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30話
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梓はずっと、柊が自分に対し好意を持ってくれていないと思っていた。実の兄でないとわかって避けられているのだと。
……でも、そうでもないのかな……。
昔はひたすら素直だった柊だが、確かに今はあまり素直とは言い難い。ひょっとして素直でないからこそ、ああいった態度になるのかなと思うと柊がかわいいし、そうなのだとしたらどれほど嬉しいことだろう。
あと、柊に色々言われた後に思ったことを今も改めて思う。素直じゃない性質の一部はやはり自分のせいなのかな、と。優しくしたい、笑っているところが見たいといった梓の気持ちはある意味押しつけでもあるのだろう。
「よーやくのワガママかよ」
ため息つきながらの柊は呆れている部分もあったが、どこか嬉しそうにも見えた。
これからはもっとわがままで好き勝手なお兄ちゃんになるよ柊。それでもお前は俺のこと、嫌いじゃないんだって思うことにする。ほんと後悔しても遅いからな。
灯が何というか一杯一杯という感じだったので、灯の母親に勧められた夕食は丁寧に辞退して早めに灯の家は出た。だが気持ちが妙に高揚していたので都合がついた友人と軽く飲んで帰ると、柊はもう部屋に籠った後のようだった。そのため部屋のドアに向かって心の中で告げた。
一番欲しいものを譲らない、と言い切った以上、灯のことで申し訳ないといった気持ちもなるべく持たないよう心掛けるつもりだった。多分、申し訳なさそうな梓を見る方が柊にとっては腹立たしいし鬱陶しいだろう。
風呂から出て自分の部屋へ入ると、梓はエレキギターを生音で少し弾いた。エレキなのでアンプに繋げていないと本当に音が小さいのが夜にはありがたい。
いくつかの曲を弾きながら灯を思い出す。ひたすら真っ赤になっていた灯がかわいくて、思わず顔が綻んだ。
いきなりキスをしたのは少々申し訳ないと思いつつも、それでもまだ混乱してそうだった灯にそして苦笑する。わかってくれているかなぁと少し心配になる。あの反応を見る限りわかってはくれているようなのだが、どうにも心配になるのは仕方ない。奥手そうというか、恋愛事からとても遠いところにいそうな灯にいきなり男同士はハードルが高い気がする。
梓も流石に男同士での恋愛は初めてなので余計そう思うのかもしれない。
ほんとごめんね、灯ちゃん。
いくつか曲を弾き終え、笑みを浮かべながらそっと謝るが、さほど申し訳ないとは思ってはいない。柊に譲る気はないし、灯に対しても会わないようにしたかと思えばいきなり告白だしで、改めて考えると自分の性格がとても悪いような気になる。
だが自己嫌悪にはならないどころか、眠れそうにないくらい、気持ちがまだ高揚している。酒はさほど飲んでいないので、酔っているのではなかった。
翌朝、一旦目を覚ました梓は、大学が今日は少し遅くからだし寒いしで、もう一度寝直そうとした。だが廊下から「ちゃんと起きてるって! もー下りるから!」と柊の声が聞こえた。恐らく何度も起こされた挙げ句、ようやく起きた柊と、何度も起こした挙げ句二階へ行く気をなくした母親が二階と一階で何かやり取りでもしていたのだろう。柊の声は次第に遠くなっていったのでそのまま階段を下りていったと思われた。
思わずふわりと笑った後に梓もくるまっていた布団から這い出た。
「さっむ……」
ふるりと体を震わせると、以前母親が買ってきた半纏を寝間着代わりにしているジャージの上に羽織った。
「おはよ、母さん、柊」
父親は毎日、朝早くから出勤しているのですでにいない。
「あら? 今日は早いの?」
「二人のやり取りで目が覚めちゃって」
ニコニコ言うと、柊が少しポカンとしている。
「……何?」
「な、何でもねーよ。謝んねーからな、俺は」
