不機嫌な子猫

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119話

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 とりあえず「そうですか」と返事をすると何故かウィルフレッドが怒ってくる。怒られるようなことをした覚えはないがとレッドは少し困惑しながらもう少し言葉にした。

「王子、いくら俺が医療関連のこと何も分からないからと言ってもからかわれておられることくらい分かります。ちゃんと先ほどおっしゃった理由で十分納得しておりますから」
「え、あ、あぁ」

 ウィルフレッドは戸惑ったように脱力している。気のせいだろうが、少し恥じ入るようにも見えた。もしかしたらウィルフレッドのことが好きなあまり、幻覚を見ているのかもしれない。これ以上二人きりでいないほうがいいだろうとレッドは切り出した。

「部屋もそろそろ暖まってきましたね。俺はじゃあ……」
「待て」

 出て行こうとすれば腕をつかまれた。

「王子?」
「あ、あれだ。血を少し抜いたからだろうな。顔は逆上せたりしているがやはり体温が下がって寒い」

 それは大変だとレッドはウィルフレッドをベッドへ連れて行こうとした。

「ではベッドに入って──」
「病人ではない」

 しかしどうやらベッドへ入りたくないようだ。レッドは仕方なくブランケットを用意し、ソファーに座ったままのウィルフレッドにふわりと掛けた。

「しばらく寒さが続くようでしたらやはりベッドに横になってください」
「問題ない。一時的なものだ。いいからお前、一緒に座ってくっついてろ。じゃあ俺もすぐに暖まる」

 それは困る、とレッドは逡巡した。だが再度「寒い」と言われてはこれまた仕方がない。

「──失礼いたします」

 断りを入れるとレッドはウィルフレッドの隣に座った。
 側近が王子の隣に座るなど、基本的にあってはならないことだ。おまけにレッドはウィルフレッドに対して邪とさえ言える感情を持ち合わせている。出来れば勘弁してもらいたかったが、ウィルフレッドは言い出したら聞かないところがあるのも重々承知している。それでも到底駄目だと判断したことなら、あの手この手で言い聞かせという名の懐柔を行使するが、私的なことだけにそこまでするのもどうかと思ってしまう。
 仕方がないなと自分を納得させていると、何を考えているのかウィルフレッドがレッドに向かい合うようにして膝の上に乗り上げてきた。

「……、……王子」

 本当にやめていただきたい。

「煩い。暖かいからこのままでいろ」

 ウィルフレッドはレッドの内心などお構い無しにそのまま顔を埋めてきた。
 一瞬息が止まったが、なんとかそっと息を吐く。

 ──王子がこうして頼り、甘えてくださっているのだ。俺も守りたいというならこれくらい余裕で包み込めなくてどうする。

 レッドは自分の忌まわしい欲をなんとか飲み込みながら、自分とウィルフレッドをそれこそ包み込むようにしてブランケットを掛け直した。動揺してもさほど動悸が激しくならない性質でよかったと内心ホッとする。上司である王子に乗られて心臓を激しくドキドキさせている年上の部下など、自分なら嫌だ。
 しかしウィルフレッドの重みと熱が直に感じられる。成人男性というよりはまるで子どものような重さと熱だなと自分に言い聞かせるようにレッドは思う。そう思うことで気持ちに歯止めをかけようとしていた。ウィルフレッドがますます顔を埋めてくるせいで、その思い込みを強めようとする。そうでもしないと理性が飛びそうだ。相手は王子だぞといった言い聞かせくらいでは保てない。
 その王子の希望で以前、何度も何度も抱いたではないか、お前はその度に王子を抱き潰す勢いで朝まで何度抱いた? などと自分の中の邪な考えが理性に誘惑をかけてくるのでなおさらだ。

「王子。もう子どもではないんですから」

 ウィルフレッドに対しても諭すように口にした。子ども扱いを嫌がるウィルフレッドなら今の言葉でムッとするなりして離れてくれるのではないかと考えてのことだ。だが何故かむしろ更にぎゅっとくっつかれた。このままではレッドはウィルフレッドを欲望と切望に任せ、押し倒してしまうかもしれない。それだけは絶対にあってはならない。

「王子。そんなに寒いのならベッドで横になってください」
「……」
「無視ですか。なら俺は俺で、俺の仕事を全うするだけです」

 レッドはそのままの体勢からレッドを抱えて立ち上がった。それくらい問題ない。抱えたまま、レッドはベッドまで移動する。こういう時は純粋な目的があるためレッドも疚しい欲に疼き苦しむことはない。ウィルフレッドをベッドに横たえるとキルトを掛け、ようやく穏やかな気持ちに戻れたのもあって布団の上からポンポンとウィルフレッドを優しくたたいた。
 ようやく部屋を出た時は色々なものが消耗している気がした。どっと疲れにも似た何かを感じる。レッドは深呼吸をすると普段剣の鍛錬として使っている場所へ向かった。

「隊長、お疲れのようですが……」

 そこにいたモヴィに心配そうな声で話しかけられる。

「……疲れた訳ではない」
「しかし」
「それよりもモヴィ、お前、この間王子と話していた時のことだが、それはそれはつまらない質問をしていたようだな。王子に対してくだらんうわさ話をする余裕があるなら捜索の時間を増やそうか?」
「あっ、え、いえ、いや、その、ですが、……いえ……はい、指示をくださればすぐにでも……」
「……いや、すまない。少し八つ当たりかもしれない」
「ええっ、隊長が? あの、どのみち俺は別件の調査以外今わりと手が空いてますのでもう少し捜索にも力を入れられますが」
「ありがとう。しかしな、……これは俺のただの勘だが、探してる男はこの国にはいないと思う。王子が一応探せと命を下されたのは念には念を入れるためだと思っている。だから今のままでいい。悪かったな」
「どうか頭は下げないでください。それにつまらないうわさを口にしてしまった俺が浅はかでした」
「それに関してだが、王子は自分に絡むそういったうわさは好まれないようだ。お前のほうからも周りによく言っておいてもらえないか」
「かしこまりました!」
「あとお前たち一部の者に隠密で調べてもらっている別件だが」

 アルス王国の王が病床に伏している件だ。

「例の件でしたらもう少しお待ちください」
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