絆の序曲

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6話

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 梓が機嫌よさげに帰って来るのが目に入り、柊は舌打ちした。最近やたらと機嫌よさそうに見える。舌打ちした柊をもし親に見られたら「行儀の悪い!」といった風に怒ってくるだろう。決して「お兄ちゃんに対してなんです」とは言わない。両親は梓も柊も特別視してこない。自分の親ながら、柊はそれなりに尊敬している。

「……つか、俺の気も知らないで」

 ボソリと呟いたのは思わずであって梓に聞かれたいのではないため、柊は梓が自分に気づく前にそそくさとリビングから立ち去った。
 こんな態度がよくないことくらい、わかっている。そして本心をちゃんと言えばいいことも。だがそれを言えるほど柊は大人でないというか、素直でない。自分でもわかっているだけにそれがまた悔しくて、ますますイライラしてしまう。梓にというより、自分に対してムカつく。
 本当は、ただ梓に気づいて欲しいだけだ。ただ……ただ、家族でいて欲しい、と。
 柊はいつだって兄である梓を慕い、ひたすらくっついていた。柊が大好きで大好きで、いつもそばにいたかったしいて欲しかった。何でもできる梓が誇らしくて、ずっと自慢の兄だった。
 そんなある日、寝そびれて夜中まで起きていた柊が飲み物を取りに台所へ行った帰り、たまたま両親の会話を聞いてしまった。柊はその場で打ちひしがれた。梓が養子だと知ったのだ。そして梓がそれを知っているということも知った。
 聞いた時はとてもショックだった。ずっと血の繋がりのある兄だと当然疑ったことなどなかった。それが違ったのだ。もちろん血の繋がりがないからと言って梓が嫌になるとか、そういうのではない。それでもやはり「血の繋がり」に絶対的な信頼や安心感を得ていたのは間違いないし、それがないと知った瞬間の、表現し難い心もとなさはどうしようもなかった。
 また、自分だけが知らなかったことに柊は妙な疎外感というかショックを感じたのかもしれない。今思えば子どものわがままみたいな感情だが、知った直後は気持ちが乱れていて自己中心的な考えしかできなかった。
 勢いで姿を現し両親に本当なのか問い詰めていた。親は驚いていたが誤魔化すこともなく、教えてくれた。

「お前にわざわざ教えなかったのは秘密にしたいからじゃない」
「じゃあ何で……何で俺だけ」
「養子だったら柊は梓のこと、兄だと思えないの?」
「そ、そんなの関係ねえだろ! 兄貴は兄貴……」
「でしょ。だったら知ってるのと知らないのでは何が違うの?」
「そ……れは……」

 そう、何も違わない。信頼や安心感がなくなることなんてない。梓は何でもできる自慢の兄だ。

「で、でも今まで俺何も知らなくて、わがままな弟だった気がする」
「じゃあ知ったらわがままじゃなくなるということか。何でだ? 遠慮か?」
「……ぅうん……」

 何も違わない、変わらないのに遠慮もへったくれもない。柊はただ「……ごめん。聞いちゃって……」と両親に謝った。両親は何かを諭すのでも言い訳するのでもなく、ただ「もう寝なさい」とだけ言ってきた。
 翌日梓と顔を合わせた時、事実を知ってしまった柊にとっての梓はやはり何一つ変わっていなかった。

「おはよー兄貴。学校から帰ったらさー、こないだのゲームの攻略教えてくれよ。何べんやってもできねーとこあんの」
「おはよ。仕方ないなあ、いいよ」

 ただ、その後に気づいてしまったことがある。自分と同じく何も気にしていないと思っていた梓は、実は少しだけ距離を置いている。
 もちろんあからさまではない。一見普通に接しているように見える。だが柊がわがままを言った時、梓はよほどのことがない限りそれを優先して聞いてくれる。ずっとそうだったので、おかしいと思ったことはなかった。だが年の近い兄や弟のいる友人に聞くと、取り合いは壮絶だし弟がわがままを言おうものならまず圧倒的に兄が有利なプロレスが開催されるのだという。兄の立場である友人が言うには「生意気なんだよ」らしいし、弟の立場である友人が言うには「偉そう」なのらしい。そのくせ何だかんだで仲いいのか、嫌っている風には感じられない。
 年が離れているならまだしも、年が近いとこんなものだと皆は言う。そんなやり取りなど、柊は梓としたことなかった。しかも気づきたくなかったとモヤモヤしている柊に追い討ちがかかった。
 はっきりわかったわけではないが、梓は大学を卒業したら家を出ようとしているようだ。それ以来、柊は元々あまり素直だとは言えない性格が、兄に対してさらに素直でなくなった。その流れで親に対しても少し反抗してしまったりする。
 梓はわかってかわからないでか「遅い反抗期だな」などと笑うが、相変わらず喧嘩になることはない。
 何でもできる頭のいい兄だと思っていた。

 ……違う。梓はいつだって馬鹿だ。何にもわかってねえ。

 苛立たしい思いに駆られながら柊は「バイト行ってくる」と家をまた出ようとする梓を見た。

「どうした柊?」
「……何でもねーよ」
「まったく……行ってくる」

 柊に対して苦笑した後、手をヒラヒラさせて梓は出て行った。 閉まった扉を柊はただ見つめていた。
 翌日、学校の教室で友だちが「永尾ー」と柊を呼んできた。するとそばにいた灯が「あれ?」と声を漏らす。

「どうしたんだよ?」
「ん。シュウのお兄ちゃんってもしかして、梓って名前だったりしない?」
「は?」

 高校に入って灯と知り合うようになり、暫くしてから梓とギクシャクするようになったため、灯には基本的に梓の話はしていない。だから名前も知らないはずだった。だというのに何故、と思ったが話を聞いて理解すると同時に驚いた。
 確かに梓は最近新しいアルバイトを始めていた。だがまさか灯と同じ所だとは思いもよらなかった。
 何となく複雑な気持ちになる。だいたい灯は柊の兄である梓の名前すら知らなくとも、梓は灯の名前だけは聞いているはずだ。家でたまに灯の話はしている。
 とはいえ聞きかじっているだけの梓は腹立たしいことに「アカリ」という名の彼女だと思っている節があるので、梓が気づかないのも仕方ないかもしれない。

 ……彼女。

 柊はますます複雑な気持ちになり、灯に「どうしたの」と気がかりそうにされてしまった。
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