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10話
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最近周が少し変だなと朔は思っていた。まずこの間までは差し出し人不明の贈り物に怯え、よく朔の家に泊まっていたくらいなのにその事を言わなくなった。それに関して朔が「解決したのか?」と聞くと「ん……まぁ」と曖昧に頷いていたがどうにもはっきりしない感じだ。
おまけに全く泊まりに来なくなったし、反対に朔が「泊まろうか?」と言っても首を振ってくる。怪訝に思いつつ「家に遊びに行っていいか?」と聞いた時も、どこそこに何かができたらしいし今度そこに行こうよ、などと言ってまるで話を逸らしてくるかのように感じられる。しかも「遊びに行こう」と言いつつもいつも早々に帰ってしまう。元々前から帰るのは「そんなに家が好きなんだろうか」とおもしろく思えるくらい早かったし、いくら幼馴染で親友と言えどもそんなにしょっちゅう一緒に遊んでいる訳ではなかったが、どうにも違和感が感じられた。
だが「最近ちょっと変じゃないか?」と直接聞いても、どこか困ったような表情を浮かべ「そんな事ないよ……」としか言わないので、それ以上どうしようもなかった。
少し違和感と言えば周の髪型も何気に違和感だった。おかしいというのではない。むしろ綺麗に整っている。
整っているのがそもそも不思議な程、くせ毛である周の髪はいつも本人が登校して来た時はぼさぼさだった。多分夜か朝に髪を洗った後ろくすっぽ乾かす事もないままなんだろうなと朔はいつも苦笑していたものだ。
「また髪、セットもなにもしないままなのか?ちょっとこっち来い」
そんな風に呆れながら朔は周をトイレに連れて行き、ワックスなどでよく髪を整えてやっていた。
「別にいいよー、ぼさぼさでも整ってても俺、どのみちモテないし」
周はそんな風に言いながらもフワリと笑って「でもありがとう」と喜んでいた。
だが最近は朝登校してきた時点で綺麗に整っている。ちゃんとブローまでしているのか髪自体がなんだかツヤツヤしている気がする。
女子にも「最近香坂、おしゃれじゃない」などと言われて「そ、そう? ありがとう」と、これまた困ったような表情を浮かべつつも流石にどこか嬉しそうに礼を言ったりしていた。朔としては周がいい風に見られる事自体は嬉しいのだが、どうにも不思議だった。
多分こんなにも気になるのは、周が最近ストーカーに悩まされているのを知っているからだろうと朔は思った。同い年であり親友なのだが、幼稚園の頃から本当に可愛がっている、まるで弟のような幼馴染だから、心配で仕方がないのだ。ストーカーの話を聞いていなければ特に気にならなかったであろう些細な事まで気になる。
毎日でも傍にいてやらないととさえ思うのだが、気を使っているからなのだろうか、本当に周は学校以外では朔に寄りつかなくなっているような気がする。
……あいつ、大丈夫なのか?
