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110話
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「また匂いか」
邦一はそろそろ飽きたといった風にため息を吐いた。
「ちょっとちょっとお兄さん? 緊張感無さすぎじゃね?」
何か企んでいたかのような顔をしていた臨太郎が微妙な様子で邦一を見てくる。
「緊張感? 何でだよ」
臨太郎は少し周りの様子を窺った後に片手を口元に添えながら小声で答えてきた。
「邦一の前にいる俺、魔物なんですけど。まさかただの猫だなんて思ってないよな……?」
「俺を何だと思ってんだよ。むしろ普通の猫が人間の姿になるなんて思えるほうが凄いだろ……」
「だったらもう少し怖がるとか気にするとかないの」
「橘家の住人として普段から慣れてるのに?」
「あー。デスヨネ」
「……ちゃんと話す気がないなら帰る。俺も暇じゃないんだ」
「あ、ちょっとちょっと。話は折れ倒してってるけどずれてはねーよ? 邦一の匂いがダメだっつってんだろ」
周りに聞こえないようお互い心掛けてはいるが、匂いにダメ出しされるのはいい加減微妙になる。
「何なんだよ。臭いのか?」
「いい匂いだっつってんでしょ」
「じゃあ何が駄目なんだよ」
「わかってないね。魔物に餌ちらつかせてるよーなもんだろ」
「……、……は?」
餌。
とは。
目の前にいるのは猫だ。いや、猫というか猫の魔物だが、その辺はどちらでもいい。猫の餌になる何があるというのだ。イヌハッカの匂いはわからないが、例えば鰹節の匂いがしたとしても本体が鰹節でない限り餌になり得ないのではないだろうか。
「俺は鰹節じゃないけど」
「そんなのわかってるし、お兄さんの思考回路どーなってんの」
「だったらわかるように言え。猫の餌になる何が俺にあると言うんだよ」
結局その後も話を聞いて一応臨太郎が言いたいことはわかったもののあまり要領を得ないまま、これ以上遅くなれないとばかりに邦一は臨太郎と別れた。
帰宅して一旦花を自分の部屋に置く。それから手を洗いに洗面所へ向かった帰り、秋星に見つかり、速攻で秋星の部屋へ引っ張り込まれた。
「何だよ」
「お前、何もなかったやろな? 何や知らん匂いするけど」
また匂いか、と邦一は少々うんざりとする。
「皆、俺にわかるような話してくれ」
「どぉゆう意味やねん」
「匂いとか言われても全然わからない」
「そんだら匂いは気にせんとき。要は気配みたいなもんやとか思っとき。わかるもんもおればわからんもんもおる。とりあえず聞きたいことあんねや」
珍しく秋星が現状について追及してこない。いつもなら「わからんでもええ、その知らん匂いは何や。また誰か男か女たぶらかしてきたんか」と訳のわからないことを言ってくるというのにと邦一はそっと思った。
「何」
「お前、こないだ猫におぉた、言うたやろ」
むしろ今までヒトの姿となっている当人と会っていたがと思いつつ、邦一は「ああ」と頷く。
「それ、もっ回聞くけどほんまに普通の猫やったか? 第一、引っかかれたのに痛ないってのがおかしない?」
臨太郎のことをどう話そうかと思っている時にこれだ。それだけど、と話に乗ればいいのだろうか。今話せばややこしいことになるのではないだろうか。また喧嘩になるのは避けたい。
……頃合いを見ながら話せばいいか……?
