不機嫌な子猫

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17話

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 この国は何気にベリー系がよく採れる。
 家庭でよく使われているグースベリーはとても甘く、そのままでもいいがジャムやデザートに合う。同じく一般的なスグリは赤が酸味の強さからやはりジャムやジュースに使うことが多い。黒も加工して使うことが大半だが、ブルーベリーよりも栄養分が高いと言われていて重宝されている。また、ビルベリーも同じく栄養価が高く、古くから食用としてだけでなく薬としても愛用されていた。
 リンゴンベリーは栄養がありつつ酸味が強く、煮詰めてソースにするのが大半だ。肉料理の付け合わせに使われているが、主にミートボールにかけるソースとしてよく食べられているかもしれない。
 そしてクラウドベリーは様々な美容価値の高いベリーとして、アレクシアはかなり重宝していた。

「これをもっと上手く活用したら他国の貴族にも人気のある商品として大いに売り出せるのではないかしら。ねぇ、どう思う? エラ」
「ええ、姫様の手にかかれば」
「嬉しいけど信憑性のなさそうな返事ね」
「全面的に信頼しているのです。あと、いい加減クリード様への返事をなさって差し上げてください」
「……分かってるわよ」

 分かっていると言いつつ、アレクシアはため息を吐く。
 クリード・フィアードは隣国、リストリア王国の第一王子だ。そしてアレクシアの婚約者でもある。もちろん、政略結婚の流れではない。アレクシアの親はそういうことをしないし、そもそもケルエイダ王国は政略結婚など必要のない大国でもある。アレクシアの商売気はただの性質によるものだ。よその国から婚姻話を持ちかけられることはあってもこちらから持ちかけることなどない。
 三年前、アレクシアは成人した十六歳の時に社交界デビューも果たした。クリードとはその時に初めて出会い、そしていわゆる一目惚れというものをされた。他の人からも誘われはしたが、クリードからのアタックはそれはもう、笑えるほどストレートで猛烈だった。だがアレクシアはその度に丁重に断っていた。
 別にクリードのことは嫌いではなかった。リストリア王国はとてもいい国だし、クリードの噂も流れてくるが以前から評判のいい王子だった。あれほどストレートに猛進してくる人だったのは意外だが、クリード曰くアレクシアがそうさせるのだそうだ。見目もいい。さぞリストリアではクリードに夢を見ている貴族の娘が多いことだろう。
 だがアレクシアは他国へ嫁ぐつもりなどなかった。いずれ誰かと結婚するにしても、自国の貴族だろうなとなんとなく思っていた。他国へ嫁げば家族と離ればなれになってしまう。何より可愛い弟、ウィルフレッドとも滅多に会えなくなってしまう。
 アレクシアは家族がとても好きだ。祖父母も父母も、そして兄弟も。
 兄、ルイは昔から性格こそ腹黒いが分別のある頭のいいところが好きだ。何も知らないような純粋無垢よりもよほど頼れる。ただ一度だけアレクシアをとても怒らせてきたことがあるが、ルイの弱点を唯一知っているアレクシアは絶えずドレスのポケットに小さな人形を忍ばせ隙あらばルイに見せつけてやったらそれ以降、アレクシアを怒らせることは避けているようだ。そこが何だか可愛らしい。
 すぐ下の弟、ラルフはチャラくて軽い。恐らく城にはラルフと関係を持ったことのある女性が少なくはないだろう。そういうところは本当にろくでもないと思うし、何より食べ物の趣味が最悪だ。アレクシアは虫などが苦手なのだが、あの馬鹿は庶民派だか何だか知らないが、トカゲの干物やコオロギの煮付けなどを持ってきたりする。最悪だし、あんなおぞましいものを食べた口と、他の娘はよくキスをする気になるものだと理解し難い。
 いい加減なラルフには比較的怒る羽目になりがちだが、残念ながらアレクシアの使える魔法属性は光魔法と、水の上位魔法だ。祖父のように雷魔法が使えたらこっぴどく叱れも出来るというのに、と雨が降りそうな日には一切外出しない弟を思い、残念でならない。
 しかしラルフはあれでもとても優しい性質を持っている。他人を思って心を痛めることの出来るチャラ男とでも言おうか。そしてあれでもかなり頭が回る。チェスではあのルイですらラルフに勝てない。とても参謀に向いている。なので結局憎めず、ちょくちょく仕事をサボるラルフに代わり、アレクシアがよく務めてやったりしている。
 そして末っ子のウィルフレッド。かなり小さな頃は存在をつい忘れてしまうほど、全然目立たない大人しい子だった記憶しかない。だがいつの間にかちゃんと自分を主張出来る子になっていた。例え自分を押し殺したような子だった頃より性格が歪もうがアレクシアからすれば断然いい。正直、見た目はぱっとしないしあらゆる能力も並か並以下だ。必死な分かわいそうだがそれらが向上することは大してなさそうだと思いつつ今に至る。だがそれを諦めの理由にせず努力している様はいたいけで何とも可愛らしいと思っている。ウィルフレッドはアレクシアの一番のお気に入りになっていた。
 とてもかわいそうでかわいらしいと思うのよ。
 ウィルフレッドを思い出してはそっと微笑む。
 そんな訳でアレクシアはこの国を出たくはない。だからずっと断っていた。
 しかし長年に渡るクリードのひたむきなアプローチにアレクシアがとうとう折れて婚約したのはつい最近のことだ。その時のクリードの喜びようは例えようのないくらいだった。それをリストリアの娘たちが見れば髪をかきむしって嘆くのではないだろうか。仕事も出来、将来素晴らしい王になると言われているハンサムな王子様──
 婚約したとはいえ、アレクシアは結婚するまではリストリアへ住む気はない。誘われればたまになら訪問もするが、自分の仕事である外交を優先させる。おかげでリストリアの重鎮たちはアレクシアのこともケルエイダ王国のこともかなり友好的に見てくれている。
 そのため、クリードとゆっくり過ごすことは滅多にない。普段もこうして手紙のやり取りをするくらいだろうか。
 ため息を吐いた後にアレクシアは優しく微笑んだ。
 ウィルフレッドも可愛いけれども、クリードも本当に可愛い方。好きにならずにはいられない。手紙の文面すらストレートで、そしていつもとても懸命で。
 今もアレクシアの返事を心待ちにしているのかと思うと、すぐに返事を書くのはつい躊躇われる。

「クリード様もおかわいそうな方……せめて手紙くらいは早く返してお優しくなさってあげてください」
「あら、エラ。私はいつも優しいわよ」

 アレクシアはにっこりと微笑んだ。
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