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7話
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梓が家へ帰ると、ますますもって柊が不機嫌そうにこちらをジッと見てくる。大抵は視線すら合わせずに違うところへ行ってしまうことを思えばマシなのだろうか。それでもやはり機嫌悪そうに見える。
「何か今日はいつになくご機嫌斜め? どうしたんだよ?」
苦笑して声かけると「何でもない!」と、何でもなくはなさそうだ。
「あー、もしかして例の彼女と喧嘩した?」
「は?」
「アカリだっけ? アカリちゃん」
茶化すつもりはないのだが、梓がそう言うと柊はさらに機嫌が悪化したように見えた。
「だから彼女じゃねぇし! そのアカリはお前の職場にいるだろ!」
「へ?」
何の話だと梓はポカンとしたが、すぐに頭の中で「アカリ」と「灯」が結びついた。気づいてみると、全く同じ名前だというのに何故今までピンと来なかったのだろうと思える。恐らくは先入観だろうと思いつつ、純粋に驚いた。
「ほんと驚いたよ。君が弟の同級生ってだけじゃなく仲いい友だちだったなんて」
翌日のアルバイト帰りに、梓は灯と一緒に歩いていた。休日だったので終わる時間が同じなのは事前に確認済みだ。
「俺も驚きました。名字が同じだなぁと何となくは思ってたはずなんですけど」
二人は梓の行きつけである楽器店へ向かっていた。共通の話題に盛り上がりつつ、店へ着くとまず店主に挨拶した。店主は昔からの知り合いであり、梓が頼むと店の奥にある部屋で弾かせてもくれる。
今日、アルバイトが終わってから灯を連れてきたのはギターを教えるためだった。
たまたまアルバイト前に大学の友人とバンドの練習をしていたのもあり、この間はエレキギターをカフェに持ち込んでいた。それを見つけた灯がとても興味を持っているようだったので声をかけたのだ。
「灯ちゃんもギターやってるの?」
「いえ、ギターは持ってもなくて……」
持っていないと言った灯が寂しそうに見えたので、それじゃあとこの店で教えることを提案したのだ。ここなら音を気にしなくていいので、心置きなく教えられる。
最初は遠慮していた灯も、梓が「そーゆーのは俺も楽しいんだから気にしないで」と笑うと、おずおずと「では……」と嬉しそうに見上げてきた。やはりかわいいと思ったので、頭を撫でておくことは忘れなかった。
いざギターを教え始めると、灯はとても飲み込みが早いことに気づく。感心すると共に、梓はとても楽しいと思った。
ちなみに今回、梓が持ってきたギターはエレキギターではなくアコースティックギターのほうだ。両方持っており、事前にどちらがいいか聞いていた。
「エレキとアコギの違いはわかる?」
「はい! 俺、アズさんが構わないならアコースティックギターがいいです」
「もちろん全然構わないよ。じゃあそっちで教えるね」
弾くところから始めようかと思ったが、やはりチューニングからにする。音叉だと難しいだろうと、チューナーを持ってきている。
「じゃあ合わせてみようか」
「はい!」
「六弦はEの音ね、五弦はAで」
Eはミで、Aはラの音のことだが、灯もわかっているようなのでそのまま進める。四弦はD、三弦はG、二弦はB、一弦はE……と六弦全てを合わせていく。弾く前にさりげなく灯の手をチェックしたが、左手どころか右手の爪も短く切られていた。
ギターを弾く場合、左手の爪は短く切ったほうがいい。長いとギターの指板に当たり、そこを傷つけてしまう。指板は「しばん」と読むのだが、フィンガーボードもしくはブレットボードと言ったほうがわかりやすいかもしれない。弦が張られている長い木の部分で、ここで音程の調整をしつつ弾く。
弾く段階で改めて梓は灯にギターの持ち方を説明した。
「右足太ももの付け根にギターが括れてる部分合わせてみて。うん。ギターの背が体に密着くるように――」
