不機嫌な子猫

Guidepost

文字の大きさ
81 / 150

81話

しおりを挟む
 レッドとしては本気で首を差し出したいくらいの失態だと思ったし、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 確かに側近と言えども四六時中そばにいる訳にはいかない。レッドとしてはそうしたいと思ってはいるが、他にも仕事はあるしそれぞれ王子や王女の都合もある。
 それでもウィルフレッドが階段から落ちて意識がないと分かった途端、自分の命を差し出して相手を助けるような黒魔術があったのではないかと思わず珍しくも文献を探しに図書室へ行こうとしてしまった。丁度その時そばにいたラルフの側近であるイーサンに「落ち着け」と呆れられつつも諭されて辛うじて我に返り、とにかくウィルフレッドの元へ駆けつけたのだった。
 どれだけ詫びても足りない。
 だがウィルフレッドの兄姉である王子や王女はこぞって「レッドに責任はない」とまで言ってくれた。レッドとしては側近であるというのに仕えている王子に怪我をさせてしまった時点で責任問題だとしか思えないのだが、ルイから「ウィルもレッドの首なんて欲しくないだろうね。それより目を覚ました時にお前が甲斐甲斐しく世話をして欲しいだろうなあ」などと言ってもらえ、ようやく何とか気持ちを落ち着けることが出来た。
 それでも目を閉じているウィルフレッドが痛々しく、やはりひたすら申し訳なくて仕方がない。おまけに目を覚ましてくれたのは本当に良かったしレッドも嬉しかったが、記憶喪失という症状がウィルフレッドを蝕んでいると分かると心配だけでなく、さらに申し訳なさでいっぱいになった。
 大切で大事な王子を守ることが出来なくてそれでも側近かとひたすら自分を責めなじった。そんなことをしても全く建設的でないと分かってはいても、どうしようもない。
 ただウィルフレッドから「俺が階段から落ちたらしい時にそばにいなかったことを言ってるなら、何が悪いのか分からない。むしろ謝られても俺、困ります。もう謝らないでください」などと言われては今度こそ気持ちを切り替えないとと思えた。
 階段から落ちて打ちどころが悪かったらしいウィルフレッドだが、記憶障害以外は大した怪我すらないようで本人も戸惑いつつもとりあえずは元気そうだった。それにも安心しつつ、ウィルフレッドがやたらかしこまった話し方をしてくるのがとてつもなく慣れない。
 記憶がないから仕方がないと分かっていても、他人行儀過ぎて寂しさすら感じてしまう。小さな頃からずっと仕えていて一緒だったというのにと切なくなる。
 おまけに「レッドさん」などと言われた。
 誰だレッドさんというのは、とさえ思いそうになり、いや自分だったと悲しく気づく。

「呼び捨ててください」
「え。あの、でも」
「俺はあなたの側近です」
「わ、分かりました。その、レッド……」
「……あと俺に敬語はやめてください……」
「え、あ、すみま……わ、悪い。つい」
「いえ、王子はご記憶のせいですので悪くなどございません。ですがやはり王子で俺は側近なので」
「は、いや、うん。そう、だな」

 そう言いながらもウィルフレッドは目を逸らせながらため息を吐いてくる。ただでさえ自分がそばにいなかったせいでこんな目に合わせているというのに更に気を使わせてしまっている。また申し訳ないとは思ったが、だがかしこまられるのだけはせめて回避したかった。
 落ち着かない様子のウィルフレッドをそっと気にしているとノックが聞こえてきた。

「はい」

 返事をすると「クライドだ。ルイ王子に言われて様子を見にきた」とクライドの声がする。複雑な気持ちを密かに抱えつつレッドはドアを開けた。
 入ってくるクライドを見ると、ウィルフレッドは明らかに興味があるといった様子でクライドを見ている。記憶がなくとも好きな相手だとそうなるのだろうかとレッドは寂しくそっと笑った。

「……あなたは?」
「クライドだ。この国専属の術者であり、今もお前の様子を窺いに来た」

 いつもと変わらず素っ気なく伝えるクライドに、ウィルフレッドはホッとしたような顔をしたかと思うとあろうことかクライドにしがみつく。思わずギョッとしてからレッドは二人から少し離れ、なるべくそちらを見ないようにした。礼儀のつもりであるが、自分としてもあまり見たい光景ではない。だがクライドに「こいつをベッドに連れていってくれないか」と言われ「は、はい」と何とか返事をした。
 ベッドではフェルに驚いていたらしいウィルフレッドが何か言ったのか、クライドがやんわりと口を押え耳元で何かを囁いている光景をつい目の当たりにしてしまった。あのクライドがという驚きとともに二人の様子があまりにも仲睦まじく思え、レッドとしては魂が口から飛び出そうだった。とりあえず目を逸らしたが、見てしまった光景が頭から離れない。
 自分とではあまりに分相応だから一生打ち明けることなく仕えると心に誓っているし、クライドとならまだ、とも思っているはずだ。とはいえ心を誤魔化すことはどうにも難しいようだ。
 その後クライドが出て行くとレッドはようやくウィルフレッドに近づいた。

「一旦休まれますか」
「い、いえ。お医者さんにも普通に過ごすよう言われましたし、ちょっと散歩でも……」
「……王子。また敬語になってます」
「あ、そ、そうだ、な。す、すまない」
「クライド殿には比較的いつもの王子らしい対応をされてました」

 おもわずぼそりと言ってしまった後で自分の情けなさに呆れる。いつもの自分を取り戻せとそして自らに言い聞かせた。

「え、俺いつもあんな感じだったってこと?」
「いえ、いつもはもっと偉そうですが」

 なるべく淡々と言えばウィルフレッドは顔を覆ってきた。そんなウィルフレッドも新鮮ではあるが、態度が斜め上だろうが何だろうかやはりいつもの偉そうでありながら親しげでそして可愛らしいウィルフレッドがもう恋しい。また思わず「俺にもいつもの王子に早くなっていただきたい」などと呟いてしまい、レッドはせめて表情だけでもと何とか取り繕った。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)  インスタ @yuruyu0   Youtube @BL小説動画 です!  プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです! ヴィル×ノィユのお話です。 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました! 時々おまけのお話を更新するかもです。 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

処理中です...