「確かにそうだけど、痛くなかったんだから仕方ないだろ」
「……ちょっとその時の傷見せて」
「もうほとんど消えてるけど」
邦一は素直に手を見せる。
「……別に血、飲まれたって訳やなさそうやな」
「そんなのわかるの?」
「何となくやけどな。……それでもクニ、気ぃつけてや。ほんまは関わって欲しないから言いたないねんけど……もしかしたら例の野良ヴァンパイアな、ケット・シーとの合の子かもしれんねん……」
「ケットシー?」
「猫の妖精言われてるけどな、そんな可愛いもんちゃう。あいつらはやたら頭が良くてずる賢いやつらでな、普段は猫の姿でも二本足で歩くくせに人間の前では完璧な猫、演じよんねん。そーゆー魔物」
ケットシーというのか、と邦一は内心頷いた。確かに臨太郎も明るいかもしれないが素直という感じではない。
「……気をつけるよ」
野良ヴァンパイアには気をつけようと自分でも思っていたところだけに頷いた。邦一の言葉に秋星が静かな笑みを浮かべる。
予想外だった。秋星は今恐らく本気で微笑んだのだと思う。きっと本当に心配しているのだろうなと邦一は改めて思った。
「……秋星、あの……」
やはり誤解されるかもしれないがちゃんと今すぐ言っておこうと呼びかけたところで、別の従事者が「秋星様、お父様がお呼びです」とやって来た。
「わかった。すぐ行くわ」
「あの、秋星」
「用事あんねやったら自分で来たらえぇねん。クニもそう思うやろ」
「あ、ああ。それより……」
「とりあえず行ってくるわ。クニは好きにしとき」
「あ、秋星」
気分がいいのだろうか、秋星は軽い足取りで部屋を出て行った。
「……くそ」
結局言えなかったことと秋星のくせに可愛いかったことが相まって思わず悪態が出た。先ほどの流れで臨太郎のことをすぐに言えばまた言い合いになりそうでしかなかった。だが元々言うつもりだったのもあり、中途半端な状態が落ち着かない。
……野良ヴァンパイアは猫の魔物とのハーフ、か……。
「そりゃまぁ言わせてもらうけど人間は栄養分にはなるよ、悪いけど」
鰹節云々の話に笑った後に臨太郎はニコニコとそんなことをまず言ってきた。
「……食うのか……?」
猫と考えるよりやはり魔物と考えるべきか、と邦一は引いたように臨太郎を見た。
「そりゃ食おうと思えば食えるよ、猫なんてわりと雑食だし魔物はもっとだよ。ただどうせ食うなら基本的には可愛い女の子のがいーよ、俺」
結局どういうことだ。
「でも邦一はいい匂いだから別かな」
「…………別ってなんだよ……!」
「あはは。たださぁ、忠告しよーとしたのは俺のことじゃないよ」
ヘラヘラとした臨太郎が言ってきた言葉に邦一はポカンとした。
「は?」
「お兄さん狙われてるんだよ」
「……どういう意味」
またまるで何かを企んでいるかのような表情を見せてくる臨太郎に、邦一は警戒しながら聞き返した。
邦一はそろそろ飽きたといった風にため息を吐いた。
「ちょっとちょっとお兄さん? 緊張感無さすぎじゃね?」
何か企んでいたかのような顔をしていた臨太郎が微妙な様子で邦一を見てくる。
「緊張感? 何でだよ」
臨太郎は少し周りの様子を窺った後に片手を口元に添えながら小声で答えてきた。
「邦一の前にいる俺、魔物なんですけど。まさかただの猫だなんて思ってないよな……?」
「俺を何だと思ってんだよ。むしろ普通の猫が人間の姿になるなんて思えるほうが凄いだろ……」
「だったらもう少し怖がるとか気にするとかないの」
「橘家の住人として普段から慣れてるのに?」
「あー。デスヨネ」
「……ちゃんと話す気がないなら帰る。俺も暇じゃないんだ」
「あ、ちょっとちょっと。話は折れ倒してってるけどずれてはねーよ? 邦一の匂いがダメだっつってんだろ」
周りに聞こえないようお互い心掛けてはいるが、匂いにダメ出しされるのはいい加減微妙になる。
「何なんだよ。臭いのか?」
「いい匂いだっつってんでしょ」
「じゃあ何が駄目なんだよ」
「わかってないね。魔物に餌ちらつかせてるよーなもんだろ」
「……、……は?」
餌。
とは。
目の前にいるのは猫だ。いや、猫というか猫の魔物だが、その辺はどちらでもいい。猫の餌になる何があるというのだ。イヌハッカの匂いはわからないが、例えば鰹節の匂いがしたとしても本体が鰹節でない限り餌になり得ないのではないだろうか。
「俺は鰹節じゃないけど」
「そんなのわかってるし、お兄さんの思考回路どーなってんの」
