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2話
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とりあえずわかっている事が周には一つだけあった。年上の女性だと思っていた瑞希は男性だった。確かにあの日強引に抱きしめた時……抱きついた感触は男だった。
あれ以来カフェに全く行かなくなった。行けるはずが無かった。今でも瑞希がどうしているかはやはり気にはなりつつ間違いなく思っている事も、一つあった。
ああ、自分はあの日失恋したんだな、と。
男性では、どうしようもない。だって俺にはそういう趣味は全然ないし、と周はため息をつく。
いくら綺麗でも……。
そして胸がツキンと微かに痛む。だってずっと見ていた。あの綺麗で優しげな人を、ずっと、見ていた。だが男ならそれ以上、この想いはどうにもならない。
日本に残り、慣れない一人暮らしをしてまで見ていたかった人だったのに、な。あんな犯罪めいた事を思わずしでかしてしまう程、に……。
そんなどうしようもない事を思いつつ、学校から帰ってくると今日もポストの中に何かが入っている。毎日とは言わないが最近、ポストに周が欲しいと思っているCDやちょっとした雑貨などが入っている事がある。最初は友だちの誰かだろうかと思ったりもしたが、元々周自身悪ふざけをしたりしてはしゃぐタイプではないので友だちにこういう悪戯をしてくる相手も思いつかなかった。念の為親友に聞いてみるも怪訝そうにされた。
意味がわからないのでありがたく自分のものにする訳にもいかず、だがもし知りあいがくれたものだったりしたらと思うと捨てるにも捨てられず、周はどうしようもないままとりあえずそれらをまとめて置いてあった。だが一向に名乗ってくる人もおらず、そろそろどうしていいかわからないだけではなく本気で怖いと思い始めているところでもある。
今も恐る恐る覗きこんでから取り出すと今回はCDが入っていた。怪訝に思いつつ取り出してケースを開けるも、やはり何もメッセージすら入っていない。周は改めてCDのパッケージを見る。
「……これも……俺が欲しいって最近言ってたやつだ……」
CD自体最近出たものではないのだが、耳にしてからいいなと思って「欲しい」と本当に最近口にしていたものだった。
本当に何なのだろう、と周は所在なげにそのCDを暫く呆然と眺める。そしてブルリ、と体を震わせるとCDを持ったまま家の中に入った。
瑞希はいつものように仕事を終え、カフェの従業員出入り口から出るとふと思い出す。
あの日……。
瑞希はあの少年に襲われた。まさかあの気の弱いただの常連である少年があんな事をしてくるとはさすがに思ってもみなかった。
彼は甘いコーヒーが好きなようでいつもそれを頼んでいた。
キャラメルラテ。
チェーン店などではそういう甘いコーヒーは人気のようだがここのカフェではあまり頼む客はいなかった。大抵はコーヒーそのものを味わいたいといったコーヒー好きの人ばかりで、エスプレッソにミルクをたっぷり淹れたカフェラテを注文する人はいても、キャラメルラテを注文する人はあまりいなかった。
でも瑞希は、いつもどこか申し訳なさそうに「キャラメルラテを……」と注文している彼を好ましくさえ思っていた。どこか控えめで申し訳なさそうな様子がまた、瑞希をそっと微笑ませる。とはいえ瑞希には呼びかけてきた事はないが。常連であるその少年は瑞希と一言も話した事がなかった。
「……香坂、周……」
それでも瑞希は彼のフルネームを知っている。いや、それだけでは、ない。どこの高校に通っているのか、どんな友人がいるのか、そしてどこに住んでいるのかすら瑞希は知っている。何が好きなのかさえリサーチ済みだ。
瑞希はニッコリと微笑んだ。通りすがりの男がたまたまそんな瑞希を見て顔を赤くしていた。
瑞希はそれなりに身長がある。だがスレンダーでそして顔立ちは女顔で整っているからか、昔から女に間違えられる事もあった。最近は確かに背の高い女性も多いから違和感はないのだろう。モデルですか、などと言われた事すらあった。
とはいえ声はちゃんと男だし瑞希自身女装をしている訳でも女になりたい訳でもない。むしろ昔はこの容貌があまり好きでもなかった。今となっては色々悪くないと気づき、大いに活用している。
どうやら口を利いた事もないからだろうか。周も勘違いしてくれていたらしい。
あの日。
瑞希を待ち伏せし、強引に抱きしめてきた彼は、次の瞬間にはとてつもなく驚いたような唖然とした顔をした挙句、胸までも確かめるためだろう、撫でてきた。その後さらに赤くなり、まるでこちらが抱きついたみたいに慌てて引き離すかのように瑞希を離してきた。
自分を女に間違えてくれた上に、どちらが襲ったかわからないような反応をしてきた周に瑞希は流石に困ったような顔を向けた。すると周は諦めたように項垂れ座りこんでしまった。ようやく自分のした事に冷静になり、後悔でもしたのだろうか。それとも瑞希が警察に突きだす、とでも思ったのだろうか。少し面白く思い、瑞希はそっと笑うとその場は何も言わずに周を放置し、そのまま立ち去った。
でも。
「……まさか彼が、ね……」
思い出した後、瑞希はボソリと呟いた。そして口角をくっと上げる。いっそ優しげと言っても良い程、先程よりもさらにニッコリと微笑んだ。
まさかこの俺が君の事を知らないと思っていたの?