おまけに食事に関しても心配だった。周は料理自体が作れない訳ではない。一応米を炊く事もできるし卵焼きや野菜炒めくらいなら作れるようだ。だが人には気を使う癖にあの面倒くさがりな性格が災いして、よくコンビニやスーパーの惣菜やインスタントを買っているのを朔は知っている。
周の親が海外に行った最初の日から三日間はそれでも一応自分で作っていたようだ。だが最初のうちだけだった。周の母親とも「自炊等もちゃんとやる」という約束で日本に残ったらしく、朔が周の家に遊びに行っている時に母親から電話がかかってきた時も「大丈夫だから」と周は必死に受話器に対して頷いては、いた。
「……あ、ああ、やってる。やってるって!安心してよ」
そんな風に言いながら周はチラリとテーブルの上に乗っているコンビニ弁当を見ており、朔は呆れたようにそっとため息をついていたものだ。
だから周の家に行ったり、周が朔の家に来た時は母親が作ったものや朔自身が作ったおかずをタッパーに入れたものをよく持たせていた。
「ほんと続かねぇな。これな、ちゃんと小分けして冷蔵庫に入れて、食えよ」
「……ぅ」
「野菜もちゃんと食えよ。あれだ、サラダも入れておいたから」
「わかったって母さ……あ」
「誰が母さんだ」
「ごめんって! だって朔、煩いとこ母さんみたいだろ」
「誰のせいで煩くしてると思ってんだよ」
「食べるってちゃんと。料理もあれだよ、その、作るし。……多分」
「嘘吐くな」
「ぅ」
周はその時も困ったように言葉に詰まりながらも、その後でだが嬉しそうに笑ってくれていた。
……本当に大丈夫なんだろうか。
そんな風に心配していた朔は休日のある日、周が朔の知らない男と歩いているのを目撃した。その相手は一見男か女か分からないほど綺麗な顔立ちをしていたが、身長や服装からして男だろうなと朔は思った。
もちろん周にも朔が知らない知り合いはいるだろう。いくら幼馴染であっても、知らない相手がいるはずがないと思うほどずっと絶えず傍にいる訳ではない。
だがどう見ても相手は年上である。おまけにどこか周に対して馴れ馴れしいというか接触が多いような気がした。そして周自身、困ったような表情を浮かべているのは割といつもかもしれないが、どこかやはり様子が違う気がする。
朔は声を掛ける事も忘れてなんとなく彼らの跡をつけてしまった。どこかのカフェに入った時も、なんとかバレないように少し離れた席からそっと様子を窺う。
相手の様子が見えないが、周の様子は見えた。周が本当に楽しそうに笑っていたのなら、多分朔もここまで気にならなかったのかもしれない。わからないが。
しかし周の表情は朔ですらなんとも読みとり辛かった。嫌そうにも嬉しそうにも、楽しそうにも辛そうにも見える。
だからこんなに気になるのだろうか。とは言え、こうして隠れてコソコソ様子を窺っている自分は一体……などと朔が思っていると見知らぬ男が何かを言ったのだろうか。ふと周が顔を赤くしながら俯いた。
……今のは、どういう事なんだ?
朔は怪訝に思う。あんな様子の周なんて、知らない。見た事なんて、ない。
朔がひたすらぐるぐると考えていると二人が席を立った。そして会計を済ませて店を出て行く。慌てて朔も支払いを済ませ、用心深く店を出た。何故こうしてコソコソしているのかわからないまま、でもなんとなく見つかりたくなかった。とは言え見失いたくもなかった。
一瞬どこにいるか分からなかった二人ではあるが、すぐに見つかった。周は相変わらずなんとも読みとれないような表情を浮かべながら時折俯いている。
それでもすぐに見つけることができて幸いだった。背も顔も服装も、特に目立ったところがない周だけに。とはいえ知らない相手は背も顔も全体的に何もかも目立つのでやはり見つけることは容易だっただろうか。
……いや。
でもそれならなぜ自分は今真っ先に見つけたのは周だったのだろうか。
今だけじゃない。学校でも。通学路でも。周は朔の目によく入ってきていた。
「本人はあんなに大人しくて控えめなのにな」
小さく呟くとそっと笑ってから朔はまた二人の様子を窺った。そして二人が入っていった場所に目を疑う。
……本当に相手は一体誰なんだ。一体どういうヤツなんだ。
朔は唖然とする。もっとも身近な存在だと思っていた周がまるで自分の知らない誰かになったような気分になった。
そこはどう見ても、そういうホテルだった。そしてあの中に入っていったのは間違いなかった。
どういう事なのだろうか。
周のなんとも読みとれないような表情はこれのせいだったのだろうか。意に染まない相手と意に染まない事をしなければならないという……?
いや、だったら抵抗の一つや二つできたのではないだろうか。困ったような表情も浮かべてはいたが、周は普段でもそういった表情をする。むしろ何度か顔を赤らめていたのではなかったか?
それとも脅迫をされているとか?