謝るとは、と怪訝に思った後で「ああ」と梓は理解した。確かにいつもなら「何となく目が覚めちゃって」と言っていたかもしれない。
「別に謝らなくていーよ。母さん、俺にもパン焼いてもらっていい?」
「あら、お願いなんてどういう風の吹き回し? もちろんいいわよ。コーヒーはまだ作ったばかりだから自分で淹れなさい」
「うん」
言われた通りコーヒーを淹れてからテーブルへ着くと、柊がまだ少しポカンとした顔で梓を見ている。そんなに俺はいつも遠慮しかしてなかったか? と笑いたくなる。
「何、柊」
「何でもねーっつってんだろ。……あーいや。つか何だよその格好ダセーな。百年の恋も覚めんぞ」
「お前、俺に恋してたの?」
「はぁっ? 冗談でもキモいからやめろ……! アカリのことに決まってんだろーが!」
ドン引きしたような顔で柊は思わず席を立つ。だが梓の分のパンをパン切り包丁で厚めに切っているどこか楽しそうな母親に「あんたはとりあえずさっさと食べなさい。遅刻でもする気なの?」と言われて黙って座り直している。
「まぁでも遅刻したら目が少し腫れぼったい理由にもなるかもだな」
ニコニコ笑みを梓が向けると柊は「煩い」と気まずそうに顔を逸らした。
「母さんが買ってくれた半纏、お前は着てないのか?」
「着てねーよ……んでそんなもん着んだよ……」
「暖かいのになぁ」
「るせーんだよ」
煩いと言いながら柊は携帯電話を取り出し、いきなり梓を撮ってきた。
「何で撮ってんだ?」
「そのダセー格好、アカリに見せてやる」
「え、マジで?」
「は、やっぱヤなんだろ」
「いや、この格好はいーんだけど、俺、髪跳ねてない? あと変な顔して写ってない? それが気になるんだけど。灯ちゃんに見せるならちょっとキメポーズとるからもういっか……」
「馬鹿じゃねーのかっ?」
「馬鹿はあんたよ柊! 遅刻してもお母さん知らないからね!」
また勢いよく席を立った柊に、母親の言葉攻撃が速攻で入り、またもや微妙な顔をしながら柊は座り直す。そして食べかけだったパンをコーヒーで流し込むと「食ったから! 弁当どこ」と今度こそ目的をもって立ち上がっていた。
……でも、そうでもないのかな……。
昔はひたすら素直だった柊だが、確かに今はあまり素直とは言い難い。ひょっとして素直でないからこそ、ああいった態度になるのかなと思うと柊がかわいいし、そうなのだとしたらどれほど嬉しいことだろう。
あと、柊に色々言われた後に思ったことを今も改めて思う。素直じゃない性質の一部はやはり自分のせいなのかな、と。優しくしたい、笑っているところが見たいといった梓の気持ちはある意味押しつけでもあるのだろう。
「よーやくのワガママかよ」
ため息つきながらの柊は呆れている部分もあったが、どこか嬉しそうにも見えた。
これからはもっとわがままで好き勝手なお兄ちゃんになるよ柊。それでもお前は俺のこと、嫌いじゃないんだって思うことにする。ほんと後悔しても遅いからな。
灯が何というか一杯一杯という感じだったので、灯の母親に勧められた夕食は丁寧に辞退して早めに灯の家は出た。だが気持ちが妙に高揚していたので都合がついた友人と軽く飲んで帰ると、柊はもう部屋に籠った後のようだった。そのため部屋のドアに向かって心の中で告げた。
一番欲しいものを譲らない、と言い切った以上、灯のことで申し訳ないといった気持ちもなるべく持たないよう心掛けるつもりだった。多分、申し訳なさそうな梓を見る方が柊にとっては腹立たしいし鬱陶しいだろう。
風呂から出て自分の部屋へ入ると、梓はエレキギターを生音で少し弾いた。エレキなのでアンプに繋げていないと本当に音が小さいのが夜にはありがたい。
いくつかの曲を弾きながら灯を思い出す。ひたすら真っ赤になっていた灯がかわいくて、思わず顔が綻んだ。
いきなりキスをしたのは少々申し訳ないと思いつつも、それでもまだ混乱してそうだった灯にそして苦笑する。わかってくれているかなぁと少し心配になる。あの反応を見る限りわかってはくれているようなのだが、どうにも心配になるのは仕方ない。奥手そうというか、恋愛事からとても遠いところにいそうな灯にいきなり男同士はハードルが高い気がする。
