緋の花

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11話

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 タオルを取れば、どこか狼狽えている先生とその先生をニコニコと見ている見知らぬ男性がいた。どういう状況だと、邦一が微妙な顔をしつつも黙っていると「少年、落ち着いてるな」と見知らぬ男性が楽しそうに言ってくる。
 よく分からないが、その男性と先生は少なくとも親しい関係なのだろう。男性の今の言葉と様子で、先生の性格を把握した上でからかっていたように邦一には思えた。

 ……秋星みたいな人なのかもしれない。

ますます微妙な気持ちで、ヴァンパイアの可能性が高い先生よりもその男性に対して密かに警戒していると、先生が冷静さを取り戻したようだ。

「患者なら大人しく椅子に座って待っていて下さい」
「もっと罵るように言ってくれていいんですよ。後でうろうろした罰として歯、削ります?」
「削りません……!」

 なんだこれ。

 聞きたい訳ではなかったが否応なしに聞こえてくる会話に邦一は微妙になる。というか先ほどから微妙な顔しかしていないような気がする。
 ようやく男性がいなくなると先生が謝ってきた。

「お騒がせしてすみません……」
「いえ、大丈夫です」
「……あの」

 ああ、流されなかったかと邦一は内心小さくため息を吐いた。妙な展開のお陰か、先ほどまで感じていた緊迫感というか焦りはもう無かった。不審者のような男性様々なのかもしれない。彼のお陰で気が抜けたようだ。だが先生からはまだどこか緊張したような雰囲気を感じ取られた。

「えっと、先生。先生は……俺と同じ種類じゃないですね?」

 明確に言わないよう気を配りつつ、更に小声を心がける。

「……」
「ここでこんな話していいのか分からないんでどう言えばいいのか戸惑いますが……。俺はヒトです、が多分先生と同じ種族の者に仕えてます。なのでえっと、警戒するなと言う方が難しいかもですが、別に俺は先生のことバラそうとかそんなことを思っていた訳じゃないので、その……」

 何といえばいいのか分からなくなってきた。

「ただ、俺のその、仕えている……主人とでも言うんでしょうかね、その人に、他にも同じような人がいるのかみたいな話をしていたらここへ連れてこられただけというか……」
「……。……その主人さんはどうされました、か……?」

 何とか今の状況を上手く説明しようと苦心している邦一に対して、先生は理解してくれたのかまだ疑っているのかは分からないが静かに聞いてきた。

「ここへ来る気はないようです。えっと、理由はよく分かりませんが俺には、先生がご自分以外には同じタイプの人がここにいないと思っているからとかどうとか言ってまし、た」

 口にすると、改めて理由が嘘くさいなと邦一はまたもや微妙な気持ちになった。これでは何も信じてもらえない気がする。

「……確かに俺……あ、いえ僕は自分一人だけだと、思ってました」

 だが先生はマスクを外しながら肯定してきた。秋星で慣れているので邦一はつい、とてつもなく唖然とした顔をしてしまった。

「……? おかしいですか? 自分しかいないと思っていたのは」

 そんな邦一の表情を見て、先生は苦笑してきた。

「い、いえ」

 そこじゃないです、と邦一は内心思う。ヴァンパイアは皆、秋星や秋星の姉、そして秋星の父親みたいな性格だとばかり思っていた。こんなにすぐ知らない人のことを信用して、この人は大丈夫なのかとむしろ心配さえしてしまう。

「にしてもその主人さんは僕に正体を現さない割に、あなたにマーキングしてきたんですね」

 先生はふと小さくだがおかしそうに笑ってきた。マスクを外しているのもあって、改めて綺麗な人だなと邦一は思った後で「……男だけど」と自分にそっと突っ込む。

「すみません。俺にもあの人が何考えてんのか分からないんです……」
「僕も、もちろん分からないですが……僕に姿は見せたくないけれどもご自分の存在は知らしめたい、という感じはしますね……」
「ですよね」
「後は牽制もあると思いますけど」

 先生がまた静かに笑ってきた。

「あなたに一切手を出すな、という」
「は?」

 言っている意味が分からなくて、少し変な返事をしてしまった。

「あ、すみません。手を出すな……って、ああ、あれか。吸血ですか」
「んー……まぁ、それもあるでしょうね」

 それも?

 他に何があるというのだ、と邦一は怪訝な顔になる。すると先生がまた笑ってきた。

「僕にはその、相手がいますのでご心配不要ですとお伝えください」
「は、ぁ……」

 よく分からなかったが、先生にも邦一のような仕える者がいるという意味だろうかと思うことにした。

「あと、お仲間がいるなんて、何となく心強いです、と」

 先生の笑顔はとても穏やかで、綺麗な顔が引き立っていた。
 支払いを済ませ、邦一がエレベーターを待っていると「おーい」と呼ぶような声が聞こえた。振り向くと先ほどの不審……いや、男性が近づいてきていた。心の中で「うゎ……」と密かに引いていると隣に立たれる。エレベーターが来たので乗り込むと、相手も同じく乗り込み、また隣に立ってきた。黙っていると「もしかして俺、引かれてる?」と苦笑された。

「……何でしょうか」
「いや、アンタって佐和先生の正体、知ってんだって?」

 不審男の言葉に、邦一は思い切り口を開けて相手を見ていたらしい。笑われた。

「ごめんね、笑って。で、アンタも俺と同じで人間なんだろ? 相手がアレで、さ」

 相手?

 ということはこの不審男が先生に仕える者なのだろうかと邦一は考えた。

「……はい」

 いくら不審男とはいえ、ずっと無視をする訳にいかない。それに不審者ではなく邦一と同じ立場なのだとしたら邪険にする必要もない。

「そっか。で、アンタらはどっちがどっちな訳? やっぱ俺らと同じでアンタがタチ?」
「はい?」
「あの鋭い歯で噛みつかれるのって最高だよな。あー、でも性癖は違うかもか。それでもあの時ってやっぱお相手さん、どっち側だろうがアンタの欲しがるんだろ?」

 どうしたらいいのだろうか。不審男が話す言葉は邦一にとって全く分からなかった。言葉が、というよりは意味が、だろうか。

「俺はさぁ、痛いの堪らなく好きでさ……つか、なんかお仲間って思うと普段は言わないことでもつい気安く言ってしまうわー。ああでもアンタ、高校生くらいかな……? さすがに駄目かなぁ」

 秋星助けて。

 普段なら絶対思わないそんなセリフが脳に浮かぶ程、邦一は困惑していた。エレベーターが着くと心底ホッとした。

「失礼します」

 一応そう断って足早に立ち去ろうとすると「俺、槙村。アンタは?」と聞かれる。

 言いたくない。

「……山井です」

 だが培ってきた礼儀作法は簡単に捨てられなかった。

「そっか! じゃあ山井くん、またな!」

 槙村と名乗ってきた不審男は整った顔に爽やかな笑みを浮かべながら立ち去っていった。
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