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12話
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邦一が外へ出るも、秋星の姿は見あたらなかった。辺りを窺いながら小さな声で「秋星……」と呼ぶも反応はない。仕方なく、来た方向へ歩いているとしばらくしたら突然、グイッと腕をつかまれた。振り返らなくても分かる。
「秋星、もう猫じゃないのか」
「振り返らんでも俺やって分かるんか。いやぁ、愛やなぁ」
人の姿に戻っている秋星がニコニコと隣に並んだ。邦一はため息を吐く。
「仕事柄な」
「何やこう、ほんまクニは色気あれへんなぁ」
「あってたまるか……」
「で? どないやった?」
歩きながら、秋星が邦一の顔を覗き込んでくる。先ほどまで歯医者で動揺したり緊張したり、ドン引きしたりしていたからか、改めて見慣れた秋星を目の当たりにすると妙にホッとするような気持ちが湧いてきた。
とはいえ秋星の性格が実際のところはあの先生や不審男よりもよほど捻れてるので、それに関しては何も言わないでおく。
「多分あそこで先生やってる人がお前と同じ種族よな?」
「そうやな」
「なんか優しそうで綺麗な人だったけど……」
とりあえず無難な感想を告げると秋星は少しだけ怪訝な顔をしてきた。ほんの少しだろうがそんな表情が珍しく、邦一はポカンとした顔で秋星を見る。
「なんでクニはそんな間抜けな顔してんのや?」
お前が言うな。
「……秋星が先に怪訝そうな顔してきたけど?」
「ああ。あそこは倅やったと思っててんけど女やっけか、ってなぁ」
「倅?」
邦一が聞き返すと秋星はニッコリと見上げてきた。
「そいつの親とウチはやりとりがあんねん」
「は?」
「花をな、そいつの実家言うんか? そこへ届けてる」
「花屋みたいな仕事もしてたっけ?」
橘家はかなり大きな家元になるので、華道に関する仕事だけで基本的には生計を立てられる筈だと邦一は思っていた。
「依頼を受けて生けた花を飾る仕事と似てんで。それに他ではしてへんことやわなぁ。向こうは人間界やない。魔界や。特殊な加工せんと花は立ち入った瞬間枯れてまうんや」
また日常生活と全く関係ないであろう知識が増えたと邦一はそっと思う。
「魔界は毒でも立ち込めてんのか」
「ちゃう。けどまぁお前らからしたら似たようなもんやろな」
「枯れるならなんの為に届けるの?」
「枯らすかいな。クニはプリザーブドフラワーって知ってるか」
「まぁ、何となくは」
プリザーブドフラワーとは生花などを特殊な液体に浸け、水分を抜いた素材のことを言う。そういった加工をすることで、花の持ちがよくなる。
「あれと似たようなもんや。俺らは普段はな、プリザーブドフラワーはもちろんせぇへんけどな。こっちの花を魔界へとなると話は別や。それこそ魔界で通用するような特殊液使ってるんやで。やから俺らの花は魔界やっていう理由では枯れん。あと種も取れへんからな、魔界で新たに人間界の花を育てるのも出来へんよぉになってる」
「へえ、凄いな。そんな特殊液、売ってんのか……」
秋星の言葉に邦一がしみじみ頷いていると呆れられた。
「なに」
「ウチで作ってんねや。人間界にそんなもん、売ってる訳ないやろ。というよりな、花が枯れんとこに感嘆するんやなくてそこなん。ほんまクニは色気ないなぁ」
「……だからあってたまるか」
「……はよ、もっと色気知りぃ」
「え? なに? 今の声、聞こえなかったんだけど……」
前を向いたまま喋っていたのだが珍しく聞き漏れてしまい、邦一は秋星の方を見た。秋星はニッコリとまた見上げてくる。
「親を知ってるから倅って口にしたねんでって言ったんや。まさか女とは思わんかったけどな」
「女? 誰が」
「誰って、その歯医者のことやけど?」
邦一は怪訝な顔をした。女だと言った覚えはない。そもそも先生は男だ。
「どんな話の流れから女だって思ったんだ? 先生は男だよ」
邦一が言うと、秋星はまた怪訝な顔をしてくる。
「クニが男に対して綺麗やとか思たん?」
「まぁ、実際綺麗だったし……」
「……そぉか」
少し考えるような顔をした後で秋星はニッコリと笑いかけてきた。何故か本当に楽しそうに見える。
「何?」
「何ってなんやの?」
「何か秋星、楽しそうなんだけど……」
すると何とも表現し難い表情を秋星は見せてきた。あえて言うなら妖艶とでも言うのだろうか。
「そうやねぇ、クニが男に対して綺麗やとか思うたんは楽しいなぁ」
「は……? なんで」
意味が分からなくて聞くも、秋星はサクサクと歩き出す。
「はよ家帰ろ」
「お前が連れてきたんだけどな?」
「帰ってからちゃんとどやったか聞かせてもらうで」
「何をだよ……」
「はぁ、長い間太陽に当たって俺、疲れたわ」
「え……っ? 秋星、太陽平気なんちゃうんかっ? だ、大丈夫なん……っ?」
微妙な顔をしていた邦一が大変だとばかりに慌て、せめて自分の上着を脱いで秋星に被せようとすると、秋星が笑みを向けてくる。
「クニ、関西弁になってんで。可愛いなぁ? 冗談や」
「はぁっ?」
唖然と邦一が秋星を見下ろすと、秋星はまた楽しそうな表情を見せてきた。
「疲れたんはほんまやで? 何かに化けんのは難しぃないけどな、体力普段よりは使うねんよ」
