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18話
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蓮の泣く様を柾は心を痛めながら見ていた。だが何故蓮がそこまで泣くのかがわからない。
好きだと言われて泣く程に不愉快だった?
それとも、もう好きではないのに何故今さら言うのかと憤りを感じた?
別れようと言いつつもまだ好きで、嬉しくて泣いたということはなさそうだった。
いや、もしかしたらまだ好きでいてくれているのではないかと少しだけ感じている。絶対とは言えないし説明もできないのだが伝わってくるなにかがある。だがこの涙は明らかに喜びの涙ではなかった。見ていて柾も悲しくなった。
「ねえ、蓮……。お願いだから蓮が思っていることや感じていること、考えていることや……隠していること、少しでも俺に言ってくれないかな。俺はそれを言うに値しないかな……」
「……っ違、う。値しないなんてこと、ない……」
「俺、心配なんだ。君がいつか本当に消えてしまうんじゃないかってさえ思う。付き合ったの……最初はごめんね、同情みたいなのだった。本当にごめんね。でも蓮と一緒に居れば居る程どんどん好きになってった」
蓮が本当にどうしたいかがわからない。だけれどもせめて自分の考えや気持ちをちゃんと告げたかった。
本当はこんなに穏やかに話しているような心境じゃない。もっと子どものように駄々を捏ねたかった。
嫌だと。
絶対に別れたくない、と。
だがなんとか堪え、とにかく自分の気持ちを包み隠さず伝えたいと思った。そして、出来るのであれば蓮の気持ちを少しでも教えて欲しい。
好きになっていったと言う柾に対して蓮はひたすら涙を流し、時折嗚咽を漏らす。
ああ、そんなに泣かないで。
柾は切ない気持ちをどうすることもできず、そっと指を蓮の下瞼に這わせて涙を拭った。
「……き、らわれたく、ないんだ」
「え」と聞き返す癖が柾にはあるようだが、さすがに今は言えなかった。だが心の中で「え?」と呟く。何故「嫌われる」という発想になるのかと思う。
「嫌いになんて……」
「ごめん、ほんと、ごめん……もう、別れて……」
なんとか泣き止んだ蓮は柾から離れながらとても苦しそうに呟く。その様子に柾は本当に好きなら、蓮が好きであるなら「わかった」と頷くべきなのではないかとさえ思えた。だがどうしても今の状態で別れられそうになかった。
柾は恐る恐る伸ばした手で蓮の左腕をつかんだ。そして袖をめくる。
「な、にを……」
戸惑い唖然としている蓮に構わず柾はそこにある傷にキスをした。
「なにもかも受け入れたいし受け止めたいんだ。ごめん、こんな状態で別れられない。どんな蓮だって俺は好きだよ。なんで嫌われるとか言うの」
すると蓮の目から一旦止まっていた涙がぽろりとまた零れた。だが今度はボロボロと落ちるのではなく、そのまま静かに蓮は呟いた。
「その傷……」
傷、と蓮の口から聞いて柾の体は密かに固まった。まるで動けば蓮は言うのを止めてしまうとばかりにじっとしたまま柾は蓮を見る。
「別にリスカでもなんでもない」
「そ、そうなの、か?」
本当かどうかわからないにしても柾はホッとするのを感じた。ただ、では何故、と思う。
蓮は口を開くとまた閉じるといったように言い淀んでいる。柾は先を促すこともなく黙っていた。
「……血が……」
「え」
思いもよらない単語が出てきて思わず柾は口に出ていた。慌てて口をつぐむ。
「俺は……血に対して……、せ、いて、き……興奮を……感じ、る……」
一瞬言っている意味がわからなくて柾はポカンと蓮を見た。
なんと言ったんだ?
性的興奮?
なにに?
