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5話
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朝、灯はいつものように恋を保育園へ送る。柊は毎回灯の家に来るわけではない。多分柊のことが大好きな恋の為ため、わざわざ会いに来てくれているのだろうと灯は思っている。
今朝も恋と二人で向かった。
「ひーくん、つぎはいつくるかなあ」
ギュッと灯の手を握りながらニコニコ見上げてくる恋がかわいくて、灯も微笑みながら「いつだろな。来てくれるといいね」と恋を見下ろした。
毎朝毎晩、恋を送り迎えするのは用事がある時以外は基本、灯がずっと担当している。母親は働いているが、あまり体が丈夫ではない。そのためできるだけ母親の負担を減らしたいと思い、自分が行きたいと願った。負担と言いつつも、もちろん恋の送迎は楽しんでおり、灯が恋の送迎をしたい気持ちもある。とはいえ元気な恋を連れて歩くのは中々に体力がいる。
後は灯が恋の送迎だけでなく食事も担当することで、母親は心置きなく残業もできる。体が丈夫ではないので本当は残業して欲しくはないが、母親としては母子家庭ということで早く帰らせてもらうよりは定時もしくは時に残業をする方が気が楽そうなので仕方ない。
他の家事は基本的に母親がしている。灯は手伝う程度だ。あまり家事を手伝うと母親が申し訳なさそうにするので控えている。
ところで体が丈夫ではないと言うと、よく「お母さんはどこか悪いのか」と聞かれることがある。厳密に言えば悪くはない。病気をしているわけではない。ただ、体が弱いのだ。
元気一杯な人にはこの、体が弱いということと病気をしているということの違いをあまり把握していないように灯は思える時がある。病気は明確にどこかを患っている。体が弱いのは、どこが悪いというのではなく、例えるならば鉄とガラスの違いのようなものだろうか。
厳密に言うと学術的には鉄とガラスの硬度はどちらがどうとは言えないようだが、鉄がちょっと落ちても割れないのに対してガラスは割れてしまう。これはもちろんガラスが欠陥品だからではない。そもそも持っている性能が違う。
それと同じように、元気な人が平気なことでも体の弱い人にとっては病気でなくとも大きな負担がかかったりすぐに消耗してしまう。灯の母親も病気ではないのだが、無理をすると具合が悪くなったりする。そのため灯は母親が無理をしないよう気をつけている。
ただ、問題は灯が母親に似ているらしいということだ。顔は確かに母親似だとは言われていたが、体質まで似ている自覚はなかった。しかし母親に「お兄ちゃんは私に似てあまり丈夫じゃないんだから、お兄ちゃんこそ無理しないで」と言われたことがあって初めて意識した。母親には「俺はでも男だからお母さんよりは丈夫だよ」とよく言っているが、一応自分で気をつけるようにはしているつもりだった。
恋を送ってから学校へ向かっている途中、だが微かに視界がブレた気がした。もしかしたら今日は多少調子が悪いのかもしれないと思いつつも、学校やアルバイトを休むわけにはいかない。母親にも心配をかけたくなかった。
「……気をつけようにもな……」
学校の門まで来たところで「アカリ」と背後から柊が声をかけてきた。
「おはよう、シュウ」
灯は笑顔で振り返り、挨拶をする。だが灯を見た柊は一瞬顔をしかめていた。怪訝に思ったが、柊が何も言わないのでそのままにしておくと休み時間に声をかけられた。
「アカリ」
「どうかした?」
「お前がな」
「え?」
ポカンと灯が柊を見ると、柊は少し怒ったような顔をする。
「お前、やっぱり調子悪いだろ」
実際、朝に気づいた時よりも怠くなっている気はするかもしれない。だが出さないようにしていたというのに何故バレたのかと思いつつ、灯は目を逸らした。
「何、目ぇ逸らしてくれてんだ。保健室行くぞ」
「嫌だ」
柊の言葉を即否定すると、柊が口元をひきつらせながら灯の手をとってきた。
「ちょっと、シュウ!」
断固として拒もうとする灯を、柊は引きずるように引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと、これじゃあ俺馬鹿みたい……」
