絆の序曲

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26話

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 顔色もかなりよくなってはいたが油断するとまた動き回りそうな気がして、柊は一緒に帰ってくると灯の家へそのまま上がり、灯の部屋までついていった。

「シュウ、ちょっと大袈裟だよ。俺はもう元気だって」
「いいから少し寝とけ。ちゃんとベッドで寝たらもっと元気になる」
「夜に寝るよ」
「お前な、今日はほんと顔色よくなかったんだぞ。確かに今はほぼよくなってっけどな、アカリはすぐ油断するから信用してねーんだよ」
「何それ。……まぁでもわかったよ。いつもれん迎えに行く時間までは寝てる。これでいーだろ」
「よし」

 もう寝てなくても大丈夫そうではあるが、実際すぐに油断というか、灯は動き回りそうにしか思えないので念の為だ。

「んじゃ帰るわ」
「え、もう? 何か飲み物とか……」

 帰ると言い出した途端に灯がもぞもぞとベッドから出ようとする。ほんとぶれないなと柊は苦笑した。

「俺相手にそーゆーのいいから。鍵、しめたらドアのポストに放り込んでおくから後で見てくれ」

 そのまま四の五の言わす暇なく、柊は灯の部屋を出た。梓と話というほども話してはいないというか喧嘩しかしなかった気もするが、それでも柊は灯を諦めるつもりでいる。
 梓にはこれ以上柊のせいで遠慮ばかりして欲しくなかった。そして灯は全くもって自覚はなさそうだし実際まだそこまでではないとは思うが、梓に対しては他の相手に対してと比べてどこか違うのだけは柊でもわかる。
 それでも、と自分の気持ちを押し通すほどの強引さを残念ながら柊は持ち合わせていないし、そもそもヘタレだと自嘲する。
 だがさすがに灯の部屋のベッドで横になっているずいぶん元気になってきた灯と二人きりというのは未熟な柊には落ち着かない案件過ぎて、そこにいてられなかった。
 実は余計なお世話だが、灯の母親には連絡を入れている。それほど今日は灯の顔色がよくなかった。文化祭の時に灯の母親からは「あの子ほんと何も言ってくれないから、柊くん、迷惑じゃなかったら何かあった時は連絡してくれる?」と携帯の電話番号とSNSを聞いていた。今頃は母親が恋を迎えに行っているだろうと柊は携帯を取り出す。そして灯がもうほぼ元気になっていることと、あまりそれについては言わないでやって欲しいと連絡を入れた。

「俺ってば、ほんとアカリの保護者かよ」

 苦笑しながら玄関を出たところで梓と出くわした。内心かなり驚きつつも何でもないような振りをする。

「ようやくアカリに会いに来たってわけ?」

 まさかアルバイト先などではなく、直接家へ来るとは予想外だった。

「ああ。昨日のお前の様子からいてもたってもいられなくて」

 梓は少しだけ困ったような顔しつつも笑ってきた。だがすぐに心配そうな表情に変わった。

「今日は俺、バイト入ってないからさ、バイト先へ連絡して灯ちゃんが上がる時間念の為に確認しとこうと思ったら……急遽休みになったって言われて」
「あー」
「灯ちゃん、大丈夫なのか……?」
「もうほぼよくなった」
「……そうか……」

 梓が心底ホッとしたような顔をする。

「なあ」
「……ん?」
「お前、アカリに本気なんだって認めるんだな」
「あー……そういうことかな」

 梓はまた困ったように微笑む。

「悪いけど初めて柊に譲らない。きっとお前が一番欲しいものだろうけど、譲らない」

 そして柊の目を見ながらはっきりと言ってきた。
 ふと、小さな頃にデパートで柊が沢山欲しいものの中から必死になって一番欲しいものを選んでた時のことを思い出す。あの時いつも梓は「俺の分も柊にあげる」と、もう一つ選ぶように言ってきた。
 込み上げてくる何かを感じ、柊は少し自分より背の高い梓をあえて見上げた。

「よーやくのワガママかよ」

 ため息つきながら、柊は灯の家の鍵を梓に渡す。

「ポストに入れる予定だった。アカリ、部屋にいるから渡しといて」
「はは。せっかく俺が本気になる前に身を引いてあげてたってのにな。俺もう遠慮しないけど後悔しない?」
「……今、凄くした。こんな性悪兄貴にアカリを任せるなんてって」
「もう遅い」

 ニヤリとした後に、梓が嬉しそうに微笑んできた。

「あと、兄って言ってくれた」

 何とも言えない表情になった後、梓は柊の頭を撫でてから灯の家へ入って行った。
 ずっと見てきた大切な二人が、自分の手元からスルリと離れていくような感覚にとらわれる。それが苦しくて柊は入って行った梓を振り返られなかった。

「あっ、ひーちゃんだ!」

 しばらくその場に立ち尽くしていたようだ。柊の正面から幼い声が柊を呼ぶ。

「あら、もう帰るとこ? もう少しゆっくりしていってくれたら……」

 恋と手を繋いだ灯の母親が近づいてきていた。

「連絡、ありがとう、柊くん。助かりました」
「いえ。……今は俺の兄がアカリといると思うんで。俺は用事できたんで帰ります」
「そう? じゃあ今度来た時はゆっくりしていってね。こら、恋。柊お兄ちゃん、用事あるんだって。離しなさい」

 いつの間にか母親の手を離して柊の元に駆け寄り、ぎゅっと足に抱きついてきていた恋が「えー」と不服そうに柊を見上げてきた。

「大丈夫っす」

 何とか笑みを向けると、母親は「叱ってくれても構わないから」と苦笑しながらも灯が気になるのかとりあえず家へ入って行った。

「ひーちゃん、れんとあそぼ」
「んー、今日はもう帰るよ」

 自分の足にぎゅっとしがみついている恋がかわいくて少し癒される。柊は微笑みかけようとした。だが上手く笑えている自信がない。

「……ひーちゃん、かなしいの?」
「え?」

 柊を見上げていた恋が柊の手を今度は握ってきた。

「だいじょうぶだよ、れんが守ってあげる。だからね、泣かないでね?」

 俺、泣いてた……?

 泣いていた自覚すらなかった。思わず柊はしゃがみこんだ。すると幼い恋が「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と優しく頭を撫でてくれた。それがとても心地よくて、柊は俯いてハラハラと静かに涙を落とした。
 二人ともが大好きで。意味合いは違うけれども本当に二人のことが大好きで。
 だから本当ならこれでよかったと笑っている筈なのにこうして泣いているのは、とても今苦しいのは、失恋したというよりも、ただ二人に自分の側にいて欲しいというわがままなのだと今さらながらに思う。こうして小さな少女に側にいてもらって頭を撫でられて改めて実感する。

 大人になりたい。

 そう思った。
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