ずっと知っていた。
ずっと見ていたよ?
こちらをずっと気にしている君を、俺はずっとわかっていた。
「あは、は……」
楽しくて楽しくて、瑞希は堪え切れずに声を漏らした。本当にとても楽しかった。
最近周は全く店に来なくなってしまったけれども構わなかった。家は知っている。
瑞希を強引に抱きしめてしまった事や女と思っていた瑞希が男かもしれないと思って怖気づいたのかもしれない。本当に気が弱そうだしね、と瑞希はひたすら楽しげに微笑む。
もしくは、もしかしたら瑞希が出向く事を期待しているのかもしれない。
だとしたら気付かなくて、ごめんね……? ちゃんと会いに行ってあげる。気が弱い君からは何もできないなら、俺から行ってあげる。君が俺にしでかした事で怖くなり、恥ずかしくなったとしても……。
瑞希はまたニッコリと微笑んだ。別の通りすがりの人が瑞希を気にしたようにチラチラ見ている。
「あ、まね。逃がさないよ……?」
あれ以来カフェに全く行かなくなった。行けるはずが無かった。今でも瑞希がどうしているかはやはり気にはなりつつ間違いなく思っている事も、一つあった。
ああ、自分はあの日失恋したんだな、と。
男性では、どうしようもない。だって俺にはそういう趣味は全然ないし、と周はため息をつく。
いくら綺麗でも……。
そして胸がツキンと微かに痛む。だってずっと見ていた。あの綺麗で優しげな人を、ずっと、見ていた。だが男ならそれ以上、この想いはどうにもならない。
日本に残り、慣れない一人暮らしをしてまで見ていたかった人だったのに、な。あんな犯罪めいた事を思わずしでかしてしまう程、に……。
そんなどうしようもない事を思いつつ、学校から帰ってくると今日もポストの中に何かが入っている。毎日とは言わないが最近、ポストに周が欲しいと思っているCDやちょっとした雑貨などが入っている事がある。最初は友だちの誰かだろうかと思ったりもしたが、元々周自身悪ふざけをしたりしてはしゃぐタイプではないので友だちにこういう悪戯をしてくる相手も思いつかなかった。念の為親友に聞いてみるも怪訝そうにされた。
意味がわからないのでありがたく自分のものにする訳にもいかず、だがもし知りあいがくれたものだったりしたらと思うと捨てるにも捨てられず、周はどうしようもないままとりあえずそれらをまとめて置いてあった。だが一向に名乗ってくる人もおらず、そろそろどうしていいかわからないだけではなく本気で怖いと思い始めているところでもある。
今も恐る恐る覗きこんでから取り出すと今回はCDが入っていた。怪訝に思いつつ取り出してケースを開けるも、やはり何もメッセージすら入っていない。周は改めてCDのパッケージを見る。
「……これも……俺が欲しいって最近言ってたやつだ……」
CD自体最近出たものではないのだが、耳にしてからいいなと思って「欲しい」と本当に最近口にしていたものだった。
本当に何なのだろう、と周は所在なげにそのCDを暫く呆然と眺める。そしてブルリ、と体を震わせるとCDを持ったまま家の中に入った。
瑞希はいつものように仕事を終え、カフェの従業員出入り口から出るとふと思い出す。
あの日……。
瑞希はあの少年に襲われた。まさかあの気の弱いただの常連である少年があんな事をしてくるとはさすがに思ってもみなかった。
彼は甘いコーヒーが好きなようでいつもそれを頼んでいた。
キャラメルラテ。