梓も流石に男同士での恋愛は初めてなので余計そう思うのかもしれない。
ほんとごめんね、灯ちゃん。
いくつか曲を弾き終え、笑みを浮かべながらそっと謝るが、さほど申し訳ないとは思ってはいない。柊に譲る気はないし、灯に対しても会わないようにしたかと思えばいきなり告白だしで、改めて考えると自分の性格がとても悪いような気になる。
だが自己嫌悪にはならないどころか、眠れそうにないくらい、気持ちがまだ高揚している。酒はさほど飲んでいないので、酔っているのではなかった。
翌朝、一旦目を覚ました梓は、大学が今日は少し遅くからだし寒いしで、もう一度寝直そうとした。だが廊下から「ちゃんと起きてるって! もー下りるから!」と柊の声が聞こえた。恐らく何度も起こされた挙げ句、ようやく起きた柊と、何度も起こした挙げ句二階へ行く気をなくした母親が二階と一階で何かやり取りでもしていたのだろう。柊の声は次第に遠くなっていったのでそのまま階段を下りていったと思われた。
思わずふわりと笑った後に梓もくるまっていた布団から這い出た。
「さっむ……」
ふるりと体を震わせると、以前母親が買ってきた半纏を寝間着代わりにしているジャージの上に羽織った。
「おはよ、母さん、柊」
父親は毎日、朝早くから出勤しているのですでにいない。
「あら? 今日は早いの?」
「二人のやり取りで目が覚めちゃって」
ニコニコ言うと、柊が少しポカンとしている。
「……何?」
「な、何でもねーよ。謝んねーからな、俺は」
謝るとは、と怪訝に思った後で「ああ」と梓は理解した。確かにいつもなら「何となく目が覚めちゃって」と言っていたかもしれない。
「別に謝らなくていーよ。母さん、俺にもパン焼いてもらっていい?」
「あら、お願いなんてどういう風の吹き回し? もちろんいいわよ。コーヒーはまだ作ったばかりだから自分で淹れなさい」
「うん」
言われた通りコーヒーを淹れてからテーブルへ着くと、柊がまだ少しポカンとした顔で梓を見ている。そんなに俺はいつも遠慮しかしてなかったか? と笑いたくなる。
「何、柊」
「何でもねーっつってんだろ。……あーいや。つか何だよその格好ダセーな。百年の恋も覚めんぞ」
「お前、俺に恋してたの?」
「はぁっ? 冗談でもキモいからやめろ……! アカリのことに決まってんだろーが!」
ドン引きしたような顔で柊は思わず席を立つ。だが梓の分のパンをパン切り包丁で厚めに切っているどこか楽しそうな母親に「あんたはとりあえずさっさと食べなさい。遅刻でもする気なの?」と言われて黙って座り直している。
「まぁでも遅刻したら目が少し腫れぼったい理由にもなるかもだな」
ニコニコ笑みを梓が向けると柊は「煩い」と気まずそうに顔を逸らした。
「母さんが買ってくれた半纏、お前は着てないのか?」
「着てねーよ……んでそんなもん着んだよ……」
「暖かいのになぁ」
「るせーんだよ」
煩いと言いながら柊は携帯電話を取り出し、いきなり梓を撮ってきた。
「何で撮ってんだ?」
「そのダセー格好、アカリに見せてやる」
「え、マジで?」
「は、やっぱヤなんだろ」
「いや、この格好はいーんだけど、俺、髪跳ねてない? あと変な顔して写ってない? それが気になるんだけど。灯ちゃんに見せるならちょっとキメポーズとるからもういっか……」
「馬鹿じゃねーのかっ?」
「馬鹿はあんたよ柊! 遅刻してもお母さん知らないからね!」
また勢いよく席を立った柊に、母親の言葉攻撃が速攻で入り、またもや微妙な顔をしながら柊は座り直す。そして食べかけだったパンをコーヒーで流し込むと「食ったから! 弁当どこ」と今度こそ目的をもって立ち上がっていた。
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