もしそうなら自分はどうすればいいのだろうと朔は青くなる。なぜ周を見つけた時に声をかけなかったのだろうと今更ながらに後悔しながらもハッとなり、周の番号に電話をしてみた。だが数コールの後に留守番電話に切り替わる。
結局どうする事も出来ないまま、そして訳が分からないまま、朔は眠れぬ夜を過ごした。
おまけに全く泊まりに来なくなったし、反対に朔が「泊まろうか?」と言っても首を振ってくる。怪訝に思いつつ「家に遊びに行っていいか?」と聞いた時も、どこそこに何かができたらしいし今度そこに行こうよ、などと言ってまるで話を逸らしてくるかのように感じられる。しかも「遊びに行こう」と言いつつもいつも早々に帰ってしまう。元々前から帰るのは「そんなに家が好きなんだろうか」とおもしろく思えるくらい早かったし、いくら幼馴染で親友と言えどもそんなにしょっちゅう一緒に遊んでいる訳ではなかったが、どうにも違和感が感じられた。
だが「最近ちょっと変じゃないか?」と直接聞いても、どこか困ったような表情を浮かべ「そんな事ないよ……」としか言わないので、それ以上どうしようもなかった。
少し違和感と言えば周の髪型も何気に違和感だった。おかしいというのではない。むしろ綺麗に整っている。
整っているのがそもそも不思議な程、くせ毛である周の髪はいつも本人が登校して来た時はぼさぼさだった。多分夜か朝に髪を洗った後ろくすっぽ乾かす事もないままなんだろうなと朔はいつも苦笑していたものだ。
「また髪、セットもなにもしないままなのか?ちょっとこっち来い」
そんな風に呆れながら朔は周をトイレに連れて行き、ワックスなどでよく髪を整えてやっていた。
「別にいいよー、ぼさぼさでも整ってても俺、どのみちモテないし」
周はそんな風に言いながらもフワリと笑って「でもありがとう」と喜んでいた。
だが最近は朝登校してきた時点で綺麗に整っている。ちゃんとブローまでしているのか髪自体がなんだかツヤツヤしている気がする。
女子にも「最近香坂、おしゃれじゃない」などと言われて「そ、そう? ありがとう」と、これまた困ったような表情を浮かべつつも流石にどこか嬉しそうに礼を言ったりしていた。朔としては周がいい風に見られる事自体は嬉しいのだが、どうにも不思議だった。
多分こんなにも気になるのは、周が最近ストーカーに悩まされているのを知っているからだろうと朔は思った。同い年であり親友なのだが、幼稚園の頃から本当に可愛がっている、まるで弟のような幼馴染だから、心配で仕方がないのだ。ストーカーの話を聞いていなければ特に気にならなかったであろう些細な事まで気になる。
毎日でも傍にいてやらないととさえ思うのだが、気を使っているからなのだろうか、本当に周は学校以外では朔に寄りつかなくなっているような気がする。
……あいつ、大丈夫なのか?
おまけに食事に関しても心配だった。周は料理自体が作れない訳ではない。一応米を炊く事もできるし卵焼きや野菜炒めくらいなら作れるようだ。だが人には気を使う癖にあの面倒くさがりな性格が災いして、よくコンビニやスーパーの惣菜やインスタントを買っているのを朔は知っている。
周の親が海外に行った最初の日から三日間はそれでも一応自分で作っていたようだ。だが最初のうちだけだった。周の母親とも「自炊等もちゃんとやる」という約束で日本に残ったらしく、朔が周の家に遊びに行っている時に母親から電話がかかってきた時も「大丈夫だから」と周は必死に受話器に対して頷いては、いた。
「……あ、ああ、やってる。やってるって!安心してよ」
そんな風に言いながら周はチラリとテーブルの上に乗っているコンビニ弁当を見ており、朔は呆れたようにそっとため息をついていたものだ。
だから周の家に行ったり、周が朔の家に来た時は母親が作ったものや朔自身が作ったおかずをタッパーに入れたものをよく持たせていた。
「ほんと続かねぇな。これな、ちゃんと小分けして冷蔵庫に入れて、食えよ」
「……ぅ」
「野菜もちゃんと食えよ。あれだ、サラダも入れておいたから」
