バカな子犬は今日も尻尾を振る

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1話

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 ここのところ毎日行っている仕事はマンションの改装業務だ。数日前から開始となった現地で足場作りを行っている。
 朝妻 大典(あづま だいすけ)はあくびを噛み殺しながらヘルメットを手に取った。
 大典の仕事はとび職人だ。ビルや工場、ショッピングモールやマンションといった様々な建物の工場に携わっている。何をするかというと足場の組み立てや解体、建物の土台を作る基礎工事や骨組みを作る鉄骨建方工事などだ。足場や鉄骨、重機をそれぞれ適切に設置して初めて、他の担当職人も現場に入れる。要は大典たちとび職人がいなければ工事は始まらないし、とび職の仕事が充分でないと、その先の工程へは一歩たりと進めない。建設がとびに始まり、とびに終わると言われる所以だ。
 建物を一から建てる場合は仮囲いを組みタワークレーンを設置して建物の基礎となる鉄骨を建てるところからだが、今回は改装なので本体は完成されている分楽は楽かもしれない。だがその代わり住人が既にいるため色々と制限があったりして面倒ではある。
 大典は今日自分が担当する箇所をマンションの敷地内にある臨時事務所へ確認しに向かった。作業着は家から着てくる。基本的には一旦出社して、現場へは皆で会社から車で向かう。
 作業着のズボンはニッカポッカの超超ロングを大典は愛用している。ニッカポッカを履くのは足がスムーズに動かしやすいし、足元の障害物にズボンの裾の広がりが触れることで素早く反応して危険を回避できるためだと言われている。が、本音を言えばカッコいいし大典的にかなりお洒落だからという理由が強い。

「今日は昨日の続きっすね」

 だが二つ年下の後輩である悠賀 悟(ゆうが さとる)はこのニッカポッカを履かずに作業用のカーゴパンツを愛用しているようだ。ストレッチは効いているらしいがぴったりとしたズボンでよく作業が出来るなと大典は思っている。

「だな。なー悟よぉ、前にも言ったけどよくそんなズボンで動けんな」
「先輩こそマジ半端ないっすねえー、裾そんなブカブカしてよく動けますよね」
「かっけぇだろ」
「マジ半端ないっすね」

 どうやら半端ないが口癖らしいが、多分肯定しているのだろうと判断し、大典は満足げに頷いた。
 悟は少し前に違うところから転職してきた。最近大典はこの悟と一緒に動くことが多い。今日も同じところで足場を組むことになっている。何棟かある大きなマンションのため、足場を組んでいくだけでも時間はかかる。
 朝礼が終わって所定の場所へ向かいながら、大典は少し向こうを歩いている悟をチラリと窺った。大典もそうだが体を使った仕事というのもあり、作業服を着ていても引き締まった体つきなのがわかる。その上でまだ二十歳だからか気痩せするタイプなのか実際そうなのか、とてもほっそりとしているようにも見える。カーゴパンツも正直な話、とても似合っており、できるのなら尻や太ももなどを触り倒したい。濃い茶色の髪はメッシュが入っており短すぎもせず長くもなく、男前な顔つきにこれまた似合っている。

 いいよな。

 大典は内心うんうん、と頷いた。正直、かなりタイプだと思っている。性格はいまいち読みづらいが、淡泊そうでいながら大典が言うことにちゃんと返してくれるあたり、悪い奴でもなさそうな気がするし、何より見た目が好みだ。
 ちなみに悟をいいと思っている大典は別にゲイという訳ではない。強いてあげるならバイなのだろうか。基本的に女が好きではあるが男もいける。男に対しては女に見立てていいなと思うのではなく、男たる所以にいいなと思うのでおそらくはバイなのだろう。
 そういう性癖に対して悩む人は多いらしいが、大典は特に悩んだことはない。周りにも普通に言っていたと思う。親は呆れつつも何も言わなかったし友人は皆「へえ」くらいだった気がする。というか大典が誰を好きだろうが友だち付き合いに基本関係のない話でしかないので、もし「気持ち悪い」と言うような奴なら多分最初から友人になっていないように思う。特に仲がいい友人、永谷 大吉(ながたに だいきち)にそう言えば「お前の単純な性格に付き合える奴ばっかだから正直お前が猿を好きだろうが好きにしろってだけじゃねーか」と返ってきた。微妙に納得がいかないので「せめて猫にしろ」と言えば「そこかよ」と呆れたように笑われた。
 昨日から組み始めている、今日担当の足場はそろそろ結構な高さになってきている。一旦十時に休憩が入るのだが時間が短いため、煙草を吸わない大典や悟はいちいち下へ下りずにその場で持ってきているペットボトルやちょっとした菓子やパンを食べることがある。もちろん足場とはいえ食べくずなどには気を付けている。見た目で悪そうな人と判断されやすいし確かに真面目だとは自分でも言い切れないが、最低限のマナーくらい大典でも守れる。
 休憩に入る際に大典は仕事の手を休めた悟にいそいそと話しかけた。

「高いとこって何かこう、興奮するよな?」
「マジ先輩半端ないっすねえー、あ、ブラケット取ってください」

 言われて大典は該当の部材を悟に手渡す。

「高いとこでよ、エロいことやるなんて絶対燃えるよな」
「マジ先輩半端ないっすねえー、よし、とりあえず休憩しますか」

 悟が軽く体を伸ばす。

「吊り橋効果っつーの? そういうテンションもあってすげー楽しめそうだよな」
「マジ先輩半端ないっすねえー、あ、そこすんません、俺座るんで」

 言われて大典は素直に退く。

「危険な場所ほど燃えるだろ? ちゅーとかもすげー興奮しそうだよな」
「マジ先輩半端ないっすねえー、とっととそのパン食わねーと休憩終わりますよ」
「お? おぅ。いい奴よな、お前」
「はは。マジ先輩半端ないっすねえー」

 淡々と言った後、悟はペットボトルの茶をごくごくと飲んだ。悟の喉仏が動くのを大典は思わず見入っていた。



「何回同じこと言われてんだよ、お前それ完全に流されてんだろが」

 悟とのやり取りを大吉に言えばとてつもなく呆れたように言われた。
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