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111話
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どうやら主はとうとう特殊な繁殖期に陥ってしまったらしい。
顔を真っ赤にしながら怒り、そして行ってしまったレッドの後を睨みつけるように見ているウィルフレッドを見ながらフェルは改めて思った。
子作りのためとも違う特殊な感情を人間は持っている。魔物でも持っている者がいたのでフェルも目の当たりにしたことはあるが、まさか現人間とはいえ元魔王すらも持ち得るものだとは実際目の当たりにするまではピンとこなかった。
ウィルフレッド・スヴィルク──生まれ変わる前はファリィオ・ロードという素晴らしい存在だった方だ。幸いにも森の中で出会った時は目の前にいることに畏敬の念を抱きつつ感動に打ち震えたものだ。
とはいえ生まれ変わって人間となった今、ウィ ルフレッドは当然ファリィオとは違う存在ではある。出会った時も最初はすぐに元魔王だと気づけなかった。人間に会うとろくでもないことになると威嚇し唸りさえもしたくらいだ。もちろんすぐに気づけたしウィルフレッドもフェルの無礼を許してくれた。そんなフェルとしてはウィルフレッドとファリィオが同じでありつつ違う存在だと間違えることなく受け入れられている。受け入れた上で崇敬している。むしろ人間臭いところがある分、人間界に否応なしに慣れたフェルとしても接しやすくてありがたいとさえ思えた。
魔物である限り、魔王に対しては無条件でひれ伏してしまう習性がある。それが例え「元」であってあの恐ろしいまでの力を受け継いでいない現人間であっても出るものらしい。だからこそ、あのウィルフレッドでよかったと思えるというのだろうか。正直なところ、ウィルフレッドのことは「魔王」とは別にしてもフェルは仕えてもいいと思える相手だとすぐ判断していた。
ところでフェルの正体は魔獣フェンリルだ。ウィルフレッドがフェンリルっぽいからと──まぁフェンリルなのだが──名付けてくれたフェルという名前は気に入っている。
モーティナの神話とやらにフェルは登場するらしいが実際登場した覚えはない。もしかしたら神話だけに初代フェンリルだろうか。
ただ、言い伝えに頷けるところがある。そのフェンリルは元々普通の狼ほどの大きさだったらしい。だが神族の監視下に置かれ、餌を与えられていると日に日に大きくなり力を増していったという。
フェルもクライドに預けられている間やたら様々な肉をもらっていた。おかげで魔界がなくなってからかなり弱っていた力はそれなりに増したと思われる。もちろん以前からクライドが処方している薬によって根本的な力は抑えられているため、いくら力が湧こうがそれを使いこなす器が現在はあまり機能していないようなものだが。
「お前、私が力を増しているのを承知しているようだが、何か目論見でもあるのではないだろうな」
「遠慮なく食べながら聞くことか? まあいい。ない訳ではない」
クライドにはっきり聞けばそう返ってきた。言い伝えでは神々に災いをもたらすと予言されたのもあってだが祖先であろうフェンリルは魔法の紐にて拘束されたとある。
「私を拘束する理由でも作る気か」
「まさか。もしそうなら食事など与えず適当な理由をでっち上げさえすれば私ならば簡単に拘束出来るだろう?」
口元がゆったりと綺麗にカーブを描いているがクライドの目が笑っていない。おそらく実際簡単に拘束出来るのだろう。フェルは冗談じゃないと距離を取ろうとした。すると綺麗な色をした肉が皿に置かれる。とてもいい霜降り具合だ。
「今回は魔物ではなく、牛だ。それも最高級と言われている部位、ヒレだ。お前が食べる機会はまあそうないだろうな」
「……どんな目論見がある」
「安心しろ。お前にとって悪いことではない。力は蓄えるといい。それを私に研究させるのが第一。そしていずれお前の主人であるウィルフレッド王子の手助けをすることになるかもしれん。その時にその力は発揮すればいい。それが第二だ」