チェーン店などではそういう甘いコーヒーは人気のようだがここのカフェではあまり頼む客はいなかった。大抵はコーヒーそのものを味わいたいといったコーヒー好きの人ばかりで、エスプレッソにミルクをたっぷり淹れたカフェラテを注文する人はいても、キャラメルラテを注文する人はあまりいなかった。
でも瑞希は、いつもどこか申し訳なさそうに「キャラメルラテを……」と注文している彼を好ましくさえ思っていた。どこか控えめで申し訳なさそうな様子がまた、瑞希をそっと微笑ませる。とはいえ瑞希には呼びかけてきた事はないが。常連であるその少年は瑞希と一言も話した事がなかった。
「……香坂、周……」
それでも瑞希は彼のフルネームを知っている。いや、それだけでは、ない。どこの高校に通っているのか、どんな友人がいるのか、そしてどこに住んでいるのかすら瑞希は知っている。何が好きなのかさえリサーチ済みだ。
瑞希はニッコリと微笑んだ。通りすがりの男がたまたまそんな瑞希を見て顔を赤くしていた。
瑞希はそれなりに身長がある。だがスレンダーでそして顔立ちは女顔で整っているからか、昔から女に間違えられる事もあった。最近は確かに背の高い女性も多いから違和感はないのだろう。モデルですか、などと言われた事すらあった。
とはいえ声はちゃんと男だし瑞希自身女装をしている訳でも女になりたい訳でもない。むしろ昔はこの容貌があまり好きでもなかった。今となっては色々悪くないと気づき、大いに活用している。
どうやら口を利いた事もないからだろうか。周も勘違いしてくれていたらしい。
あの日。
瑞希を待ち伏せし、強引に抱きしめてきた彼は、次の瞬間にはとてつもなく驚いたような唖然とした顔をした挙句、胸までも確かめるためだろう、撫でてきた。その後さらに赤くなり、まるでこちらが抱きついたみたいに慌てて引き離すかのように瑞希を離してきた。
自分を女に間違えてくれた上に、どちらが襲ったかわからないような反応をしてきた周に瑞希は流石に困ったような顔を向けた。すると周は諦めたように項垂れ座りこんでしまった。ようやく自分のした事に冷静になり、後悔でもしたのだろうか。それとも瑞希が警察に突きだす、とでも思ったのだろうか。少し面白く思い、瑞希はそっと笑うとその場は何も言わずに周を放置し、そのまま立ち去った。
でも。
「……まさか彼が、ね……」
思い出した後、瑞希はボソリと呟いた。そして口角をくっと上げる。いっそ優しげと言っても良い程、先程よりもさらにニッコリと微笑んだ。
まさかこの俺が君の事を知らないと思っていたの?
ずっと知っていた。
ずっと見ていたよ?
こちらをずっと気にしている君を、俺はずっとわかっていた。
「あは、は……」
楽しくて楽しくて、瑞希は堪え切れずに声を漏らした。本当にとても楽しかった。
最近周は全く店に来なくなってしまったけれども構わなかった。家は知っている。
瑞希を強引に抱きしめてしまった事や女と思っていた瑞希が男かもしれないと思って怖気づいたのかもしれない。本当に気が弱そうだしね、と瑞希はひたすら楽しげに微笑む。
もしくは、もしかしたら瑞希が出向く事を期待しているのかもしれない。
だとしたら気付かなくて、ごめんね……? ちゃんと会いに行ってあげる。気が弱い君からは何もできないなら、俺から行ってあげる。君が俺にしでかした事で怖くなり、恥ずかしくなったとしても……。
瑞希はまたニッコリと微笑んだ。別の通りすがりの人が瑞希を気にしたようにチラチラ見ている。
「あ、まね。逃がさないよ……?」
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