不機嫌な子猫

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124話

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 唖然としているレッドの上で、ウィルフレッドは何とか不敵な笑みになるよう口元を緩めた。
 本当は心が痛くて堪らない。こんなこと、自尊心が許せないしレッドに対しても側近として心底懸命に務めてくれている気持ちを踏みにじる行為でしかない。以前のような気軽でただ楽しむだけの遊び感覚とは違う。性交を楽しむのではなく、ただひたすら踏みにじり壊すような行為とさえ思えた。
 それでも止める気はなかった。誤魔化し、茶化す気もない。本気でレッドが好きだと口で伝えたように体にも伝える。そのせいでレッドが主人に対する思いから苦しむこととなっても止めない。命のほうが何よりも大事だ。

「お前のこれ、俺が触るだけで硬くなる。真面目なレッドでもここはやはり別物か?」
「王子……やめてください」
「やめない。俺はお前が堪らなく欲しい。心から愛しく思っているからこそ、お前の体も欲しくて堪らない。分かるか? 俺がどれほどお前を求めているか」

 囁くように言うと、上に乗り上げたままのウィルフレッドはレッドのものに自分のものを擦り付けるようにしながらキスをした。やめろと口で言っても王子であるウィルフレッドに対し、レッドは本気で抵抗する訳にはいかない。分かっていてやっている。
 このままなし崩しに体を繋げ、そして改めて好きだと告げる。レッドの心が自分にないとは分かっている。だが側近であるレッドはウィルフレッドを本気で拒否することは出来ない。
 楽しくもないカップルの出来上がりだ。だがウィルフレッドの気持ちに嘘はない。だからこそレッドにとってはにせものとはいえ恋人関係となったウィルフレッドが、愛しているから死んでほしくない、だからまず何より自分の身を守れとレッドに言えばさすがに聞かざるを得ないはずだ。
 戦いに出るなと言っている訳ではない。側近でありつつもレッドは騎士だ。それこそ、こういった時に戦うのが本分だろう。それすら禁止するつもりはない。ウィルフレッドとて、自分の愛しい相手を腑抜けにしたい訳ではない。ただ、ウィルフレッドを守るのを第一にして欲しくないだけだ。守るならまず自分を守ってこそだ。
 魔王時代なら「我のために身を投げ出せ」とレッドにさえ言っていただろうか。愛を知らないまま魔王としての生を終え、人間として生まれ変わったウィルフレッドには想像することすら出来ない。

「は、ぁ……レッド」

 慣らしてないままだとさすがに初めてではない自分でも痛むだろうかとウィルフレッドは少し躊躇した。だが無理やり行っている今、レッドに慣らすのを求めることは出来ないし、楽しみでやっている訳ではないので自分で慰めるかのごとく慣らす気などない。そんなことをするくらいなら裂けてでも慣らさないまま入れる。

「王子、待っ、てください」
「何だ。お前もその気になったのか? それとも慣らさないままだと中でひねりつぶされそうで怖いか?」
「違います。王子……その、あなたはクライド殿がお好きなのでは……」
「クソ……、たわけが……俺の気持ちを聞いてまだそんなことを言うのか? 俺が偽りを口にしたとでも思っているのか? お前を好きだと、そんな自分の弱みをさらけ出すようなことを、偽りでこの俺が口に出来る、と?」

 一瞬の間の後に仰向けのまま、隙が出来たようでレッドが片手を動かしてそのまま片手だけで顔を覆った。

「……あ、あ……そんな、なんてことだ……」
「そんなに嫌か。不満か」
「なんてことを……。……王子」

 いくら隙が出来ていると言えども、いとも簡単に体を起こされてウィルフレッドは後ろに転がりそうになった。前にもこんなことがあったような気がしているとレッドが顔を覆っていないほうの手をウィルフレッドの背に回して支えてきた。そして顔を覆っていたほうの手でウィルフレッドの頬に触れてきた。まさか触れられるとは思っていなかったウィルフレッドは少しぴくりと震える。

「俺はあなたに相応しくない。身分も、そして器も」
「……は? 貴様が決めるな。俺に誰が相応しいか、俺が誰を好きになるか、誰を求めるか、誰を受け入れるか、それらは全部俺が決めることだ」
「……」

 レッドは読めない表情のまま、頬に触れている手を動かすこともなくウィルフレッドを見てくる。お互い乱れた服だけでなく下はおそらくお互いまだそれなりに立ち上がった状態で晒したままというあられもない姿だが、見つめてくる視線が気になってそれどころではない。

「……もちろん、お前が誰を好きになるか、求めるか、受け入れるかだってお前が決めること、なの、だが……だがな、だが、クソ……俺の予定を崩すな!」
「予定?」
「言わん。言わんからな。いいからレッド。大人しく俺に抱かれろ。いや、お前のを受け入れるのは俺だが──」
「……王子。俺ではあなたが勿体ないというのに、構わないのですか」
「身分か? そんな身分違いごときで俺の尊厳が損なわれるとでも? 舐めるなよレッド。身分などクソくらえだ。器? 貴様の器が小さいならほぼこの世の誰の器もクソ溜めでしかないわ!」
「……なんて口の悪い」

 諫めるような言葉のわりにレッドの表情がほんの少し、柔らかく崩れた。
 ああ、とウィルフレッドの中で表現し難い何かが湧き起こる。堪らなくレッドが好きだと思う。
 もしかしたらなし崩しに襲う前にこのまま結局なにも出来ないまま流されてしまうかもしれない。胸が痛むほどの感情を堪えウィルフレッドが慌てて先ほどの行為を続けようとしたら、その前に抱えられたままレッドに立ち上がられた。

「か、軽々と持つな!」

 文句を言えども無言のまますぐそばにあったベッドに身を横たえさせられる。いつもの慈しむかのようなそっとした置き方よりは少し荒々しさはあったかもしれないが、それでも理性のある置き方に、「また子ども扱いされて寝かされる、明日はもう戦いだ。今しかないというのに」と思い、ウィルフレッドは慌てた。

「待……」
「王子……本当になんてことでしょうか」
「うるさ──」
「あなたに言わせるなど……」
「は?」
「改めて俺は俺が情けない。王子、俺は本当にこのような器の小さな男です。情けない男だ。ですが言わせたまま黙ってなどおれません」
「レッド?」

 怪訝に思いながら体を起こそうとすれば、その前にレッドが覆い被さってきた。

「俺のほうこそ、あなたをずっとお慕い申しておりました。愛しております、ウィルフレッド様」
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