心の中にあるもの……

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3話

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「パーマなんてかけてないけど」

 一度髪のことを言えば充に怪訝な顔をされた。その頃にはもちろん、充が怖い人などと勘違いも甚だしいとわかっていたが、パーマも勘違いだと知った。

「そうなの?」
「だいたい、パーマは禁止だろ」
「うん、そうなんだけど……みっちゃんの髪が綺麗なふわふわだから」
「綺麗って……。ただのくせ毛だし。それ言うなら俺はお前みたいな真っ直ぐのさらさらした髪がよかった」
「何で! もったいない!」
「は……? 何がもったいないんだよ」

 つい口に出ていた言葉を、充は呆れつつも笑っていた。

「ほんと変なやつ」

 変でいいよ。だからみっちゃんは笑ってて欲しいな。

 充の笑顔に春夜はそっと思った。とはいえ、好きなのは笑顔だけでなく。
 優しいけれども厳しくあるところも好きだ。もちろん綺麗でふわふわな髪も好き。いつだって真っ直ぐな目も好きだし、落ち着いた話し方も好き。弓道部に入っており、和弓を支える腕や弦を引く長い指先も堪らなく好きだ。ちなみに春夜はサッカー部に入っており、もちろんサッカーは大好きだが充が弓を引く姿をゆっくり眺められればなあと切実に思っていた。
 視線も、声も、何もかも全部好きで、どんどん好きが増えて、やはりでできうるなら春夜はそれらを自分のものにしたかった。充の隣という位置や、充が触れるものすら何もかも全て独り占めしたい。
 だけれども中学生の時点ではわかっていた。充は春夜のものにならない。親友という、それだけでもありがたい存在でいてはくれても、春夜のものになるはずなかった。
 わかっていて、でも楽しかった。このままでいいとさえ思えた。
 そんな純粋な気持ちはだが、中学三年となった頃から高校へ入り、次第に変わっていった。もちろん、充への気持ちは変わらない。ただ、楽しいだけでは済まなくなっていった。充の他の友人でさえ嫉妬してしまう。そんな黒いものへと変わっていき、春夜自身も落ち着かなかった。
 高校生になり、恋の捉え方が無意識のうちに変わってしまったのだろうか。
 もしくは中学の頃、春夜に起きた出来事のせいで春夜自身が変わってしまったのか。
 それとも二人とも同じ学校へ進学したのはいいが、そこが全寮制の男子校という、完全に変わってしまった環境によるものだからだろうか。
 充の友人だろうが誰だろうが全員が敵に見える。寮の部屋だって、春夜と充は同じフロアとはいえ、完全に離れた。高校に入ってから充と友人になった依ですら充と同じ側に部屋があるというのに、春夜は充の部屋へ行くには渡り廊下すら渡らないといけない。それだけでも依は許しがたい。おまけに充の同居人は無条件でいつだって充と同じ部屋で過ごし、同じ部屋で眠られる。それだけでもずるいのに、いつ充の部屋へ行っても大抵いつもいて、ますます忌々しさしかない。春夜の同居人である文治郎のように、絶えず外出や外泊していればまだ許せるかもしれないのにと思う。
 ちなみに春夜の同居人である沢谷 文治郎(さわたに もんじろう)は完全に名前と一致しないタイプの人間で、ひたすら軽い。悪いやつではないのだろうが、とにかく軽い。だが春夜にとって好意的に思えるところが二つある。一つはいつもほとんど部屋にいないことだが、もう一つは彼女がいることだ。

「みっちゃん……」
「おー、しゅん。また来たのか」
「うん」

 いつ部屋へ行っても嫌な顔をしない充に、にっこり笑いかけた後で春夜はちらりと充の同居人である平 守(たいら まもる)を見た。机に向かっていた守は春夜の視線に気づいてぎょっとしたような顔をしている。そのまま出て行けばいいのにと密かに思うが、残念ながら顔を逸らされただけで守は宿題か何かの課題を続けていた。充はそんな守に向かって「だからこないだ言ってた番組のさぁ」と、おそらく先ほどまで話していた会話の続きであろう、春夜が知らない会話を始める。すると守が微妙な顔をし始めた。

「おま、あれだ。そんなことより綾崎君と喋れよ」
「は? いやうん、そうするけど……どうしたんだよ」
「俺は俺がかわいい」
「? 何。お前、変なやつ」

 充が守に対して吹き出している。

 俺以外と楽しそうにしないで。
 俺だけの充でいて。
 俺以外に、変なやつって笑いかけないで。

 とはいえ、そんなこと言えるわけない。
 ただひたすら好きで、前はその気持ちはいつもとてもきらきらしていて幸せで楽しかったのに。
 そんな気持ちが、こんな風にどんどん歪んでいくなんて、ずっと純粋なままではいられないものだなんて、春夜は知らなかった。
 春夜の恋はどんどん黒く膨れ上がっていった。気づけば抱えきれないほどに膨れ上がっていた。
 好きだと告白したのは、そんな膨れたものが溢れ過ぎてしまったからだ。好きな気持ちが溢れたと言いつつ、そんな綺麗なものなんかじゃない。応急措置でしかないのはわかっている。だがそれでも──

 楽になりたかった? いや、違うな……みっちゃんにも背負わせたかった? ううん、もっと違う。

 そう、多分そうだ。溢れ過ぎて堪えられなくなり、みっちゃんに振り向いてもらえなくてもいい、贅沢は言わないからただ知ってもらいたかった、気づいて欲しかった、気にして欲しかったと自分にすら控えめなことを言い聞かせながらも、やはり何かを期待しているんだ。
 告白することで、動き出すかもしれない何かを。
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