太陽にやられでもしたのかと本気で焦った邦一は少しムッとした顔で黙って聞いていた。すると続けてくる。
「そやから帰ったら血ぃ、貰うわなぁ」
「はぁっ?」
「秋星、もう猫じゃないのか」
「振り返らんでも俺やって分かるんか。いやぁ、愛やなぁ」
人の姿に戻っている秋星がニコニコと隣に並んだ。邦一はため息を吐く。
「仕事柄な」
「何やこう、ほんまクニは色気あれへんなぁ」
「あってたまるか……」
「で? どないやった?」
歩きながら、秋星が邦一の顔を覗き込んでくる。先ほどまで歯医者で動揺したり緊張したり、ドン引きしたりしていたからか、改めて見慣れた秋星を目の当たりにすると妙にホッとするような気持ちが湧いてきた。
とはいえ秋星の性格が実際のところはあの先生や不審男よりもよほど捻れてるので、それに関しては何も言わないでおく。
「多分あそこで先生やってる人がお前と同じ種族よな?」
「そうやな」
「なんか優しそうで綺麗な人だったけど……」
とりあえず無難な感想を告げると秋星は少しだけ怪訝な顔をしてきた。ほんの少しだろうがそんな表情が珍しく、邦一はポカンとした顔で秋星を見る。
「なんでクニはそんな間抜けな顔してんのや?」
お前が言うな。
「……秋星が先に怪訝そうな顔してきたけど?」
「ああ。あそこは倅やったと思っててんけど女やっけか、ってなぁ」
「倅?」
邦一が聞き返すと秋星はニッコリと見上げてきた。
「そいつの親とウチはやりとりがあんねん」
「は?」
「花をな、そいつの実家言うんか? そこへ届けてる」
「花屋みたいな仕事もしてたっけ?」
橘家はかなり大きな家元になるので、華道に関する仕事だけで基本的には生計を立てられる筈だと邦一は思っていた。
「依頼を受けて生けた花を飾る仕事と似てんで。それに他ではしてへんことやわなぁ。向こうは人間界やない。魔界や。特殊な加工せんと花は立ち入った瞬間枯れてまうんや」
また日常生活と全く関係ないであろう知識が増えたと邦一はそっと思う。
「魔界は毒でも立ち込めてんのか」
「ちゃう。けどまぁお前らからしたら似たようなもんやろな」
「枯れるならなんの為に届けるの?」
「枯らすかいな。クニはプリザーブドフラワーって知ってるか」
「まぁ、何となくは」
プリザーブドフラワーとは生花などを特殊な液体に浸け、水分を抜いた素材のことを言う。そういった加工をすることで、花の持ちがよくなる。
「あれと似たようなもんや。俺らは普段はな、プリザーブドフラワーはもちろんせぇへんけどな。こっちの花を魔界へとなると話は別や。それこそ魔界で通用するような特殊液使ってるんやで。やから俺らの花は魔界やっていう理由では枯れん。あと種も取れへんからな、魔界で新たに人間界の花を育てるのも出来へんよぉになってる」
「へえ、凄いな。そんな特殊液、売ってんのか……」
秋星の言葉に邦一がしみじみ頷いていると呆れられた。
「なに」
「ウチで作ってんねや。人間界にそんなもん、売ってる訳ないやろ。というよりな、花が枯れんとこに感嘆するんやなくてそこなん。ほんまクニは色気ないなぁ」
「……だからあってたまるか」
「……はよ、もっと色気知りぃ」
「え? なに? 今の声、聞こえなかったんだけど……」
前を向いたまま喋っていたのだが珍しく聞き漏れてしまい、邦一は秋星の方を見た。秋星はニッコリとまた見上げてくる。
「親を知ってるから倅って口にしたねんでって言ったんや。まさか女とは思わんかったけどな」
「女? 誰が」
「誰って、その歯医者のことやけど?」
邦一は怪訝な顔をした。女だと言った覚えはない。そもそも先生は男だ。
「どんな話の流れから女だって思ったんだ? 先生は男だよ」
邦一が言うと、秋星はまた怪訝な顔をしてくる。
「クニが男に対して綺麗やとか思たん?」
「まぁ、実際綺麗だったし……」
「……そぉか」
少し考えるような顔をした後で秋星はニッコリと笑いかけてきた。何故か本当に楽しそうに見える。
「何?」
「何ってなんやの?」
「何か秋星、楽しそうなんだけど……」
すると何とも表現し難い表情を秋星は見せてきた。あえて言うなら妖艶とでも言うのだろうか。
「そうやねぇ、クニが男に対して綺麗やとか思うたんは楽しいなぁ」
「は……? なんで」
意味が分からなくて聞くも、秋星はサクサクと歩き出す。
「はよ家帰ろ」
「お前が連れてきたんだけどな?」
「帰ってからちゃんとどやったか聞かせてもらうで」
「何をだよ……」
「はぁ、長い間太陽に当たって俺、疲れたわ」
「え……っ? 秋星、太陽平気なんちゃうんかっ? だ、大丈夫なん……っ?」
微妙な顔をしていた邦一が大変だとばかりに慌て、せめて自分の上着を脱いで秋星に被せようとすると、秋星が笑みを向けてくる。
「クニ、関西弁になってんで。可愛いなぁ? 冗談や」
「はぁっ?」
唖然と邦一が秋星を見下ろすと、秋星はまた楽しそうな表情を見せてきた。
「疲れたんはほんまやで? 何かに化けんのは難しぃないけどな、体力普段よりは使うねんよ」
太陽にやられでもしたのかと本気で焦った邦一は少しムッとした顔で黙って聞いていた。すると続けてくる。
「そやから帰ったら血ぃ、貰うわなぁ」
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