がその後ようやく倉庫から出た時には先輩どころか学校に残っている生徒すらいないのではと思われた。気まずく思いながらも、二人して「ごめん」「ごめんな」と言い合う様子は傍からみれば滑稽だっただろう。
 これからは学校でも色々と警戒しようと友悠は思った。そして夏休みになったら、何が何でも中学の友人に頼みこんででも女子を紹介してもらおう、とも。
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