不機嫌な子猫

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92話

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 少し疲れた、とアレクシアはそっとため息を吐いた。
 今日は一日中、リストリアの大臣と一緒に城内の魔法に関する部門を取り扱う兵士たちのいる場所などを回っていた。今までも何度か訪問した際に城内も案内されていたが魔法に関する案内は今回が初めてだった。今回の本当の目的を思えば運がいいと言えるだろう。
 ちなみに昨日は昨日で別件で城内をゆっくりとはいえ回っていたので疲れたのもあるが、今疲れているのは一緒にいる大臣が主な原因だと思われる。おそらく悪い人ではないのだろうが「我が国自慢」が少々煩いというのだろうか。御しやすいのかもしれないが一緒にいて疲れる。術者を紹介してくれる際も、その度にいちいち「我が国は」「我が国だからこそ」などといった解釈が加えられた。術者たちも時々苦笑していた様子から、アレクシアも以前から知ってはいるが、それは使者に対してだけでなく普段からなのかもしれない。紹介された術者は三人だったが、仕事でいない者があと二人いるらしい。元々は六人いたが、一人はもう辞めてしまっておらず、現在は五人の術者がいると大臣はまた自慢げに説明してくれた。

 ──ケルエイダではクライドを除くと術者は二人だけど、そもそもクライドが術者を十人集めても尚余り余る程の力を有しているんですからね。

 アレクシアも内心だけではあるが、自慢げにそっと言い返す。

「いかがでしたか。先ほどの部屋での魔法を使った仕掛けは」
「とても素晴らしいものでした、クラインベック大臣。さすがでしたわ」
「そうでしょう、そうでしょう。あれらを応用して外部からの侵入などにも対応出来ます。アレクシア様は親交の深いケルエイダ王国の使者様である上に将来はこのリストリアの王妃となられるであろうお方。本当はもっと細かいところまでお見せしたいのは山々なのですが、まあ、それは我がクリード様の奥方になられた暁にでも」
「あら、残念ですわ。今もとても興味ありますのに」
「アレクシア様の魔力もとてつもないと聞いておりますが、それでも我が国が持つ伝統ある繊細でかつ力強い魔法を使いこなすのは難しいかもしれませんな」

 ただ、我が国自慢のおかげで赤い石に絡む話もしやすい。

「ええ、この国の魔法を使ったオートマタの技術が代表的ですわよね。いくら私の魔法でもあれほど細やかな動きを作り上げるのは出来ないでしょう。それとも教えていただければ私でも出来るのかしら」

 ニッコリと微笑みながら言えば、気をよくした大臣もニコニコと答えてきた。

「オートマタの魔法になりますと、ますます独特の力ゆえに難しいでしょうな。他国でも多少は使われているようですが、わが国の比ではありません。それにこの国の人間であっても誰もが使える訳でもない程、中々に特殊な力でしてな。少し教わるぐらいでは多分いくらアレクシア様でも」
「まあ、素晴らしいことね。でもとても興味が湧きました。そういったことを取り扱っているところはこの城の中にもあるのですか?」
「もちろんございます。というかそもそもオートマタの技術はここで生まれているといっても過言ではありません」

 もはや当たりじゃないの……。

 アレクシアはさすがに少し自分の鼓動がいつもより強めに感じられた。まさかとまでは思ってはいなかったが、これではほぼ「赤い石」の出はここだと言われているようなものだ。今朝、ルイからの手紙が鳩により届けられている。アレクシアが可愛がっている鳩である上にいつも同じ部屋に宿泊させてもらっているのもあり、鳩も迷うことなく手紙を届けてくれたようだ。その手紙には簡単にだが暗号を使って「赤い石はオートマタだとクライドが断言」と書かれてあった。その手紙は既に暖炉の中で燃えカスとなっている。ウィルフレッドにも伝えておきたかったが、タイミングが合わなかった。
 だがもし本当にリストリアの王族絡みなのであれば、この大臣もいくらなんでもここまで口にしないのではないだろうか。それともこの国では当たり前のことだけに隠す必要もないということだろうか。
 国境の村事件では一旦「敵」は引いている上に完全に例の歪は壊してあると聞く。赤い石は秘密裏に持ち帰っている。よって城で研究されていたことを知らないにしても、この国が絡んでいる場合ここまであっけらかんと出来るものだろうか。
 もしくは城内で起こっている何かだとしても重臣が知らないという可能性もある。クラインベックはそれなりに力のある大臣だったとは思うが、それでも一番力があるという訳でもない。
 もう少し押してみても大丈夫だろうかと、アレクシアはまた大臣に微笑みかけた。

「とても興味深いですね。その技術、難しすぎて私には扱えないのならむしろ少し見学させてもらうくらいは可能でしょうか」
「そうですねえ……あまり立ち入ったところまででないなら──」
「アレクシア」

 少し考えながら大臣が縦に頷こうとしているところでアレクシアを呼ぶ声が背後から聞こえてきた。予想していなかったせいもあり思わずビクリとしそうになりながらも笑顔のままアレクシアは振り返る。

「クリード。どうなされました?」
「仕事の手が空いたところであなたを見かけて。何か興味深い話をされていましたね。僕にも聞かせて欲しいな。大臣、あなたはもういいよ、ありがとう」
「は!」
「クリード、でも……」
「少し向こうにゆっくり話せる場所がある。行こう」

 ニッコリと微笑むクリードがアレクシアの腰に添えてくる手は中々に力強かった。
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