「だったらわかるように言え。猫の餌になる何が俺にあると言うんだよ」
結局その後も話を聞いて一応臨太郎が言いたいことはわかったもののあまり要領を得ないまま、これ以上遅くなれないとばかりに邦一は臨太郎と別れた。
帰宅して一旦花を自分の部屋に置く。それから手を洗いに洗面所へ向かった帰り、秋星に見つかり、速攻で秋星の部屋へ引っ張り込まれた。
「何だよ」
「お前、何もなかったやろな? 何や知らん匂いするけど」
また匂いか、と邦一は少々うんざりとする。
「皆、俺にわかるような話してくれ」
「どぉゆう意味やねん」
「匂いとか言われても全然わからない」
「そんだら匂いは気にせんとき。要は気配みたいなもんやとか思っとき。わかるもんもおればわからんもんもおる。とりあえず聞きたいことあんねや」
珍しく秋星が現状について追及してこない。いつもなら「わからんでもええ、その知らん匂いは何や。また誰か男か女たぶらかしてきたんか」と訳のわからないことを言ってくるというのにと邦一はそっと思った。
「何」
「お前、こないだ猫におぉた、言うたやろ」
むしろ今までヒトの姿となっている当人と会っていたがと思いつつ、邦一は「ああ」と頷く。
「それ、もっ回聞くけどほんまに普通の猫やったか? 第一、引っかかれたのに痛ないってのがおかしない?」
臨太郎のことをどう話そうかと思っている時にこれだ。それだけど、と話に乗ればいいのだろうか。今話せばややこしいことになるのではないだろうか。また喧嘩になるのは避けたい。
……頃合いを見ながら話せばいいか……?
「確かにそうだけど、痛くなかったんだから仕方ないだろ」
「……ちょっとその時の傷見せて」
「もうほとんど消えてるけど」
邦一は素直に手を見せる。
「……別に血、飲まれたって訳やなさそうやな」
「そんなのわかるの?」
「何となくやけどな。……それでもクニ、気ぃつけてや。ほんまは関わって欲しないから言いたないねんけど……もしかしたら例の野良ヴァンパイアな、ケット・シーとの合の子かもしれんねん……」
「ケットシー?」
「猫の妖精言われてるけどな、そんな可愛いもんちゃう。あいつらはやたら頭が良くてずる賢いやつらでな、普段は猫の姿でも二本足で歩くくせに人間の前では完璧な猫、演じよんねん。そーゆー魔物」
ケットシーというのか、と邦一は内心頷いた。確かに臨太郎も明るいかもしれないが素直という感じではない。
「……気をつけるよ」
野良ヴァンパイアには気をつけようと自分でも思っていたところだけに頷いた。邦一の言葉に秋星が静かな笑みを浮かべる。
予想外だった。秋星は今恐らく本気で微笑んだのだと思う。きっと本当に心配しているのだろうなと邦一は改めて思った。
「……秋星、あの……」
やはり誤解されるかもしれないがちゃんと今すぐ言っておこうと呼びかけたところで、別の従事者が「秋星様、お父様がお呼びです」とやって来た。
「わかった。すぐ行くわ」
「あの、秋星」
「用事あんねやったら自分で来たらえぇねん。クニもそう思うやろ」
「あ、ああ。それより……」
「とりあえず行ってくるわ。クニは好きにしとき」
「あ、秋星」
気分がいいのだろうか、秋星は軽い足取りで部屋を出て行った。
「……くそ」
結局言えなかったことと秋星のくせに可愛いかったことが相まって思わず悪態が出た。先ほどの流れで臨太郎のことをすぐに言えばまた言い合いになりそうでしかなかった。だが元々言うつもりだったのもあり、中途半端な状態が落ち着かない。
……野良ヴァンパイアは猫の魔物とのハーフ、か……。
「そりゃまぁ言わせてもらうけど人間は栄養分にはなるよ、悪いけど」
鰹節云々の話に笑った後に臨太郎はニコニコとそんなことをまず言ってきた。
「……食うのか……?」
猫と考えるよりやはり魔物と考えるべきか、と邦一は引いたように臨太郎を見た。
「そりゃ食おうと思えば食えるよ、猫なんてわりと雑食だし魔物はもっとだよ。ただどうせ食うなら基本的には可愛い女の子のがいーよ、俺」
結局どういうことだ。
「でも邦一はいい匂いだから別かな」
「…………別ってなんだよ……!」
「あはは。たださぁ、忠告しよーとしたのは俺のことじゃないよ」
ヘラヘラとした臨太郎が言ってきた言葉に邦一はポカンとした。
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