不機嫌な子猫

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134話

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 ぐったりとしているルイたちに今度はウィルフレッドが力を使った。
 癒しの魔法をかけると二人も魔力は戻っていないものの元気にはなったようだ。魔力の枯渇さえないなら、体力が戻れば特に問題ない。

「ありがとう、ウィル」
 にこやかに礼を告げる二人に、「こちらこそ……」と呟きながらウィルフレッドは今更ながらに顔を逸らした。

「ウィル?」
「……兄上も姉上も、俺の正体……」
「正体? ああ、大活躍だったね、ウィル」
「あなたのおかげです、ウィル。あなたの力があったからこそ、あれほどたくさんの強い魔物も何とか倒すことができました」

 言いよどんでいると二人がぎゅっとウィルフレッドを抱きしめてきた。元魔王とはいえ、兄姉の中では一番背の低いアレクシアよりもさらに十センチ近く低いウィルフレッドは容易く埋まる。

「っちょ、離してくださ、い! 俺の力、見たでしょう? あり得ないことだと思っておられるかもしれませんが間違ってません。俺は魔王の生まれ変わりだ。これは覆せない事実だ。あなたがたの大いなる敵だった忌まわしい存在なんですよ? あなたがたの先祖がやっとの思いで倒した存在だ」

 分かっていないはずがない。なのにうやむやのままなど、すぱっと指摘され迫害されるよりも針の筵だ。
 とはいえ口にしてからウィルフレッドは酷く気持ちが塞ぐのが分かった。先ほどまでのひっ迫した感情とはまた違う、陰鬱な重しを体内に落とされたかのような感情に侵される。
 それ以上何も言えず黙っていると、二人からまたぎゅっと抱きしめられた。

「ウィル……生まれ変わりがどうしたっていうんだい」
「……?」
「そうですよ。それなら前世を知らない私なんて下手をしたら魔女だったかもしれないじゃないですか、どうするのです?」
「ああ、それは分かるな。アレクシアにぴった──」

 あはは、とルイの笑い声がしたかと思うと途中から沈黙が続いた。怪訝に思い、二人から抱きしめられたまま圧迫されている状態で頭を上げようとしたところでアレクシアが続けてくる。

「前世が何であれウィルはウィルです。前世の記憶があると前世の何もかもまで背負わなくてはならないのですか? 大切なのは今ではなくて? そしてあなたは私たち、いえ、ケルエイダ王国、そしてきっとおそらくこの世界を救いました。元魔王だろうが何だろうがありがとうという気持ちとウィルが愛しいという気持ちしかありません」
「姉上……」
「ウィル、お前はそれこそ魔王としての膨大な力に飲み込まれそうになっても堪えた。何が問題あるというんだい? それに例え前世の記憶があってもお前は間違いなくウィルだよ。それこそ小さな頃からウィルしか目に入ってないレッドがずっとお前をウィルだと認めてるんだ。ウィルはウィルでしかない。俺の大切で可愛いウィルでしかないよ」
「兄上……」

 ウィルフレッドとしてはまだ十六年しか生きていないが、魔王時代を入れれば何百年と生きている。きっともう年なのかもしれない。だから涙もろいのだ、とウィルフレッドは自分に言い聞かせた。
 その後三人と一匹は戻るついでにまだ意識のないままの術者を駐屯している村へ運んだ。フェルは既に首輪をつけた小さな犬的存在になっている。クライドに戻してもらえばよかったのだがレッドのことでそんな余裕はなかったため、渋々ウィルフレッドが戻した。魔力があってもクライドのやり方を知らないため致し方がないのだが、何度やっても慣れないしフェルもおそらく出来ればクライドに戻して欲しかったと思っているだろう。
 フェルが人の言葉を理解し話すことに関してはルイもアレクシアも気づいていないようだ。戦闘時やクライドと話した時のことを二人とも術に力を入れていたため聞いていないのだと思われた。
 捕らえた術者はクライドによってほどくことの出来ない魔力の注がれた縄で縛られ、柱の一部に括りつけられた。今もまだ意識が戻らずで、よほどクライドに思いきりやられたのだろう。男は城にある地下牢で厳重に閉じ込め話を聞いた後、おそらくリストリアに送ることになるだろうと思われる。
 ウィルフレッドが魔物を服従させたのもあり、全体的に被害は少なかったようだ。それでも重軽症含め怪我人はそれなりにいる。魔力をかなり使ったルイとアレクシアにこれからの指揮をまかせ、ウィルフレッドは元々対応していた回復班の者たちとともに風魔法を使って手当を手伝うことにした。幸い魔力はまだまだ十二分にある。兄姉からは、かなり力を使ったはずだからと休んでいるように言われたが、どのみちじっと休んでなどいられなかった。レッドが気になって仕方がない。だがまだ目を覚まさず休んでいるレッドはそのまま休ませたい。とはいえそばにいれば絶対ウィルフレッドはそっと触れてみたり意識のないまま話しかけたりしてしまいそうだ。もう後がない重篤な状態ならまだしも、休めば回復するとクライドに言われたため、せめて体を動かして役に立ちつつ気を紛らわせたかった。
 夜、ウィルフレッドのために用意してもらっていた村にあるそこそこ大きな屋敷の部屋へ行くと、そこにはレッドが寝かされていた。手にしていた火の灯されたろうそくのランプをマントルピースに置くと、ウィルフレッドはそろそろと近づく。

「……、……王子」

 気配を感じたのか、レッドが目を覚ました。

「す、すまん、起こすつもりはなかった」
「……いえ。助けてくださってありがとうございます、王子」

 上向きだった体をゆっくりとウィルフレッドの方へ向け、レッドが少し力はないものの、それなりにはっきりと言葉にしてきた。

「もう大丈夫なのか? 体は痛まないのか? 傷は? 苦しくないのか?」
「……ふふ。一度にたくさんですね。はい……大丈夫です。まだ少し痛みますが、傷は塞がっているようです」
「そう、か……よかった……」

 今まで知らない内に相当気が張っていたのかもしれない。急に力が抜けて足がガクガクと震え、ウィルフレッドは立っていられなくなった。
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