「それだけか」
「それだけだ。それだけでお前はいい肉に毎回ありつける。こんないい話はないだろう?」
実際悪くない話だった。主であるウィルフレッドのために、増した力がいずれ存分に使えるというのなら魔獣としての存在価値を大いに満たせる。研究くらいならさせてやろうとも思えた。
とはいえたまにろくでもないことをさせられたり切りつけられ血を取られたりして少し後悔することもあったが、その時に貰ったヒレ肉とやらは大いに美味かった。
研究というのも術者としての好奇心を満たすためもあるだろうが、おそらくは以前とある村付近で起きた魔物が襲ってきた件絡みだろう。それにいずれウィルフレッドの力になるとさえ考えているのなら、クライドは思っていたより悪い奴でもない。
ただそういったことをウィルフレッドに言えば多分「餌で懐柔されている」とまた言われそうなのでフェルは黙っている。もちろんウィルフレッドのためになると考えているからこそなので不敬ではないはずだ。
そのウィルフレッドが、以前からレッドに対し他とは違う扱いをしていたとはフェルも思っていた。人間で言う特別な感情というやつだろうかと何となく思っていたが、どうやら本格的に特殊な繁殖期に陥っているようだ。
元魔王ですら持ち得るのかとフェルも確かに驚いたがウィルフレッドは人間でもあるのだ、人間らしいと思えばむしろ喜ばしいことなのかもしれない。しかしどうやらフェルにあまりその状況を見られたくないらしい。
──私はウィルフレッド様の優秀なしもべだからな。血の契約すら交わしている、レッドよりも近しい一番の部下だ。世紀末とも似た「年末」とやらに行われた人間界の神を祝う儀式に、悪魔憑きとしか思えない木彫り人形をお作りになられたウィルフレッド様直々にその呪い人形を皆に配るよう言われたくらいだからな。ならばウィルフレッド様のためになるよう協力しつつも知らない振りをせねばならんな。私の部下のようなものであるレッドに至ってはずいぶん前からウィルフレッド様に対し、恐れ多くはあるが特殊な繁殖期が終わらないようであるしな。
何と言っても私はただの獣ではないからな、とフェルはそっと得意げに笑った。
顔を真っ赤にしながら怒り、そして行ってしまったレッドの後を睨みつけるように見ているウィルフレッドを見ながらフェルは改めて思った。
子作りのためとも違う特殊な感情を人間は持っている。魔物でも持っている者がいたのでフェルも目の当たりにしたことはあるが、まさか現人間とはいえ元魔王すらも持ち得るものだとは実際目の当たりにするまではピンとこなかった。
ウィルフレッド・スヴィルク──生まれ変わる前はファリィオ・ロードという素晴らしい存在だった方だ。幸いにも森の中で出会った時は目の前にいることに畏敬の念を抱きつつ感動に打ち震えたものだ。
とはいえ生まれ変わって人間となった今、ウィ ルフレッドは当然ファリィオとは違う存在ではある。出会った時も最初はすぐに元魔王だと気づけなかった。人間に会うとろくでもないことになると威嚇し唸りさえもしたくらいだ。もちろんすぐに気づけたしウィルフレッドもフェルの無礼を許してくれた。そんなフェルとしてはウィルフレッドとファリィオが同じでありつつ違う存在だと間違えることなく受け入れられている。受け入れた上で崇敬している。むしろ人間臭いところがある分、人間界に否応なしに慣れたフェルとしても接しやすくてありがたいとさえ思えた。
魔物である限り、魔王に対しては無条件でひれ伏してしまう習性がある。それが例え「元」であってあの恐ろしいまでの力を受け継いでいない現人間であっても出るものらしい。だからこそ、あのウィルフレッドでよかったと思えるというのだろうか。正直なところ、ウィルフレッドのことは「魔王」とは別にしてもフェルは仕えてもいいと思える相手だとすぐ判断していた。
ところでフェルの正体は魔獣フェンリルだ。ウィルフレッドがフェンリルっぽいからと──まぁフェンリルなのだが──名付けてくれたフェルという名前は気に入っている。
モーティナの神話とやらにフェルは登場するらしいが実際登場した覚えはない。もしかしたら神話だけに初代フェンリルだろうか。
