水泳部員とマネージャー

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11話

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 六月初めには既に春季水泳競技大会があった。団体もあるが、個人競技としてはブレスト、バック、バタ、フリーそれぞれ100m以外に、フリーは50と400もある。あとは個人メドレーが200。
 個人メドレーは一人でバタ、バック、ブレスト、フリーの順番でそれぞれ同じ距離を泳ぐ競技であり中々ハードなものだ。200mメドレーなので一つに50mという事になる。もちろん体力がかなり必要となる。最初にバタフライで結構体力は消耗する。しかも競技する場所のプールは50mであるのでなおさらきつい。25mプールなら一つの泳ぎでターンが入る。ターンがあると蹴伸びとドルフィンをやるので潜水泳法が得意なら数mは楽が出来る。だが50mだと延々とターンなしで一つの種目を泳ぎ切らなければならない。
 種目が変わる時のターンも各種目のゴールタッチのルールに従う為、壁にタッチをするまでは最後までその種目でなければならない。日本水泳連盟の定めた競泳競技規則にも、バックの場合ゴールタッチの際には仰向けの姿勢で壁に触れなければならないと書かれている。
 なので部員達からも個人メドレーは密かにマゾレー等と呼ばれていて、祥悟は「いくらなんでもめちゃくちゃな呼び名だな……」とそっと微妙な顔をして思った事がある。
 その個人メドレーには今までは部長しか参加していなかったらしいが今回は祥悟も参加した。
 祥悟は泳ぐのが好きだ。確かにとてつもなく体力をもっていかれる事もあるが、水の中にいるととても静かな気持ちになれる。そして何よりも前へ、という研ぎ澄まされた気持ちだけが占め、ひたすらそれこそある意味無心になれる。もちろん普通の競技だと本当にいつも無心で泳ぐのだが、この個人メドレーに関しては無心というだけでなく自分で配分やコンディションを考える必要がある。それがまたむしろ楽しささえ感じられた。
 ホイッスルが鳴りその後にスタートの合図が出ると手を頭の後ろでぐっと締めて水の中に飛び込む。最初のバタフライでは残り距離とストローク数を数えながらコンディションを計る。次の背泳ぎではとりあえず蛇行しないよう天井の模様を無意識に見ながらひたすら泳ぐ。
 祥悟は皆が楽だという背泳ぎがあまり好きではない。顔をつけていないのに何故か肺が冷たく感じてしまうのだ。とはいえ苦手という程でもないので傍から見れば難なく泳いでいるらしい。
 背泳ぎは壁が見えない。だから通常だと手前辺りにくると体をぐるりとうつ伏せの状態にするのだがメドレーでは規則違反となる。なので心持ちスピードを落としてでも壁に手がつくまでは仰向けで泳ぎ切る。
 そして平泳ぎ。祥悟は平泳ぎに関しては得意というかタイムを無視すれば一番気楽に泳げる種目だった。ただメドレーでの規則では足の甲で水を蹴ってしまうあおり足が泳法違反となるため、それだけは一応注意しながら泳ぐ。
 最後のクロールは祥悟自身得意なつもりはないが一番タイムを出せる泳法でもある。ただしここまで来ると配分やコンディションを計ってはいても腕などに乳酸も溜まっており全力は中々出せない。とは言え疲れきっていてもやはり水の中でひたすら前進するのは気持ち良い。
 そして今回、祥悟は高校に入って初めての個人メドレーを無事泳ぎ切った。タイムは2分10秒41で順位は5位だった。

「お前中々やるな」

 泳いだ後で部長の海原が誉めてくれた。海原は2分10秒21で2位という成績を残していた。

「……部長より20ミリ秒も遅いんですが」
「お前俺と張り合う気か? 良い根性だ」
「……」
「まあ、そう拗ねるな」
「拗ねてません」

 そんなやりとりをしていると克雪がかけつけてきてまだ体が濡れたままの祥悟に抱きついてくる。

「しょーごくんマジカッコいい! 何ほんっともう堪んない!」
「っ俺は違う意味で堪んねぇよ! やめろ、離せ……!」

 色んな高校から来ている沢山の人前で何してくれてんだと祥悟は必死になって引き剥がそうとした。そこへ秋薫がやってきて祥悟から克雪を簡単に剥がしてくれる。とはいえ祥悟のためでないのは百も承知だ。