それからようやく、弦の押さえ方を説明していった。灯は梓と同じく右利きなので弦は左手で押さえる。この押さえる動作がしっかりできていないと正しく音が鳴らない。指板の上にあるフレットという金属の棒にしっかり当てるようにする。親指をネックの裏側に回して、両方の指でネックを挟むようにして押さえる。
「できる限りフレットの近くで弦を押さえてね」
「はい!」
灯に教える時間はとても楽しかった。
「アズさん」
飲み込みの早い灯にとりあえず音を出すところまで教えた後、灯がおずおずと名前を呼んでくる。
「ん?」
「これ、弾いてみてくれますか」
遠慮がちに見せられた楽譜は少々拙いものの、とても優しくて心に響くものだった。パッと見ただけでもいいなと思ったのだが、実際弾いてみるとなおさらよかった。
「これは、君が書いたの?」
少し驚きながらも梓が聞くと、灯はまた遠慮がちに頷いた。
灯の曲は本当に心に響いたし、このまま眠らせるのは勿体ないと梓は思った。だが灯は、趣味でやっているだけだと言う。
灯と別れた後も曲のことを考えていた梓は、ふと柊もこのことを知っているだろうかと思った。自分の友人がこんなにも凄い才能を持っていることを、知っているのだろうか。
家へ帰るとリビングでテレビを観ている柊を見つけた。相変わらず梓がいないとリビングにいるのだなと内心苦笑する。ずっと自分の部屋に引きこもられるよりはまだいい。
「なぁ柊。灯ちゃんのさ……」
「だからアカリは女じゃねえっつってんだろ!」
「わかってるよ。俺があの子のことを灯ちゃんって元々呼んでんの」
「はぁ?」
聞き捨てならないといった表情で柊は梓を見てきた。灯のこととはいえ、こうしてこちらをちゃんと見てくるのは久しぶりじゃないだろうかと梓は思い、ニッコリ笑う。
「で、灯ちゃんのね」
わざともう一度ちゃんづけを強調するように口にした後で続けた。
「曲とか知ってる?」
「……、あ? アカリの曲? そういや前にあいつ、詩を……って、何だよ! そういや馴れ馴れしく話しかけんな」
苛ついた表情から少し考えるような様子となり、素直に答えようとしている途中でハッとなったように睨んできた。そして柊は慌てたように自分の部屋へ向かって行った。
……うーん、惜しい。タイムオーバーだったか。
わざとそんな風に思いつつ、柊が言いかけた「詩」という言葉に梓はそっと首を傾げた。
「何か今日はいつになくご機嫌斜め? どうしたんだよ?」
苦笑して声かけると「何でもない!」と、何でもなくはなさそうだ。
「あー、もしかして例の彼女と喧嘩した?」
「は?」
「アカリだっけ? アカリちゃん」
茶化すつもりはないのだが、梓がそう言うと柊はさらに機嫌が悪化したように見えた。
「だから彼女じゃねぇし! そのアカリはお前の職場にいるだろ!」
「へ?」
何の話だと梓はポカンとしたが、すぐに頭の中で「アカリ」と「灯」が結びついた。気づいてみると、全く同じ名前だというのに何故今までピンと来なかったのだろうと思える。恐らくは先入観だろうと思いつつ、純粋に驚いた。
「ほんと驚いたよ。君が弟の同級生ってだけじゃなく仲いい友だちだったなんて」
翌日のアルバイト帰りに、梓は灯と一緒に歩いていた。休日だったので終わる時間が同じなのは事前に確認済みだ。
「俺も驚きました。名字が同じだなぁと何となくは思ってたはずなんですけど」
二人は梓の行きつけである楽器店へ向かっていた。共通の話題に盛り上がりつつ、店へ着くとまず店主に挨拶した。店主は昔からの知り合いであり、梓が頼むと店の奥にある部屋で弾かせてもくれる。
今日、アルバイトが終わってから灯を連れてきたのはギターを教えるためだった。
たまたまアルバイト前に大学の友人とバンドの練習をしていたのもあり、この間はエレキギターをカフェに持ち込んでいた。それを見つけた灯がとても興味を持っているようだったので声をかけたのだ。
「灯ちゃんもギターやってるの?」
「いえ、ギターは持ってもなくて……」
持っていないと言った灯が寂しそうに見えたので、それじゃあとこの店で教えることを提案したのだ。ここなら音を気にしなくていいので、心置きなく教えられる。