ただ、言い伝えに頷けるところがある。そのフェンリルは元々普通の狼ほどの大きさだったらしい。だが神族の監視下に置かれ、餌を与えられていると日に日に大きくなり力を増していったという。
フェルもクライドに預けられている間やたら様々な肉をもらっていた。おかげで魔界がなくなってからかなり弱っていた力はそれなりに増したと思われる。もちろん以前からクライドが処方している薬によって根本的な力は抑えられているため、いくら力が湧こうがそれを使いこなす器が現在はあまり機能していないようなものだが。
「お前、私が力を増しているのを承知しているようだが、何か目論見でもあるのではないだろうな」
「遠慮なく食べながら聞くことか? まあいい。ない訳ではない」
クライドにはっきり聞けばそう返ってきた。言い伝えでは神々に災いをもたらすと予言されたのもあってだが祖先であろうフェンリルは魔法の紐にて拘束されたとある。
「私を拘束する理由でも作る気か」
「まさか。もしそうなら食事など与えず適当な理由をでっち上げさえすれば私ならば簡単に拘束出来るだろう?」
口元がゆったりと綺麗にカーブを描いているがクライドの目が笑っていない。おそらく実際簡単に拘束出来るのだろう。フェルは冗談じゃないと距離を取ろうとした。すると綺麗な色をした肉が皿に置かれる。とてもいい霜降り具合だ。
「今回は魔物ではなく、牛だ。それも最高級と言われている部位、ヒレだ。お前が食べる機会はまあそうないだろうな」
「……どんな目論見がある」
「安心しろ。お前にとって悪いことではない。力は蓄えるといい。それを私に研究させるのが第一。そしていずれお前の主人であるウィルフレッド王子の手助けをすることになるかもしれん。その時にその力は発揮すればいい。それが第二だ」
「それだけか」
「それだけだ。それだけでお前はいい肉に毎回ありつける。こんないい話はないだろう?」
実際悪くない話だった。主であるウィルフレッドのために、増した力がいずれ存分に使えるというのなら魔獣としての存在価値を大いに満たせる。研究くらいならさせてやろうとも思えた。
とはいえたまにろくでもないことをさせられたり切りつけられ血を取られたりして少し後悔することもあったが、その時に貰ったヒレ肉とやらは大いに美味かった。
研究というのも術者としての好奇心を満たすためもあるだろうが、おそらくは以前とある村付近で起きた魔物が襲ってきた件絡みだろう。それにいずれウィルフレッドの力になるとさえ考えているのなら、クライドは思っていたより悪い奴でもない。
ただそういったことをウィルフレッドに言えば多分「餌で懐柔されている」とまた言われそうなのでフェルは黙っている。もちろんウィルフレッドのためになると考えているからこそなので不敬ではないはずだ。
そのウィルフレッドが、以前からレッドに対し他とは違う扱いをしていたとはフェルも思っていた。人間で言う特別な感情というやつだろうかと何となく思っていたが、どうやら本格的に特殊な繁殖期に陥っているようだ。
元魔王ですら持ち得るのかとフェルも確かに驚いたがウィルフレッドは人間でもあるのだ、人間らしいと思えばむしろ喜ばしいことなのかもしれない。しかしどうやらフェルにあまりその状況を見られたくないらしい。
──私はウィルフレッド様の優秀なしもべだからな。血の契約すら交わしている、レッドよりも近しい一番の部下だ。世紀末とも似た「年末」とやらに行われた人間界の神を祝う儀式に、悪魔憑きとしか思えない木彫り人形をお作りになられたウィルフレッド様直々にその呪い人形を皆に配るよう言われたくらいだからな。ならばウィルフレッド様のためになるよう協力しつつも知らない振りをせねばならんな。私の部下のようなものであるレッドに至ってはずいぶん前からウィルフレッド様に対し、恐れ多くはあるが特殊な繁殖期が終わらないようであるしな。
何と言っても私はただの獣ではないからな、とフェルはそっと得意げに笑った。
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