緋の花

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116話

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 夜が明けたところで、これ以上待っていられないと秋星は立ち上がった。

「秋星、どうするつもりだ」
「……わからん。わからんけど、ぼーっと待ってられへん。その間にもしクニに何かあったら……俺はきっと発狂する」

 口を開けた父親は、何かを言おうとして諦めたのかため息を吐いてきた。そして秋星の苦手な携帯電話を渡してくる。

「今すぐ電話の受け方とかけ方だけでも覚えろ」

 いつもなら嫌だと即、携帯電話を投げ返していただろう。だが今はすぐに連絡できることが大事だとわかっている。秋星は黙って画面を見た。
 頭はいいし記憶力も相当であるため、一瞬で使い方を覚えると秋星は外へ出た。ただ、当たり前だが邦一の匂いも存在も何も感じない。空気に溶け込んでからのほうが良かったかと人の姿のままである自分を忌々しく見ていると「なぁ、そこのお兄さん」と馴れ馴れしい声が聞こえた。明らかに人ではない匂いがする。ハッと秋星がそちらを見れば、軽そうな雰囲気の男が秋星を見ていた。

「……お前……」

 ケット・シーやな、と言いかけて口にするのを留める。その代わり瞬時に近寄り、胸ぐらをつかみ上げた。男は邦一よりも高いが、秋星にとって身長差は関係ない。相手の胸ぐらをつかんで軽々と腕だけで持ち上げた。

「ちょ、ちょお! いきなり乱暴はやめて」
「お前、ひょっとして何か邦一のことで知ってることあるんちゃうんか……?」
「話す、話すから離して!」

 舌打ちをするとジロリと睨みながら秋星は男を突き飛ばすように落とす。だが流石は猫の魔物とでも言うのだろうか。身軽な様子でバランスを取り、着地している。

「中で話そうや、『兄ちゃん』」

 あえてニッコリと笑いかけると、男は血の気が引いたような顔色になりながらも「はい……」と頷いてきた。



「気ぃつけ、言うときながらそいつの特徴すら説明できへんかったんか!」

 父親の部屋へ連れて行き、萎縮している男から話を聞いた秋星はまた胸ぐらをつかみ上げた。父親が静かに止めてくる。

「やめなさい。それじゃあまともに話が聞けないだろうが」
「……ッチ」

 男は倉橋臨太郎だとフルネームで名乗ってきた。魔物は基本的にあまり自分の名を軽率に名乗らないものだ。よほど余裕なのか馬鹿なのかと思いつつ、臨太郎を見て即「馬鹿のほうやな」と秋星は納得した。野良ヴァンパイアの仲間という可能性は考えたが、臨太郎が話せば話す程、その可能性が薄れていく。とはいえ相手はケット・シーだ。油断だけはできない。

「まさか話をした後、速攻で拉致られるなんて思わねーでしょ」
「やかましい。で?」
「え?」
「何か知ってることがあるから俺に声、かけてきたんちゃうんか」

 秋星がイライラと聞けば「情報はある、けどただでは……」などと言い出した。

「金か? そんなもん、なんぼでも払ったる」

 その後のお前の安全は保証せんけどなと秋星は内心付け加えた。

「いや、えっと……お金じゃなくて……」

 言い辛そうにしている臨太郎に秋星は本気で苛立った。

「はよ言え……一刻を争うんや……とりあえず金でも地位でも与えたるから先に邦一のこと言え! 邦一に何かあって間に合えへんかったら俺がお前殺すからな……?」
「は、はい!」

 臨太郎曰く、居場所を明確に知っているのではないらしい。同じケット・シーではあるが、やはり付き合いがあの男とは全くなかったようだ。住んでいる場所どころか話したこともなく、最近人間界へやってきたらしいということしか知らないという。

「それも何故やって来られたのかも謎なんだよね」
「どういう意味やねん」
「ここで生まれたやつはまぁ当然として、ここに来るやつらも、まず人間界の言葉を普通に話せるっしょ?」
「で?」
「でもそいつはたしかほとんど話せなかったと思うんだ。今は知らないけど」 

 それを聞いただけでわかる。恐らく無許可で来ている筈だ。人間界の言葉を話せない者など、許可を得てここで生きている魔物にはいない。人間界のルールに従い生きる時点で言葉を知らないなど話にならないし、言葉が話せないようでルールを守れるとは思えない。恐らくはたまにどうしても発生する、どうにか紛れ込んできた者だろう。                                                                                                                                                         
 魔界では当然人間の血の味など堪能出来ない。ただ、それが当たり前なので不都合がある訳ではない。以前、邦一に「魔物の血も大丈夫なのか」と聞かれたことがある。その時は「飲めるやろな、味は知らんけど」と適当に答えたが、実際魔界のヴァンパイアは魔物の血を得ている。ただ、そんな話をあまり詳しく邦一にしたくなかったのでサラッと返していた。
 そんな許可の出ていない魔界のヴァンパイアが人間界へ来て人間の血を知ればどうなるかは火を見るより明らかだ。

 ……クニ。

 秋星はギリッと歯を食いしばった。

「……そいつがおるとこわからんねやったら意味ないやろ……」
「そ、そうだけど──」

 ただ、匂いと音で何となくある程度はわかるのだと臨太郎は言う。
 ヴァンパイアの嗅覚や聴覚もかなり優れているが、やはり犬や猫には敵わないようだ。嗅覚と言えば犬が浮かぶが、猫もかなり半端ない能力を持っている。また、低音域は犬も猫もついでに人間も大差ないのだが高音域の聴力が猫は抜群にある。仲間同士で会話をするにしても高音なら十メートル、いや二十メートル離れていても探知できると聞く。左右の耳を別々に動かし回転させ効率よく集音し、音源を正確に探すことができる。その誤差はほぼないと言われている。

「邦一の匂いは完全に覚えてるし」

 その言葉に苛立ちを覚えるが、今はそんなことを言っている時ではないので秋星は堪えた。

「後は何とか音を拾ってったら……」
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