116 / 145
116話
しおりを挟む
夜が明けたところで、これ以上待っていられないと秋星は立ち上がった。
「秋星、どうするつもりだ」
「……わからん。わからんけど、ぼーっと待ってられへん。その間にもしクニに何かあったら……俺はきっと発狂する」
口を開けた父親は、何かを言おうとして諦めたのかため息を吐いてきた。そして秋星の苦手な携帯電話を渡してくる。
「今すぐ電話の受け方とかけ方だけでも覚えろ」
いつもなら嫌だと即、携帯電話を投げ返していただろう。だが今はすぐに連絡できることが大事だとわかっている。秋星は黙って画面を見た。
頭はいいし記憶力も相当であるため、一瞬で使い方を覚えると秋星は外へ出た。ただ、当たり前だが邦一の匂いも存在も何も感じない。空気に溶け込んでからのほうが良かったかと人の姿のままである自分を忌々しく見ていると「なぁ、そこのお兄さん」と馴れ馴れしい声が聞こえた。明らかに人ではない匂いがする。ハッと秋星がそちらを見れば、軽そうな雰囲気の男が秋星を見ていた。
「……お前……」
ケット・シーやな、と言いかけて口にするのを留める。その代わり瞬時に近寄り、胸ぐらをつかみ上げた。男は邦一よりも高いが、秋星にとって身長差は関係ない。相手の胸ぐらをつかんで軽々と腕だけで持ち上げた。
「ちょ、ちょお! いきなり乱暴はやめて」
「お前、ひょっとして何か邦一のことで知ってることあるんちゃうんか……?」
「話す、話すから離して!」
舌打ちをするとジロリと睨みながら秋星は男を突き飛ばすように落とす。だが流石は猫の魔物とでも言うのだろうか。身軽な様子でバランスを取り、着地している。
「中で話そうや、『兄ちゃん』」
あえてニッコリと笑いかけると、男は血の気が引いたような顔色になりながらも「はい……」と頷いてきた。
「気ぃつけ、言うときながらそいつの特徴すら説明できへんかったんか!」
父親の部屋へ連れて行き、萎縮している男から話を聞いた秋星はまた胸ぐらをつかみ上げた。父親が静かに止めてくる。
「やめなさい。それじゃあまともに話が聞けないだろうが」
「……ッチ」
男は倉橋臨太郎だとフルネームで名乗ってきた。魔物は基本的にあまり自分の名を軽率に名乗らないものだ。よほど余裕なのか馬鹿なのかと思いつつ、臨太郎を見て即「馬鹿のほうやな」と秋星は納得した。野良ヴァンパイアの仲間という可能性は考えたが、臨太郎が話せば話す程、その可能性が薄れていく。とはいえ相手はケット・シーだ。油断だけはできない。
「まさか話をした後、速攻で拉致られるなんて思わねーでしょ」
「やかましい。で?」
「え?」
「何か知ってることがあるから俺に声、かけてきたんちゃうんか」
秋星がイライラと聞けば「情報はある、けどただでは……」などと言い出した。
「金か? そんなもん、なんぼでも払ったる」
その後のお前の安全は保証せんけどなと秋星は内心付け加えた。
「いや、えっと……お金じゃなくて……」
言い辛そうにしている臨太郎に秋星は本気で苛立った。
「はよ言え……一刻を争うんや……とりあえず金でも地位でも与えたるから先に邦一のこと言え! 邦一に何かあって間に合えへんかったら俺がお前殺すからな……?」
「は、はい!」
臨太郎曰く、居場所を明確に知っているのではないらしい。同じケット・シーではあるが、やはり付き合いがあの男とは全くなかったようだ。住んでいる場所どころか話したこともなく、最近人間界へやってきたらしいということしか知らないという。
「それも何故やって来られたのかも謎なんだよね」
「どういう意味やねん」
「ここで生まれたやつはまぁ当然として、ここに来るやつらも、まず人間界の言葉を普通に話せるっしょ?」
「で?」
「でもそいつはたしかほとんど話せなかったと思うんだ。今は知らないけど」
それを聞いただけでわかる。恐らく無許可で来ている筈だ。人間界の言葉を話せない者など、許可を得てここで生きている魔物にはいない。人間界のルールに従い生きる時点で言葉を知らないなど話にならないし、言葉が話せないようでルールを守れるとは思えない。恐らくはたまにどうしても発生する、どうにか紛れ込んできた者だろう。
魔界では当然人間の血の味など堪能出来ない。ただ、それが当たり前なので不都合がある訳ではない。以前、邦一に「魔物の血も大丈夫なのか」と聞かれたことがある。その時は「飲めるやろな、味は知らんけど」と適当に答えたが、実際魔界のヴァンパイアは魔物の血を得ている。ただ、そんな話をあまり詳しく邦一にしたくなかったのでサラッと返していた。
そんな許可の出ていない魔界のヴァンパイアが人間界へ来て人間の血を知ればどうなるかは火を見るより明らかだ。
……クニ。
秋星はギリッと歯を食いしばった。
「……そいつがおるとこわからんねやったら意味ないやろ……」
「そ、そうだけど──」