最初は遠慮していた灯も、梓が「そーゆーのは俺も楽しいんだから気にしないで」と笑うと、おずおずと「では……」と嬉しそうに見上げてきた。やはりかわいいと思ったので、頭を撫でておくことは忘れなかった。
いざギターを教え始めると、灯はとても飲み込みが早いことに気づく。感心すると共に、梓はとても楽しいと思った。
ちなみに今回、梓が持ってきたギターはエレキギターではなくアコースティックギターのほうだ。両方持っており、事前にどちらがいいか聞いていた。
「エレキとアコギの違いはわかる?」
「はい! 俺、アズさんが構わないならアコースティックギターがいいです」
「もちろん全然構わないよ。じゃあそっちで教えるね」
弾くところから始めようかと思ったが、やはりチューニングからにする。音叉だと難しいだろうと、チューナーを持ってきている。
「じゃあ合わせてみようか」
「はい!」
「六弦はEの音ね、五弦はAで」
Eはミで、Aはラの音のことだが、灯もわかっているようなのでそのまま進める。四弦はD、三弦はG、二弦はB、一弦はE……と六弦全てを合わせていく。弾く前にさりげなく灯の手をチェックしたが、左手どころか右手の爪も短く切られていた。
ギターを弾く場合、左手の爪は短く切ったほうがいい。長いとギターの指板に当たり、そこを傷つけてしまう。指板は「しばん」と読むのだが、フィンガーボードもしくはブレットボードと言ったほうがわかりやすいかもしれない。弦が張られている長い木の部分で、ここで音程の調整をしつつ弾く。
弾く段階で改めて梓は灯にギターの持ち方を説明した。
「右足太ももの付け根にギターが括れてる部分合わせてみて。うん。ギターの背が体に密着くるように――」
それからようやく、弦の押さえ方を説明していった。灯は梓と同じく右利きなので弦は左手で押さえる。この押さえる動作がしっかりできていないと正しく音が鳴らない。指板の上にあるフレットという金属の棒にしっかり当てるようにする。親指をネックの裏側に回して、両方の指でネックを挟むようにして押さえる。
「できる限りフレットの近くで弦を押さえてね」
「はい!」
灯に教える時間はとても楽しかった。
「アズさん」
飲み込みの早い灯にとりあえず音を出すところまで教えた後、灯がおずおずと名前を呼んでくる。
「ん?」
「これ、弾いてみてくれますか」
遠慮がちに見せられた楽譜は少々拙いものの、とても優しくて心に響くものだった。パッと見ただけでもいいなと思ったのだが、実際弾いてみるとなおさらよかった。
「これは、君が書いたの?」
少し驚きながらも梓が聞くと、灯はまた遠慮がちに頷いた。
灯の曲は本当に心に響いたし、このまま眠らせるのは勿体ないと梓は思った。だが灯は、趣味でやっているだけだと言う。
灯と別れた後も曲のことを考えていた梓は、ふと柊もこのことを知っているだろうかと思った。自分の友人がこんなにも凄い才能を持っていることを、知っているのだろうか。
家へ帰るとリビングでテレビを観ている柊を見つけた。相変わらず梓がいないとリビングにいるのだなと内心苦笑する。ずっと自分の部屋に引きこもられるよりはまだいい。
「なぁ柊。灯ちゃんのさ……」
「だからアカリは女じゃねえっつってんだろ!」
「わかってるよ。俺があの子のことを灯ちゃんって元々呼んでんの」
「はぁ?」
聞き捨てならないといった表情で柊は梓を見てきた。灯のこととはいえ、こうしてこちらをちゃんと見てくるのは久しぶりじゃないだろうかと梓は思い、ニッコリ笑う。
「で、灯ちゃんのね」
わざともう一度ちゃんづけを強調するように口にした後で続けた。
「曲とか知ってる?」
「……、あ? アカリの曲? そういや前にあいつ、詩を……って、何だよ! そういや馴れ馴れしく話しかけんな」
苛ついた表情から少し考えるような様子となり、素直に答えようとしている途中でハッとなったように睨んできた。そして柊は慌てたように自分の部屋へ向かって行った。
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