「ちょっと雷邪魔しないでよ」
「そりゃ邪魔するだろ、当然」

 秋薫は一度克雪に告白してオープンになったのか、ニッコリと遠慮なく剥がした克雪を抱っこするかのように移動していく。

「ほんとお前らって変だよな」

 向こうに行く秋薫達をなんとなく微妙な気分で見ていた祥悟に、海原が苦笑しながら言ってきた。

「俺を含めるのやめてください」

 その後他の部員達もやってきて祥悟にタックルをかましてきたり腕で首のあたりを締めてきたりする。

 ……なんていうかこの人らも基本接触好きだよな……。

 そんな事を思いながら祥悟は何とか先輩達の笑顔での攻撃から淡々と逃れようとしていた。

「お前結構すげぇな!」
「淡白な顔しやがって体力に濃さが全部行ったんじゃねぇのか」
「変な事言うのやめてもらえませんか……。だいたい淡白な顔は生まれつきです」

 微妙な顔をしつつ皆から離れて更衣室に向かう。着替えようとするといつの間に居たのか背後から克雪に抱きしめられた。

「っ体力が濃いしょーごくん……! 体力が、濃い」
「お前は息の荒さをほんっとどうにかしろ。そして大人しく次の雷の試合応援してきてやれ……」

 秋薫が試合のために克雪を手放したからか、祥悟の傍に来てしがみつき頬を染めつつ息の荒い克雪にドン引きしながら祥悟は必死になって引き剥がす。

「だって! しょーごくんほんとカッコいいから! 体力……あのバタフライしてる時の腰つきとか、もう……っ」

 祥悟に剥がされながらも克雪は相変わらず赤い顔色ではぁはぁと息が荒い。

「だれか警察……っ」
「しょーごくん酷い! それに誰も居ないよ、二人きりじゃない」
「うるさいし怖い事言うな……。そして俺から離れろ。あと腰が好きなら雷が次バッタでお前の求めてるような泳ぎ見せてくれるだろうから行ってこい……!」

 青くなりながら祥悟が言うと、克雪がポカンとしたように見上げてきた。

「何言ってるの? しょーごくん」
「何って」
「俺、別に男好きな訳じゃないよー? 基本女の子が大好きだからどうせなら女の子が見たい!」

 ニッコリと顔に似合わないような事を言ってきた克雪を今度は祥悟が怪訝そうに見た。

「……は? だってお前、俺に……」
「え、だってしょーごくん好きだもの」
「は? じゃ、じゃあ」

 怪訝そうなままの祥悟に克雪はまた頬を染めながらニッコリと笑いかけてきた。

「しょーごくんだから好きなの! しょーごくんは大好き。でも恋愛関係ない好みで言うなら俺、可愛い女の子とか綺麗なおねーさんが好きだよー」
「は、ぁ……」

 ポカンとしつつ祥悟が克雪を見おろしていると、また赤い顔の克雪がはぁはぁしながら抱きついてきた。

「しょーごくん大好き。もうほんっと堪らない。しょーごくんになら何されてもいーよ、ここだっていーよ」
「やめてください……!」
「えええ。遠慮深いなーしょーごくんって」
「違うからな!」
「とりあえず着替えないの?」
「はぁはぁしてるお前の前で着替えられる訳ないだろう……」
「えええ? あ、そろそろ次の試合始まるよね? とりあえず見とけって一応言われたからマネージャーとして雷の試合見てくんねー!」

 克雪はニコニコと祥悟に手を振るとそのまま更衣室を出ていった。ため息をつきながらようやく祥悟は水着からジャージに着替える。

 あいつ、てっきり男が好きなんだと思ってたけど……。

 あまりにガンガンこられたので普通にそうだと思い込んでいた。だから秋薫とくっつけば良いとさえ思っていたのだが。

「つーかじゃあ雷も別に男が好きって訳じゃねーのかな」

 ボソリと呟くと同じく着替えに来た先輩に微妙な顔で見られた。

「……なんっすか」
「え、お前雷好きなの?」
 
 いやまあ変な事をつい呟きはしたけれども……!

「何でそーなるんです? ああもうほんっと皆バカばかりですよね、もうほんっと!」
「はぁ? 先輩に向かってバカって何だよ!」
「いやもう今さら過ぎるくらい先輩方のイメージは定着してるんで、すいません」
「謝るとこおかしくね?」

 祥悟がそんなやりとりをしている中、秋薫がバタフライ100mを57秒78で3位という結果を出していた。ただ見ていた克雪には単に「凄いね、おめでとう!」と普通に声を掛けられただけだったようで後で祥悟はとばっちりで睨まれたが。


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