不機嫌な子猫

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90話

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「ウィルフレッド様、今日は私のお気に入りの中庭にご案内します」
「は、ぁ」

 今日も今日とてやって来た、とウィルフレッドは内心ため息を吐いていた。
 やって来たのはアリーセだ。クリードの妹であり、このリストリア王国の王女である社交界デビューをまだ果たしていない十四歳の少女だ。
 この少女に何故かウィルフレッドは懐かれていた。自分に対して「何故か」と表現するのはプライド的に微妙だが仕方がない。いくら髪と瞳の色だけは王族の血を引いて兄姉と同じとはいえ見た目はどう見ても平凡以下でしかない。おまけに剣も魔法も駄目とくる。
 アリーセの、兄であるクリードと同じミルクティーのようなベージュ色をしたボブカットの髪は確かに変な甘ったるさを感じさせることもなく、知的にも可愛らしくも見える。そしてこれまた兄と同じく深い緑色をした瞳は吸い込まれそうなと表現してもおかしくはない。要は端正な美少女であるとウィルフレッドにも分かる。そして成年と未成年の隔たりはあるもののウィルフレッドとはわずか二歳の差しかないのも分かる。よって周りが暖かい目で見てくるのも致し方ないかもしれない。
 ただ、ウィルフレッドとしては前世から持ち合わせている記憶のせいもあり人間の十四歳である少女はどんな見てくれだろうが少女でしかない。いわゆる「女」には到底見ることが出来ない。どのみち「女」に見られたとしてもウィルフレッドにとってそういった相手は恋愛ではなく性的な対象でしかない。しかし隣国の王女であるアリーセは年齢が関係なくとも性的な楽しみのためだけに遊ぶ対象ではない存在過ぎるし、そもそもレッド以外に対しては元々そういった遊びも飽きていてそんな気になれない。ちなみにレッドに対しても今は心臓に負担がかかるため到底出来そうにない。
 よってまとわりつかれても面倒なので、迷惑でしかない。だがもちろんそんなことは本人を含め言える訳もない。
 初めてフィーカーの時に顔を合わせた際は特に普通だったように思われる。今こうして迷惑に思ってはいてもアリーセ自体は変にはしゃぐようなタイプでもなくしっかりとした優しい子なのだろうとウィルフレッドも客観的に見るなら思える。そして初見でおそらく明らかにウィルフレッドに対して全く興味がなさそうでしかなかったが、そういった性格により普通に接してきていたような気がするのだ。
 だというのに気づけばこれだ。意味が分からない。

「どうかされましたか?」

 断るに断れず、お気に入りとやらの中庭を歩いているとアリーセがウィルフレッドを覗き込むようにして聞いてきた。ここだけはありがたいというか、まあ許せることにアリーセはウィルフレッドより身長が低い。ウィルフレッドにとって何かの呪いか、この辺りの種族は基本背が高いようだ。姉であるアレクシアもアリーセの年齢の頃は既に今の身長と変わらなかったし今のウィルフレッドよりも十二分に高かった。なので余計にホッとするというか──いや、ホッとなどしない間違いだ──そう、許せる。

「いえ、どうも。それよりも綺麗な中庭ですね」

 ケルエイダは今の時期だと既に土よりも雪だ。だがリストリアはケルエイダよりはまだ気温も多少高めなのか、それとも気温が低くとも雪がそこまで降らないのか、この中庭も地面が雪で覆われるといったこともないようだ。その上何か魔法が施されているのだろうか。この時期には珍しく色とりどりの花を目にすることが出来る。花自体は自然に咲いているように見えた。

「でしょう! 私はとても好きなの。あ。申し訳ありません。つい……」
「構いませんよ。アリーセ王女の話しやすいようになさってください」
「ほんと? 嬉しい。ならウィルフレッド様も敬語をおやめになって? だいたい私は年下ですし」

 しまった、これは仲が進むフラグじゃないかと内心舌打ちしつつもウィルフレッドは仕方なく笑いかけた。
 今頃アレクシアはリストリアの王や重臣などと今更ながらに城の案内を受けたり食事をしたりしつつ外交としての仕事を進めているのだろう。今回何故アレクシアがリストリアへ出向いたのか正式な理由をウィルフレッドは聞いていないが、多少の予測はつく。おそらくはあの遠征で手に入った赤い石が関わっているのではないだろうか。喪失していた記憶が戻った後、どうやら記憶喪失の際にエミリーから多少聞いていたらしい赤い石についてルイに改めて聞けば、魔力によってまるでからくりのような仕掛けが施されていると言っていた。確かにあの石により様々な仕掛けが作動していたと思われるし何らかの人間が使うような通常魔法でそれは難しい、とはいえ機械仕掛けでないことは一目瞭然だ。そんなことくらいは調べなくとも予想が付きそうなものだが、人の思考としては調べた結果判明する明確な証拠や事実が必要なのだろう。仕方がないと思った後にウィルフレッドはふと、リストリア王国が浮かんでいた。魔力によるからくりとくればどうしても浮かんでしまう。多分それはルイや他の者たちも同じだったのではないだろうか。だから外交を担当しているアレクシアがこうしていつものように出向き、様子を窺うなり調べるなりしようとしているのではないだろうかとウィルフレッドは考えていた。
 そうしてアレクシアが仕事をしている傍らでうっかり王女の機嫌を損ね、外交的損害をウィルフレッドが発生させてしまうなどあまりに情けなく、まず自分が自分を許せない。よって内心舌打ちをしていても笑いかけるしかなかった。

「そうだな、では普通に話させてもらおう」
「嬉しい。じゃあアリーセ王女など堅苦しい呼び名もなしで、アリーって呼んでくださる? ううん、呼んでくれる? そして私もウィルと呼んでもいい?」
「──っ、もちろん」

 その後ようやく部屋に戻ったウィルフレッドに「顔が引きつっていましたよ」とレッドがボソリと言ってきた。

「し、仕方ないだろう……!」
「女性にあまり慣れておられないのは分かりますが、」

 そっちかよ! 飽きる程慣れておるわ……!

「そうではない! 俺は子どもには興味ないのだ。なのにあのふんわり姫は妙に絡んできて困っている。おま──貴様、どうにかしろ」
「そう言われましても……それに中々お似合いですよ」
「ああクソ……!」

 子ども相手に似合いだと言われたことよりも、それをレッドが言ってきたことに何故か胸が痛く、また心臓に絡む後遺症が悪化したとウィルフレッドは舌打ちをした。
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