……血、に。
「冗談とか、じゃない……。別にただ血が見たいとか飲みたいとか、じゃない。そうじゃなくて……いや、もっとたちが悪い、のか……、堪らなく、興奮、するんだ」
「こう、ふ、ん」
「……どうしようもなくて、自分を傷つけて味わってきた。……この傷はそんな俺の、どうしようもない、欲望でしか、ない……お前に心配してもらうようなヤツじゃ、なくて……ただの、変態なんだよ……」
蓮の言葉は聞こえているのだが、柾の中に留まるというより通り抜けるような感じがした。
そういう嗜好って、あるのか。
今まで知らない世界だからだろうか、いまいち把握出来ない。一見ぼんやりとしている柾に、蓮はどこか挑戦気味な表情で見上げてきた。
「秋尾は優しいもんな? 好きだって言うならじゃあ俺に血をくれるのか? ねえ、付き合いたいって言うのなら、こんな俺を丸ごと愛せるの?」
「れ、ん……」
柾が名前を呟くと、蓮はハッとなり辛そうな表情で顔を逸らした。
「秋尾が好きでもそれだけじゃ満たされないんだ。こんな俺だから……わかっただろ……? 別れよう。でも勝手な、お願いだ、けど……軽蔑、だけは……し、ないで欲しい……」
苦しげに歪む顔を見ていると、柾の胸がまた締めつけられた。だが今までわからなかった蓮を知り、柾の心臓はそれだけではなく蕩けるような甘さを感じた。
「待って、蓮。俺は君の嗜好をとやかく言うつもりはないよ!」
「嘘だ、そんな口先だけの優しさはい……」
「嘘なんかじゃない。だいたいそれを言うなら君だって俺の気持ちを決めつけるな」
少し強い口調で言うと、蓮がハッとなったように柾を見てきた。
「あ、……ごめん。でも本当のことだよ。決めつけないで。蓮が苦しんでる内容がよくわかるなんておこがましいことは言えない。俺は血に興味が無い。でも実際苦しんでいる君は凄く伝わってきて、俺も辛くなる」
そこまで言うと一旦言葉を切り、柾は蓮の手を握った。
「好きだよ。何故軽蔑するなんて思うの。血くらい、好きに舐めていいよ、俺のだから欲しいというならいくらでも舐めて。丸ごと愛してるよ……男に全然興味ない俺が君が男だろうがなんだろうが好きなんだよ。変態? だったら君に唾液を飲ませたいくらい好きな俺だって変態だ。君の肛門を無茶苦茶犯したいと思う俺も変態だよ」
そこまで言うと蓮が赤い顔でポカンとしたように柾を見てきた。柾は赤くなりながら握っている蓮の手を更にぎゅっと握った。少し震えている自分が居る。
「たまにどうしたんだろってくらい興奮してたのって、血に関係してたんだね。すごくエロかった。血を舐めてあんなにエロくなるなら、いくらでも俺のを舐めて」
「な、に言って……、っ」
ポカンとしていた蓮は言いかけながらまた目に涙を浮かべてきた。真っ赤になって涙を堪えようとしている蓮が愛おしくて、柾は引き寄せ蓮の目元にキスをする。
「我慢、しないで。ちゃんと泣いて? そして欲しいものをちゃんと言って。俺は丸ごと蓮を愛してる」
そしてさらに溢れ出てくる涙を舐めとった。涙は少ししょっぱくて、でも柾にとっては美味しく感じられた。
歪んでいるのかもしれない。
そういった性癖のことはわからない。なので蓮の嗜好のことをちゃんと理解している訳ではない。それでも蓮の嗜好なのだ、とは理解している。むしろ性癖に悩み苦しみ子どものように泣く蓮が愛おしくてならない。
一般的なカテゴリに当てはまらない性癖を持っているのはきっと辛く苦しいのだろう。それは本当に想像でしかわからないし柾にはどうしてあげることもできないのだろう。わからないのでそれが「治る」ものかどうかもわからない。精神的なことから来ているのかも、ただ単に持ち合わせていただけなのかも、なにもわからない。
ただ柾にできるのはそれらのことを色々調べ、できる限り「知る」ことだ。そして、その性癖ごと蓮を包み込みひたすら好きだと言うこと。
「好きだよ。蓮、好きだ……」
涙でぐしゃぐしゃになった蓮の顔は柾にとってはさらに愛おしいものだった。キスをすると今しがた舐めた涙の味がした。
好きだと言われて泣く程に不愉快だった?
