ホンモノの恋

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21話

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 夜、真和が家へ来た。どうしたのだろうと聖恒が思っていると、玄関先でニヤリと笑ってくる。

「お前の大好きな先生の連絡先、ゲットしてきたぜ」

 聖恒は言葉を失った。そういえば放課後、帰っている途中で用事があるから先に帰っててと言われた。

 それって――

「お前、大学に……?」
「褒めろよ? そんで貸しにしてやる。俺、お前が本気で誰かを好きとか、そーいうの嬉しくてさ。そんで、……いや、早く連絡しろよ」

 言葉を濁すと、真和がまたニヤリと笑いながら聖恒の肩をポンと軽く叩く。

「ぉ、おう。……こん、ありがとう」
「貸しだからな! そんじゃ俺、また利麻に煩く言われねーうちに帰るわ。連絡、マジしろよな!」

 真和は本当にそのまま走って帰っていった。濁してきた言葉が気になったが、今それ以上に気になるのは真和がくれたメモ用紙だった。
 部屋へ急いで戻ると携帯を握りしめる。深呼吸をしてから、書かれてある電話番号へかけた。
 いや、正直なところ番号を押そうとしては躊躇してを二、三回繰り返してからかけた。
 コールが暫く続いた。今出られないかもしくは知らない番号だから出てもらえないとかだろうかとドキドキする。好きな相手に電話するだけでこんなに緊張し、心臓が破裂しそうな気持ちになったのは初めてだった。

『……はい』

 控えめではあるが、ずっと聞きたかった声が電話越しに聞こえてくる。

「めぐちゃん? 俺。きよだよ。今から……会えないかな」

 何を言おうと考える前に言葉は既に発せられていた。言った途端「俺は何を勝手なこと言ってんだよ、今からとか」と思ったが、言ってしまったものはもう取り消せない。聖恒が恵に初めて出会った時に「家庭教師は必要ないんです」と言ってしまったように。
 断られるのを覚悟していた。実際少し間があった。だがその後に『そっちの駅まで、じゃあ迎えに行く』と言われた。

「え、い、いいの?」
『うん。あとでね』

 そう言われたかと思うと電話はもう切れていた。あとでね、という恵の声が何度もリフレインしてくる。
 そういえば携帯電話の声は本人の声じゃないんだっけ、と出かける準備をしながらふと聖恒は思い出した。今から出かけると母親に言うと「まさかデート? どんな子?」などと聞かれ、家を出るのに少々手間取った。
 携帯電話の声は確か、あらかじめ決められているコードブックの中から本人の声に近く聞こえる音声コードを探して組み立て、一瞬にして音を作っているのだと聞いた記憶がある。
 その音の素は四十億以上あるのだという。そうして送信側の携帯電話で声を分析した情報を、電波に乗せて相手に届ける。届いた側の携帯電話では、この情報から作られた声を合成する。
 先ほどあれ程聞きたかった声だと感動していた声は、本当は恵の声じゃない。でもだからこそ、早く会いたかった。駅へ向かいながら、それこそ数えきれない人々の中で、恵に出会えて好きになれたこともある意味自分の中であらかじめ決められているコードブックの中から見つけられたような感じがした。男だとか年上だとかそういったものでなく、聖恒に一番かけがえのない人として見つかった存在。
 そんな風に考える時点でちょっと自分どうした、などと思いそうだったが、多分恋をしているからなのだろうと片づけた。
 今まで多分この子が好きだと思っても、こんなポエマーのような考え方をしたことなかった。ただ、どうやって進展させようかなどしか考えていなかったような気がする。そしてその途中で「何か違う」となる。
 自分はいい加減だと思うし、相手に対しても失礼だとは思う。相手も自分を偽って接してきているから仕方ないと思う程度にはそして性格も悪いと聖恒は思っている。
 真和や利麻によく「好きだからいいところを見せたいって思ってるんだよ」とは言われた。偽っているのではなく、いいところを見せようとしているのだ、と。
 そう言われると気持ちはわからないでもないと今では思う。聖恒も恵にはいいところを見せたい。自分の内面の嫌な部分は知られたくないと思う。
 でも猫は被りたくない。この辺が難しい。
 そこまで考えてふと思う。今から好きだと告白する段階だというのに、ずれたことを考えているなと。

「……緊張、してんのかな」

 恵にキスした時には何となく、いい感じなのではないかと思っていた。恵ももしかしたら聖恒のことを好いてくれているのではないかと思えていた。
 だが家庭教師ではなくなると、こんなにも簡単に関係が途絶えそうになった。そのせいか、一気に自信がなくなっているのかもしれない。先ほどは勢いで「今から会えないかな」と言っていたが、勢いがあってよかったとむしろ思った。じっくり考えていたら意気地がなくなって何も言えなかったかもしれない。
 そう思うと急に心臓がもの凄くドキドキしてきた。まるで初めて人を好きになったみたいだと聖恒は内心驚く。それくらいドキドキしている。

 ……ちゃんと、言おう。

 胸の辺りをぎゅっと握りしめるように手に力を入れながら思った。
 一旦駅の辺りにつくと立ち止まった。じっとり汗が流れてくる。どこからかクビキリギスの「ジー」という鳴き声が聞こえていた。いつの間にかもう夏なのだなと息を切らせながら思う。
 少し屈めていた背筋をまっすぐにして深呼吸をした。そして恵を探そうとした。その前に「きよ」という声が聞こえてくる。電話越しじゃない、本物の声。
 ついこの間までは毎週二回、当たり前のように聞けていた声がとても懐かしいもののように思え、少し鼻がツンとした。
 辺りを見回すと停めている車から出てくる姿が見えた。それこそついこの間まで普通に見られていた恵の姿に、夜の暗さで少し影になっているにも関わらず胸いっぱいになった。

「めぐちゃん……」

 知らずうちに微笑んでいた。そして気づけばそちらへ駆け出していた。
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