ただ、匂いと音で何となくある程度はわかるのだと臨太郎は言う。
ヴァンパイアの嗅覚や聴覚もかなり優れているが、やはり犬や猫には敵わないようだ。嗅覚と言えば犬が浮かぶが、猫もかなり半端ない能力を持っている。また、低音域は犬も猫もついでに人間も大差ないのだが高音域の聴力が猫は抜群にある。仲間同士で会話をするにしても高音なら十メートル、いや二十メートル離れていても探知できると聞く。左右の耳を別々に動かし回転させ効率よく集音し、音源を正確に探すことができる。その誤差はほぼないと言われている。
「邦一の匂いは完全に覚えてるし」
その言葉に苛立ちを覚えるが、今はそんなことを言っている時ではないので秋星は堪えた。
「後は何とか音を拾ってったら……」
「秋星、どうするつもりだ」
「……わからん。わからんけど、ぼーっと待ってられへん。その間にもしクニに何かあったら……俺はきっと発狂する」
口を開けた父親は、何かを言おうとして諦めたのかため息を吐いてきた。そして秋星の苦手な携帯電話を渡してくる。
「今すぐ電話の受け方とかけ方だけでも覚えろ」
いつもなら嫌だと即、携帯電話を投げ返していただろう。だが今はすぐに連絡できることが大事だとわかっている。秋星は黙って画面を見た。
頭はいいし記憶力も相当であるため、一瞬で使い方を覚えると秋星は外へ出た。ただ、当たり前だが邦一の匂いも存在も何も感じない。空気に溶け込んでからのほうが良かったかと人の姿のままである自分を忌々しく見ていると「なぁ、そこのお兄さん」と馴れ馴れしい声が聞こえた。明らかに人ではない匂いがする。ハッと秋星がそちらを見れば、軽そうな雰囲気の男が秋星を見ていた。
「……お前……」
ケット・シーやな、と言いかけて口にするのを留める。その代わり瞬時に近寄り、胸ぐらをつかみ上げた。男は邦一よりも高いが、秋星にとって身長差は関係ない。相手の胸ぐらをつかんで軽々と腕だけで持ち上げた。
「ちょ、ちょお! いきなり乱暴はやめて」
「お前、ひょっとして何か邦一のことで知ってることあるんちゃうんか……?」
「話す、話すから離して!」
舌打ちをするとジロリと睨みながら秋星は男を突き飛ばすように落とす。だが流石は猫の魔物とでも言うのだろうか。身軽な様子でバランスを取り、着地している。
「中で話そうや、『兄ちゃん』」
あえてニッコリと笑いかけると、男は血の気が引いたような顔色になりながらも「はい……」と頷いてきた。
「気ぃつけ、言うときながらそいつの特徴すら説明できへんかったんか!」
父親の部屋へ連れて行き、萎縮している男から話を聞いた秋星はまた胸ぐらをつかみ上げた。父親が静かに止めてくる。
「やめなさい。それじゃあまともに話が聞けないだろうが」
「……ッチ」
男は倉橋臨太郎だとフルネームで名乗ってきた。魔物は基本的にあまり自分の名を軽率に名乗らないものだ。よほど余裕なのか馬鹿なのかと思いつつ、臨太郎を見て即「馬鹿のほうやな」と秋星は納得した。野良ヴァンパイアの仲間という可能性は考えたが、臨太郎が話せば話す程、その可能性が薄れていく。とはいえ相手はケット・シーだ。油断だけはできない。
「まさか話をした後、速攻で拉致られるなんて思わねーでしょ」
「やかましい。で?」
「え?」
「何か知ってることがあるから俺に声、かけてきたんちゃうんか」
秋星がイライラと聞けば「情報はある、けどただでは……」などと言い出した。
「金か? そんなもん、なんぼでも払ったる」
その後のお前の安全は保証せんけどなと秋星は内心付け加えた。
「いや、えっと……お金じゃなくて……」
言い辛そうにしている臨太郎に秋星は本気で苛立った。
「はよ言え……一刻を争うんや……とりあえず金でも地位でも与えたるから先に邦一のこと言え! 邦一に何かあって間に合えへんかったら俺がお前殺すからな……?」
「は、はい!」
臨太郎曰く、居場所を明確に知っているのではないらしい。同じケット・シーではあるが、やはり付き合いがあの男とは全くなかったようだ。住んでいる場所どころか話したこともなく、最近人間界へやってきたらしいということしか知らないという。
「それも何故やって来られたのかも謎なんだよね」
「どういう意味やねん」
「ここで生まれたやつはまぁ当然として、ここに来るやつらも、まず人間界の言葉を普通に話せるっしょ?」
「で?」
「でもそいつはたしかほとんど話せなかったと思うんだ。今は知らないけど」
それを聞いただけでわかる。恐らく無許可で来ている筈だ。人間界の言葉を話せない者など、許可を得てここで生きている魔物にはいない。人間界のルールに従い生きる時点で言葉を知らないなど話にならないし、言葉が話せないようでルールを守れるとは思えない。恐らくはたまにどうしても発生する、どうにか紛れ込んできた者だろう。