それとも、もう好きではないのに何故今さら言うのかと憤りを感じた?
別れようと言いつつもまだ好きで、嬉しくて泣いたということはなさそうだった。
いや、もしかしたらまだ好きでいてくれているのではないかと少しだけ感じている。絶対とは言えないし説明もできないのだが伝わってくるなにかがある。だがこの涙は明らかに喜びの涙ではなかった。見ていて柾も悲しくなった。
「ねえ、蓮……。お願いだから蓮が思っていることや感じていること、考えていることや……隠していること、少しでも俺に言ってくれないかな。俺はそれを言うに値しないかな……」
「……っ違、う。値しないなんてこと、ない……」
「俺、心配なんだ。君がいつか本当に消えてしまうんじゃないかってさえ思う。付き合ったの……最初はごめんね、同情みたいなのだった。本当にごめんね。でも蓮と一緒に居れば居る程どんどん好きになってった」
蓮が本当にどうしたいかがわからない。だけれどもせめて自分の考えや気持ちをちゃんと告げたかった。
本当はこんなに穏やかに話しているような心境じゃない。もっと子どものように駄々を捏ねたかった。
嫌だと。
絶対に別れたくない、と。
だがなんとか堪え、とにかく自分の気持ちを包み隠さず伝えたいと思った。そして、出来るのであれば蓮の気持ちを少しでも教えて欲しい。
好きになっていったと言う柾に対して蓮はひたすら涙を流し、時折嗚咽を漏らす。
ああ、そんなに泣かないで。
柾は切ない気持ちをどうすることもできず、そっと指を蓮の下瞼に這わせて涙を拭った。
「……き、らわれたく、ないんだ」
「え」と聞き返す癖が柾にはあるようだが、さすがに今は言えなかった。だが心の中で「え?」と呟く。何故「嫌われる」という発想になるのかと思う。
「嫌いになんて……」
「ごめん、ほんと、ごめん……もう、別れて……」
なんとか泣き止んだ蓮は柾から離れながらとても苦しそうに呟く。その様子に柾は本当に好きなら、蓮が好きであるなら「わかった」と頷くべきなのではないかとさえ思えた。だがどうしても今の状態で別れられそうになかった。
柾は恐る恐る伸ばした手で蓮の左腕をつかんだ。そして袖をめくる。
「な、にを……」
戸惑い唖然としている蓮に構わず柾はそこにある傷にキスをした。
「なにもかも受け入れたいし受け止めたいんだ。ごめん、こんな状態で別れられない。どんな蓮だって俺は好きだよ。なんで嫌われるとか言うの」
すると蓮の目から一旦止まっていた涙がぽろりとまた零れた。だが今度はボロボロと落ちるのではなく、そのまま静かに蓮は呟いた。
「その傷……」
傷、と蓮の口から聞いて柾の体は密かに固まった。まるで動けば蓮は言うのを止めてしまうとばかりにじっとしたまま柾は蓮を見る。
「別にリスカでもなんでもない」
「そ、そうなの、か?」
本当かどうかわからないにしても柾はホッとするのを感じた。ただ、では何故、と思う。
蓮は口を開くとまた閉じるといったように言い淀んでいる。柾は先を促すこともなく黙っていた。
「……血が……」
「え」
思いもよらない単語が出てきて思わず柾は口に出ていた。慌てて口をつぐむ。
「俺は……血に対して……、せ、いて、き……興奮を……感じ、る……」
一瞬言っている意味がわからなくて柾はポカンと蓮を見た。
なんと言ったんだ?
性的興奮?
なにに?