「わかったって母さ……あ」
「誰が母さんだ」
「ごめんって! だって朔、煩いとこ母さんみたいだろ」
「誰のせいで煩くしてると思ってんだよ」
「食べるってちゃんと。料理もあれだよ、その、作るし。……多分」
「嘘吐くな」
「ぅ」
周はその時も困ったように言葉に詰まりながらも、その後でだが嬉しそうに笑ってくれていた。
……本当に大丈夫なんだろうか。
そんな風に心配していた朔は休日のある日、周が朔の知らない男と歩いているのを目撃した。その相手は一見男か女か分からないほど綺麗な顔立ちをしていたが、身長や服装からして男だろうなと朔は思った。
もちろん周にも朔が知らない知り合いはいるだろう。いくら幼馴染であっても、知らない相手がいるはずがないと思うほどずっと絶えず傍にいる訳ではない。
だがどう見ても相手は年上である。おまけにどこか周に対して馴れ馴れしいというか接触が多いような気がした。そして周自身、困ったような表情を浮かべているのは割といつもかもしれないが、どこかやはり様子が違う気がする。
朔は声を掛ける事も忘れてなんとなく彼らの跡をつけてしまった。どこかのカフェに入った時も、なんとかバレないように少し離れた席からそっと様子を窺う。
相手の様子が見えないが、周の様子は見えた。周が本当に楽しそうに笑っていたのなら、多分朔もここまで気にならなかったのかもしれない。わからないが。
しかし周の表情は朔ですらなんとも読みとり辛かった。嫌そうにも嬉しそうにも、楽しそうにも辛そうにも見える。
だからこんなに気になるのだろうか。とは言え、こうして隠れてコソコソ様子を窺っている自分は一体……などと朔が思っていると見知らぬ男が何かを言ったのだろうか。ふと周が顔を赤くしながら俯いた。
……今のは、どういう事なんだ?
朔は怪訝に思う。あんな様子の周なんて、知らない。見た事なんて、ない。
朔がひたすらぐるぐると考えていると二人が席を立った。そして会計を済ませて店を出て行く。慌てて朔も支払いを済ませ、用心深く店を出た。何故こうしてコソコソしているのかわからないまま、でもなんとなく見つかりたくなかった。とは言え見失いたくもなかった。
一瞬どこにいるか分からなかった二人ではあるが、すぐに見つかった。周は相変わらずなんとも読みとれないような表情を浮かべながら時折俯いている。
それでもすぐに見つけることができて幸いだった。背も顔も服装も、特に目立ったところがない周だけに。とはいえ知らない相手は背も顔も全体的に何もかも目立つのでやはり見つけることは容易だっただろうか。
……いや。
でもそれならなぜ自分は今真っ先に見つけたのは周だったのだろうか。
今だけじゃない。学校でも。通学路でも。周は朔の目によく入ってきていた。
「本人はあんなに大人しくて控えめなのにな」
小さく呟くとそっと笑ってから朔はまた二人の様子を窺った。そして二人が入っていった場所に目を疑う。
……本当に相手は一体誰なんだ。一体どういうヤツなんだ。
朔は唖然とする。もっとも身近な存在だと思っていた周がまるで自分の知らない誰かになったような気分になった。
そこはどう見ても、そういうホテルだった。そしてあの中に入っていったのは間違いなかった。
どういう事なのだろうか。
周のなんとも読みとれないような表情はこれのせいだったのだろうか。意に染まない相手と意に染まない事をしなければならないという……?
いや、だったら抵抗の一つや二つできたのではないだろうか。困ったような表情も浮かべてはいたが、周は普段でもそういった表情をする。むしろ何度か顔を赤らめていたのではなかったか?
それとも脅迫をされているとか?
もしそうなら自分はどうすればいいのだろうと朔は青くなる。なぜ周を見つけた時に声をかけなかったのだろうと今更ながらに後悔しながらもハッとなり、周の番号に電話をしてみた。だが数コールの後に留守番電話に切り替わる。
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