絆の序曲

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4話

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 いいアルバイト先を見つけたとばかりに梓はニコニコしていた。客として出入りしていた時に気に入った店の雰囲気は、店員としてもやはりいいなと思える。
 アルバイトが決まった日、ご機嫌で家へ帰ると柊がリビングでテレビを観ていた。梓がニコニコ声をかけるも素っ気ない上に、テレビを消して部屋にこもってしまう。最近は「兄ちゃん」とも言ってくれない。

「全く……やっぱり反抗期?」

 あえて軽い口調で呟き、梓は手持ちぶさたに頭をかくと風呂に入るため、一旦自分も部屋へ向かった。
 その後はアルバイトをするようになったのであまり柊とはすれ違わない。たまたまアルバイトが休みのこの間、柊が「音楽、勉強しておけば……」と呟いていたので「お? 何だ?」とリビングへ足を踏み入れると顔をしかめられた上に「……うざい」と呟かれた。どうにも切ないものだと思う。
 柊は梓にとって大切な弟という家族だが、実は梓と血の繋がりはない。それを言うなら、梓は父親とも母親とも血の繋がりはない。
 梓は養子だった。一歳の頃に今の両親の元に引き取られたらしい。さすがにそんな小さな頃の記憶はないが、大切に育ててくれたのはわかる。
 その二年後に柊が産まれた。両親は実の子ができても、梓に対して同じだけ愛情を注いでくれた。それはもう、揺るぎない愛情だったと思う。
 だから梓は自分の存在を疑ったことはない。例え親戚の口からたまたま自分の出生を知ってしまっても、その後改めて両親の口から事実を聞いても、両親の愛情を疑ったことはないし、負い目を感じてもない。それほどに両親は叱る時は思い切り叱り、かわいがる時は惜しみなくかわいがってくれた。
 ただ、それでも梓は大学を卒業したら家を出ることを考えている。
 自立し家を出て、仕送りして――

「そんなこと言ったら母さんたち、何て言うかな」

 驚いた顔をする両親が思い浮かび、梓はアルバイトへ向かいながら小さく笑った。
 カフェの仕事は以前似たような仕事をしていたのもあり、すぐに内容を覚えた。周りも皆、親切だった。
 そんな中、ほぼ毎日入っているらしい少年と必然的にシフトが重なるため、よく話をするようになった。梓は毎日入っているわけではないし、就業時間もずれているので普段は仕事の合間に少々話すぐらいだが、休日だと休憩時間も重なることがある。何となく趣味も合うようで話していて楽しい。

「片倉くんくらいの弟がいるんだけどさ。最近妙に嫌われちゃったみたいでねぇ」

 泣き真似というオーバーアクションに対しては笑われたが「本当に嫌われてるなんてないと思いますよ。でも寂しいですよね」と慰めてくれた。

「俺、妹がいるんですけど、永尾さんみたいなお兄さんも欲しかったです」

 そう言って微笑んでくる様子に何となくぐっとくるものがあり、梓は頭を撫でまくった。その時は「や、やめてください」と困っている様子だったが、それすらもかわいらしい。弟をからかいつつ、かわいがっているような気持ちになる。
 小柄、といっても実際そこまで小柄ではないだろうが、弟である柊を思うと小さく感じるので余計にかわいらしく感じる。

「じゃあ片倉くん、俺の弟になってくれる?」
「え」
「下の名前なんて言うんだっけ?」
「えっと……灯です、が」

 灯が戸惑いつつも教えてくる様子にも「いい子だなあ」と思ってしまう。 

 ……にしても、あれ?

 聞いた名前に心当たりがあった。気のせいだろうか、と梓は内心首を傾げる。

「灯ちゃんかあ」
「そ、その呼ばれ方は遠慮させてください」
「何で? 嫌?」
「……嫌です。女みたいな名前、気にしてるんで」

 困ったように顔を逸らしてきたが、申し訳ないことにそれは梓にとってはまた、くるものがあった。

「灯ちゃん、男らしいとこあんのに変なとこ気にすんだねえ」
「っだから灯ちゃんは……」

 ムッとした様子も、柊で見慣れ過ぎているというか、柊に比べたら断然かわいいものだった。
 梓はニコニコと灯を見る。

「ほら、俺もさ、アズサって名前、わりと女の子でもいけそうじゃない? つかむしろ女の子の名前?」
「あ」
「でも俺は気に入ってるし、灯ちゃんも俺の名前聞いても女の子みたいとか思わなかったでしょ?」

 梓の言葉に灯が「確かに……」と納得している。単純だ。



 梓は夏の花だ。産みの親を知らない梓にとって今の両親の元へやって来た日が誕生日でありたかったが、捨てられていたのを発見された時に出生届は出されている。
 乳児院からの棄児発見報告によって役所で調書が作られ、戸籍ができたのだろう。だから誕生日は発見された日なのらしい。名前は夏にちなんでつけられた。
 自分の生まれを知った時に両親が乳児院から聞いたそういった話も教えてくれた。養子だったというよりも、両親がつけてくれた名前じゃなかったことに、ただでさえ女の子の名前だとしか思えなかった梓が泣きそうになっていると、思い切り抱きしめられた。

「梓っていうのはね、とても優秀な木なんだよ。昔、中国では最も優れた良材として各家庭で望まれ植えられたんだ」
「そうよ。葉も綺麗なのよ。だから梓って名前にはね、美しくまっすぐ大きくのびのびと育ちますようにって意味が込められてる、とてもいい名前なの」

 両親は優しく名前について話してくれた。他にも丈夫でしなやかな梓の木を弓に加工することがあることから梓弓と呼んでおり、それにちなんで「柔軟なしなやかさを持った強い人になって欲しい」という意味も込められることがあるのだ、と。

「いい名前」

 二人はそう言ってくれた。その時から梓は自分の名前が大好きになった。
 弟である柊は、冬に産まれた。梓と同じく産まれた時期や植物にちなんだ名前がつけられている。それに気づいた時、ますます名前も、弟も、そして両親もかけがえのないものになった。



「だから灯ちゃんも俺のこと、梓と名前で呼ぶといいよ」

 ニコニコ梓が言うと、ハッとなったように灯が梓を見てきた。

「永尾さんの名前も女みたいだとしても、それとこれとは別です……! 俺はそう呼ばれるのは嬉しくないし、永尾さんを呼び捨てなんてできません」
「えー。じゃあ、さんとかつけてもいいから名前で呼んでよ」

 何度かお願いすると、灯は折れてくれた。

「じゃ、じゃあせめて……アズさんで……」

 おずおず梓を見上げながら言ってくるところがかわいくて、梓はまた灯の頭を撫でまくった。
 流されやすい……じゃなく、やはりいい子だなと梓はさらにニコニコする。

「アズさんでもいいよ。改めてよろしくね、灯ちゃん」
「あーもう……!」
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