……血、に。
「冗談とか、じゃない……。別にただ血が見たいとか飲みたいとか、じゃない。そうじゃなくて……いや、もっとたちが悪い、のか……、堪らなく、興奮、するんだ」
「こう、ふ、ん」
「……どうしようもなくて、自分を傷つけて味わってきた。……この傷はそんな俺の、どうしようもない、欲望でしか、ない……お前に心配してもらうようなヤツじゃ、なくて……ただの、変態なんだよ……」
蓮の言葉は聞こえているのだが、柾の中に留まるというより通り抜けるような感じがした。
そういう嗜好って、あるのか。
今まで知らない世界だからだろうか、いまいち把握出来ない。一見ぼんやりとしている柾に、蓮はどこか挑戦気味な表情で見上げてきた。
「秋尾は優しいもんな? 好きだって言うならじゃあ俺に血をくれるのか? ねえ、付き合いたいって言うのなら、こんな俺を丸ごと愛せるの?」
「れ、ん……」
柾が名前を呟くと、蓮はハッとなり辛そうな表情で顔を逸らした。
「秋尾が好きでもそれだけじゃ満たされないんだ。こんな俺だから……わかっただろ……? 別れよう。でも勝手な、お願いだ、けど……軽蔑、だけは……し、ないで欲しい……」
苦しげに歪む顔を見ていると、柾の胸がまた締めつけられた。だが今までわからなかった蓮を知り、柾の心臓はそれだけではなく蕩けるような甘さを感じた。
「待って、蓮。俺は君の嗜好をとやかく言うつもりはないよ!」
「嘘だ、そんな口先だけの優しさはい……」
「嘘なんかじゃない。だいたいそれを言うなら君だって俺の気持ちを決めつけるな」
少し強い口調で言うと、蓮がハッとなったように柾を見てきた。
「あ、……ごめん。でも本当のことだよ。決めつけないで。蓮が苦しんでる内容がよくわかるなんておこがましいことは言えない。俺は血に興味が無い。でも実際苦しんでいる君は凄く伝わってきて、俺も辛くなる」
そこまで言うと一旦言葉を切り、柾は蓮の手を握った。
「好きだよ。何故軽蔑するなんて思うの。血くらい、好きに舐めていいよ、俺のだから欲しいというならいくらでも舐めて。丸ごと愛してるよ……男に全然興味ない俺が君が男だろうがなんだろうが好きなんだよ。変態? だったら君に唾液を飲ませたいくらい好きな俺だって変態だ。君の肛門を無茶苦茶犯したいと思う俺も変態だよ」
そこまで言うと蓮が赤い顔でポカンとしたように柾を見てきた。柾は赤くなりながら握っている蓮の手を更にぎゅっと握った。少し震えている自分が居る。
「たまにどうしたんだろってくらい興奮してたのって、血に関係してたんだね。すごくエロかった。血を舐めてあんなにエロくなるなら、いくらでも俺のを舐めて」
「な、に言って……、っ」
ポカンとしていた蓮は言いかけながらまた目に涙を浮かべてきた。真っ赤になって涙を堪えようとしている蓮が愛おしくて、柾は引き寄せ蓮の目元にキスをする。
「我慢、しないで。ちゃんと泣いて? そして欲しいものをちゃんと言って。俺は丸ごと蓮を愛してる」
そしてさらに溢れ出てくる涙を舐めとった。涙は少ししょっぱくて、でも柾にとっては美味しく感じられた。
歪んでいるのかもしれない。
そういった性癖のことはわからない。なので蓮の嗜好のことをちゃんと理解している訳ではない。それでも蓮の嗜好なのだ、とは理解している。むしろ性癖に悩み苦しみ子どものように泣く蓮が愛おしくてならない。
一般的なカテゴリに当てはまらない性癖を持っているのはきっと辛く苦しいのだろう。それは本当に想像でしかわからないし柾にはどうしてあげることもできないのだろう。わからないのでそれが「治る」ものかどうかもわからない。精神的なことから来ているのかも、ただ単に持ち合わせていただけなのかも、なにもわからない。
ただ柾にできるのはそれらのことを色々調べ、できる限り「知る」ことだ。そして、その性癖ごと蓮を包み込みひたすら好きだと言うこと。
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