「馬鹿だろ。いや、違うな」
握る手を緩めずに柊が振り返ってきた。
「頑固者」
「俺は頑固じゃないよ」
「頑固だろーが」
保健室へ行けば、下手すると母親の耳に入るのではないか、心配をかけてしまうのではないかと灯は困った顔をしながら思う。それに授業に遅れたくもない。そんな灯の様子に柊がため息ついてきた。
「心配かけていいんだよ」
保健室に着いてベッドへ灯を引っ張ると、柊は灯の頭を撫でてきた。
「だからとりあえずさっさと寝ろ」
実は柊の前で一度、一年生の頃だっただろうか、灯は倒れたことがある。その時は暑さもあったのだが貧血を起こしてしまった。それ以来、柊は灯に対してこういう時はやたら過保護になった気がする。いつもちょっとした灯の変化に気づいてくれてフォローしてくれていた。
その後少し眠っていたらしい。起きると、調子はよくなっていた。とりあえず灯はホッとする。
残りの授業を受けた放課後、それでも柊にアルバイトを休むよう言われたが、それはできないと頑として灯は頭を縦に振らなかった。するとまた「頑固者」と言われた。自分では頑固なつもりはないのになと思いつつ、灯はアルバイト先へ向かった。
「やあ灯ちゃん」
店で灯に気づいた梓が待っていたかのように声をかけてきた。
「お疲れ様です……っていうか呼び方」
「まあまあ。……っていうか、ちょっと疲れてる?」
まさか梓にまで言われるとは思っていなかった。どのみち少し眠ったおかげで具合はもう大丈夫ではあった。恐らく表情に少し残ってしまっていたのかもしれない。
「居眠りしたからかもです」
「具合悪くないならよかったよ、灯ちゃん」
「……。それにしても、今日早い時間から入ってるんですね」
呆れた後に笑いかけ、灯は着替えるためスタッフルームへ向かった。すると部屋の片隅にギターが置いてある。思わずジッと見てしまった。
誰のだろうとそわそわ思いつつ、着替え終えると灯は店内へ向かった。まださほど忙しい時間帯でないので、灯は世間話のようにさりげなく梓に聞いてみた。
「スタッフルームにギターが置いてあったんです」
「ああ、それ俺の」
梓はサラリと返してきた。灯が少し目を見開いて梓を見ると、ニッコリ笑いかけてくる。
「どしたの? 灯ちゃん、興味、ある?」
ないわけなどなかった。
今朝も恋と二人で向かった。
「ひーくん、つぎはいつくるかなあ」
ギュッと灯の手を握りながらニコニコ見上げてくる恋がかわいくて、灯も微笑みながら「いつだろな。来てくれるといいね」と恋を見下ろした。
毎朝毎晩、恋を送り迎えするのは用事がある時以外は基本、灯がずっと担当している。母親は働いているが、あまり体が丈夫ではない。そのためできるだけ母親の負担を減らしたいと思い、自分が行きたいと願った。負担と言いつつも、もちろん恋の送迎は楽しんでおり、灯が恋の送迎をしたい気持ちもある。とはいえ元気な恋を連れて歩くのは中々に体力がいる。
後は灯が恋の送迎だけでなく食事も担当することで、母親は心置きなく残業もできる。体が丈夫ではないので本当は残業して欲しくはないが、母親としては母子家庭ということで早く帰らせてもらうよりは定時もしくは時に残業をする方が気が楽そうなので仕方ない。
他の家事は基本的に母親がしている。灯は手伝う程度だ。あまり家事を手伝うと母親が申し訳なさそうにするので控えている。
ところで体が丈夫ではないと言うと、よく「お母さんはどこか悪いのか」と聞かれることがある。厳密に言えば悪くはない。病気をしているわけではない。ただ、体が弱いのだ。
元気一杯な人にはこの、体が弱いということと病気をしているということの違いをあまり把握していないように灯は思える時がある。病気は明確にどこかを患っている。体が弱いのは、どこが悪いというのではなく、例えるならば鉄とガラスの違いのようなものだろうか。
厳密に言うと学術的には鉄とガラスの硬度はどちらがどうとは言えないようだが、鉄がちょっと落ちても割れないのに対してガラスは割れてしまう。これはもちろんガラスが欠陥品だからではない。そもそも持っている性能が違う。
それと同じように、元気な人が平気なことでも体の弱い人にとっては病気でなくとも大きな負担がかかったりすぐに消耗してしまう。灯の母親も病気ではないのだが、無理をすると具合が悪くなったりする。そのため灯は母親が無理をしないよう気をつけている。
ただ、問題は灯が母親に似ているらしいということだ。顔は確かに母親似だとは言われていたが、体質まで似ている自覚はなかった。しかし母親に「お兄ちゃんは私に似てあまり丈夫じゃないんだから、お兄ちゃんこそ無理しないで」と言われたことがあって初めて意識した。母親には「俺はでも男だからお母さんよりは丈夫だよ」とよく言っているが、一応自分で気をつけるようにはしているつもりだった。
恋を送ってから学校へ向かっている途中、だが微かに視界がブレた気がした。もしかしたら今日は多少調子が悪いのかもしれないと思いつつも、学校やアルバイトを休むわけにはいかない。母親にも心配をかけたくなかった。
「……気をつけようにもな……」
学校の門まで来たところで「アカリ」と背後から柊が声をかけてきた。
「おはよう、シュウ」
灯は笑顔で振り返り、挨拶をする。だが灯を見た柊は一瞬顔をしかめていた。怪訝に思ったが、柊が何も言わないのでそのままにしておくと休み時間に声をかけられた。
「アカリ」
「どうかした?」
「お前がな」
「え?」
ポカンと灯が柊を見ると、柊は少し怒ったような顔をする。
「お前、やっぱり調子悪いだろ」
実際、朝に気づいた時よりも怠くなっている気はするかもしれない。だが出さないようにしていたというのに何故バレたのかと思いつつ、灯は目を逸らした。
「何、目ぇ逸らしてくれてんだ。保健室行くぞ」
「嫌だ」
柊の言葉を即否定すると、柊が口元をひきつらせながら灯の手をとってきた。
「ちょっと、シュウ!」
断固として拒もうとする灯を、柊は引きずるように引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと、これじゃあ俺馬鹿みたい……」
「馬鹿だろ。いや、違うな」
握る手を緩めずに柊が振り返ってきた。
「頑固者」
「俺は頑固じゃないよ」
「頑固だろーが」
保健室へ行けば、下手すると母親の耳に入るのではないか、心配をかけてしまうのではないかと灯は困った顔をしながら思う。それに授業に遅れたくもない。そんな灯の様子に柊がため息ついてきた。
「心配かけていいんだよ」
保健室に着いてベッドへ灯を引っ張ると、柊は灯の頭を撫でてきた。
「だからとりあえずさっさと寝ろ」
実は柊の前で一度、一年生の頃だっただろうか、灯は倒れたことがある。その時は暑さもあったのだが貧血を起こしてしまった。それ以来、柊は灯に対してこういう時はやたら過保護になった気がする。いつもちょっとした灯の変化に気づいてくれてフォローしてくれていた。
その後少し眠っていたらしい。起きると、調子はよくなっていた。とりあえず灯はホッとする。
残りの授業を受けた放課後、それでも柊にアルバイトを休むよう言われたが、それはできないと頑として灯は頭を縦に振らなかった。するとまた「頑固者」と言われた。自分では頑固なつもりはないのになと思いつつ、灯はアルバイト先へ向かった。
「やあ灯ちゃん」
店で灯に気づいた梓が待っていたかのように声をかけてきた。
「お疲れ様です……っていうか呼び方」
「まあまあ。……っていうか、ちょっと疲れてる?」
まさか梓にまで言われるとは思っていなかった。どのみち少し眠ったおかげで具合はもう大丈夫ではあった。恐らく表情に少し残ってしまっていたのかもしれない。
「居眠りしたからかもです」
「具合悪くないならよかったよ、灯ちゃん」
「……。それにしても、今日早い時間から入ってるんですね」
呆れた後に笑いかけ、灯は着替えるためスタッフルームへ向かった。すると部屋の片隅にギターが置いてある。思わずジッと見てしまった。
誰のだろうとそわそわ思いつつ、着替え終えると灯は店内へ向かった。まださほど忙しい時間帯でないので、灯は世間話のようにさりげなく梓に聞いてみた。
「スタッフルームにギターが置いてあったんです」
「ああ、それ俺の」
梓はサラリと返してきた。灯が少し目を見開いて梓を見ると、ニッコリ笑いかけてくる。
「どしたの? 灯ちゃん、興味、ある?」
ないわけなどなかった。
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