魔界では当然人間の血の味など堪能出来ない。ただ、それが当たり前なので不都合がある訳ではない。以前、邦一に「魔物の血も大丈夫なのか」と聞かれたことがある。その時は「飲めるやろな、味は知らんけど」と適当に答えたが、実際魔界のヴァンパイアは魔物の血を得ている。ただ、そんな話をあまり詳しく邦一にしたくなかったのでサラッと返していた。
そんな許可の出ていない魔界のヴァンパイアが人間界へ来て人間の血を知ればどうなるかは火を見るより明らかだ。
……クニ。
秋星はギリッと歯を食いしばった。
「……そいつがおるとこわからんねやったら意味ないやろ……」
「そ、そうだけど──」
ただ、匂いと音で何となくある程度はわかるのだと臨太郎は言う。
ヴァンパイアの嗅覚や聴覚もかなり優れているが、やはり犬や猫には敵わないようだ。嗅覚と言えば犬が浮かぶが、猫もかなり半端ない能力を持っている。また、低音域は犬も猫もついでに人間も大差ないのだが高音域の聴力が猫は抜群にある。仲間同士で会話をするにしても高音なら十メートル、いや二十メートル離れていても探知できると聞く。左右の耳を別々に動かし回転させ効率よく集音し、音源を正確に探すことができる。その誤差はほぼないと言われている。
「邦一の匂いは完全に覚えてるし」
その言葉に苛立ちを覚えるが、今はそんなことを言っている時ではないので秋星は堪えた。
「後は何とか音を拾ってったら……」
1
あなたにおすすめの小説
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【8話完結】いじめられっ子だった俺が、覚醒したら騎士団長に求愛されました
キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。
けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。
そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。
なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」
それが、すべての始まりだった。
あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。
僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。
だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。
過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。
これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。
全8話。
血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】
まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
【完結】取り柄は顔が良い事だけです
pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。
そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。
そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて?
ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ!
BLです。
性的表現有り。
伊吹視点のお話になります。
題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。
表紙は伊吹です。
【完結】毎日きみに恋してる
藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました!
応援ありがとうございました!
*******************
その日、澤下壱月は王子様に恋をした――
高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。
見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。
けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。
けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど――
このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる