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44話
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「マジかよ……」
とうとうこんな日が……と柊はジャガイモの皮を包丁で剥きながら思った。今すぐジャガイモを切るのではなく玉ねぎを切らねばと思いつつも、存外平然としている自分がいることに気づく。
「うん……」
隣では灯が首まで赤くしながら俯いて、湯通しした糸こんにゃくを食べやすい長さよりもさらに細かく切っていて、食べる時少し困りそうだ。
クソ、やっぱかわいいな。
確かにそう思うのだが、そしてショックはショックなのだが、ひたすら泣いたようなあの頃の気持ちまでにはなっていない。
俺、少しは成長してんのか?
もしくは慣れ? とも思ってみるが「慣れって何に慣れんだよ」とその後、柊は自分に突っ込む。
「……じゃあ、つき合ってる感じ?」
聞きたいのか、聞きたくないのかわからないが、やはり聞かないわけにはいかない。
「う、うん」
今のはどっちだよ……? 「うん」なのか、「ううん」なのかどっち……っ?
ジャガイモの、ない芽を必死になって取りながら柊が突っ込みのように考えていると、灯が続けてきた。
「俺、自覚した途端にどうしたらいいかわからなくて、えっと、自分からその、キスして……」
先ほど「俺、アズさんのこと好きだったんだってようやく自覚して、その……伝えた」と歯切れの悪い言い方だったのだが、理由がわかった。やはり泣けてはこないが「クソ兄貴め……!」という気持ちは非常に湧いてきた。
「そ、そうか」
「うん……でもそれすらまともにできなくて目、瞑っちゃってて顎にしちゃったんだけどな」
お前男のくせにクソかわいいかよ。
「そしたら、あ、アズさんが」
そこで言葉が切れたので灯を見ると、赤かった首筋がさらに赤くなっている。それに対しドキドキを通り越して大丈夫だろうかと柊がハラハラしていると、灯が少々勢いよく顔を上げてきた。
「うぉっ」
そして途中で目を逸らしてくる。
「アズさんがちゃんとキス、してくれ、て……」
そういえば人が驚く時って「うおっ」とつい言葉が出たり、ギョッとするとか言ったりするよな。これって何なん。何か魚類の呪いにでもかかってんの。ひたすら食べられるだけの魚たちが「こうなったら人間に驚きの呪いをかけてやる」とか言って――
「シュウ……? シュウ、大丈夫か……?」
灯の呼びかけに柊はハッとなった。どうやら一瞬遠い世界に行っていたらしいと苦笑しながら「わりぃ、何でもねえ」と灯を見た。
「……そんで?」
「で、えっと……キスはしたけどそれ以上は何もされなかったんだけど……これ、つき合ってるのでいいのかな……?」
今また遠い世界へ行きそうになった。
「はぁっ?」
「だ、だってシュウ、まるでアズさんの手が早いみたいなこと言ったり危ないだの言ったりしてたろ」
「言ってたけど……」
「でも何もしてこなかったよ? 俺もその時は一杯一杯でそんなこと気づきもしなかったけど、後でさ、そういえばって」
そういえばじゃねぇよ。
柊は何とも言えない顔で思った。
俺の……いや、実質これっぽっちも俺のじゃねーけどとりあえず俺のアカリが何か言ってるんだけど。
確かに灯も普通に男であるし、とてつもなく無防備で鈍さもありながらも、別に性知識に欠落があるわけではない。
それでも違和感しかねーよ……。
「……あの」
「何? シュウ」
「アカリさんは何かして欲しかったんですかね……」
「は……、……ち、違うよ! そうじゃなくて!」
少しの間の内に言われていることを理解したらしい灯がまた真っ赤になって頭をぶんぶん振る。頭がよさそうなのに、本人曰く頭はよくないし必死になってついていっているというのは、もしかしたら度々首がもげそうなほど頭を振るからじゃないだろうかと柊はそっと心配になった。
「そうじゃなくて?」
「そうじゃなくて、手が早いらしいのに何もしてこなかったのは、もう俺のこと……」
「キスされときながら何言ってんだよ……」
「そ、そっか……そう、だよな!」
そうかと頷く灯は嬉しそうだった。確かに相手のことが好きなのだと柊にも伝わってきた。今までなら、多分灯は梓が好きなのではないだろうかと思いつつも、曖昧な感じだった。もしかしたらそういう好きではないかもしれない、灯は梓とつき合うことはないかもしれないとほんのり思う程度には曖昧だった。
先ほどまでは存外平然としていると思っていたが、時間差で寂しさや切なさがじわじわと柊の中からにじみ出てくる。
「春だし、もう大学生になるし、アカリのお守りも終わりだな……」
「え、何だよお守りって!」
憤慨している灯も、やはりかわいい。
「そのままの意味だよ」
「俺はシュウのこと、親友だとばかり思ってたのに、シュウは俺がお荷物だったの? 酷いだろ!」
わざとムッとしたような顔をしながら、柊が鍋の中で炒めていた具材に灯は水を足していく。
親友、な。
柊は笑って鍋の中に調味料を入れていった。
ごめん、アカリ。 俺はずっと、違う目でお前見てたよ。でも、もうお守りだってしない。今度こそ、ようやく俺はお前の親友になる。
「安心しろ、保護者柊じゃなくなるだけで、ちゃんと親友でいてやるよ」
「ほんと何それ! 全く。……でも、ありがとうな。シュウは煩い、って俺、言いながらもほんと感謝してた」
灯がニッコリ見上げてきた。
「うん、これからも親友でいてくれ。シュウ」
「仕方ないな」
仕方、ない、な。
「保護者といえば、アズさんも保護者みたいな時わりとあるんだけど」
「あー」
「……キスしてくれても、もしかして保護者って気持ちだったりして……? もし俺が勇気出してみても『その先? ごめんね、考えてなかったし考えられないな』とか言われる可能性――」
「いや、ねーわ……!」
自覚した灯が、こう言っては何だが、まるで普通の男子のようだ。いや、前から普通の男子なのだが、何て言うか。
柊が微妙な顔をしていると、灯が申し訳なさそうに少し俯いた。
「っていうかごめん。当たり前のように口にしてたけど、男同士の話なんて嫌だよな……」
むしろ俺は男のお前が好きだったんだよと思いながら柊は笑みを向けた。
教えてもらいながら作った肉じゃがの糸こんにゃくは細切れで、ジャガイモはぼこぼこしていた。そして柊にはしょっぱかった。食べている時、少しだけ俯いた。
とうとうこんな日が……と柊はジャガイモの皮を包丁で剥きながら思った。今すぐジャガイモを切るのではなく玉ねぎを切らねばと思いつつも、存外平然としている自分がいることに気づく。
「うん……」
隣では灯が首まで赤くしながら俯いて、湯通しした糸こんにゃくを食べやすい長さよりもさらに細かく切っていて、食べる時少し困りそうだ。
クソ、やっぱかわいいな。
確かにそう思うのだが、そしてショックはショックなのだが、ひたすら泣いたようなあの頃の気持ちまでにはなっていない。
俺、少しは成長してんのか?
もしくは慣れ? とも思ってみるが「慣れって何に慣れんだよ」とその後、柊は自分に突っ込む。
「……じゃあ、つき合ってる感じ?」
聞きたいのか、聞きたくないのかわからないが、やはり聞かないわけにはいかない。
「う、うん」
今のはどっちだよ……? 「うん」なのか、「ううん」なのかどっち……っ?
ジャガイモの、ない芽を必死になって取りながら柊が突っ込みのように考えていると、灯が続けてきた。
「俺、自覚した途端にどうしたらいいかわからなくて、えっと、自分からその、キスして……」
先ほど「俺、アズさんのこと好きだったんだってようやく自覚して、その……伝えた」と歯切れの悪い言い方だったのだが、理由がわかった。やはり泣けてはこないが「クソ兄貴め……!」という気持ちは非常に湧いてきた。
「そ、そうか」
「うん……でもそれすらまともにできなくて目、瞑っちゃってて顎にしちゃったんだけどな」
お前男のくせにクソかわいいかよ。
「そしたら、あ、アズさんが」
そこで言葉が切れたので灯を見ると、赤かった首筋がさらに赤くなっている。それに対しドキドキを通り越して大丈夫だろうかと柊がハラハラしていると、灯が少々勢いよく顔を上げてきた。
「うぉっ」
そして途中で目を逸らしてくる。
「アズさんがちゃんとキス、してくれ、て……」
そういえば人が驚く時って「うおっ」とつい言葉が出たり、ギョッとするとか言ったりするよな。これって何なん。何か魚類の呪いにでもかかってんの。ひたすら食べられるだけの魚たちが「こうなったら人間に驚きの呪いをかけてやる」とか言って――
「シュウ……? シュウ、大丈夫か……?」
灯の呼びかけに柊はハッとなった。どうやら一瞬遠い世界に行っていたらしいと苦笑しながら「わりぃ、何でもねえ」と灯を見た。
「……そんで?」
「で、えっと……キスはしたけどそれ以上は何もされなかったんだけど……これ、つき合ってるのでいいのかな……?」
今また遠い世界へ行きそうになった。
「はぁっ?」
「だ、だってシュウ、まるでアズさんの手が早いみたいなこと言ったり危ないだの言ったりしてたろ」
「言ってたけど……」
「でも何もしてこなかったよ? 俺もその時は一杯一杯でそんなこと気づきもしなかったけど、後でさ、そういえばって」
そういえばじゃねぇよ。
柊は何とも言えない顔で思った。
俺の……いや、実質これっぽっちも俺のじゃねーけどとりあえず俺のアカリが何か言ってるんだけど。
確かに灯も普通に男であるし、とてつもなく無防備で鈍さもありながらも、別に性知識に欠落があるわけではない。
それでも違和感しかねーよ……。
「……あの」
「何? シュウ」
「アカリさんは何かして欲しかったんですかね……」
「は……、……ち、違うよ! そうじゃなくて!」
少しの間の内に言われていることを理解したらしい灯がまた真っ赤になって頭をぶんぶん振る。頭がよさそうなのに、本人曰く頭はよくないし必死になってついていっているというのは、もしかしたら度々首がもげそうなほど頭を振るからじゃないだろうかと柊はそっと心配になった。
「そうじゃなくて?」
「そうじゃなくて、手が早いらしいのに何もしてこなかったのは、もう俺のこと……」
「キスされときながら何言ってんだよ……」
「そ、そっか……そう、だよな!」
そうかと頷く灯は嬉しそうだった。確かに相手のことが好きなのだと柊にも伝わってきた。今までなら、多分灯は梓が好きなのではないだろうかと思いつつも、曖昧な感じだった。もしかしたらそういう好きではないかもしれない、灯は梓とつき合うことはないかもしれないとほんのり思う程度には曖昧だった。
先ほどまでは存外平然としていると思っていたが、時間差で寂しさや切なさがじわじわと柊の中からにじみ出てくる。
「春だし、もう大学生になるし、アカリのお守りも終わりだな……」
「え、何だよお守りって!」
憤慨している灯も、やはりかわいい。
「そのままの意味だよ」
「俺はシュウのこと、親友だとばかり思ってたのに、シュウは俺がお荷物だったの? 酷いだろ!」
わざとムッとしたような顔をしながら、柊が鍋の中で炒めていた具材に灯は水を足していく。
親友、な。
柊は笑って鍋の中に調味料を入れていった。
ごめん、アカリ。 俺はずっと、違う目でお前見てたよ。でも、もうお守りだってしない。今度こそ、ようやく俺はお前の親友になる。
「安心しろ、保護者柊じゃなくなるだけで、ちゃんと親友でいてやるよ」
「ほんと何それ! 全く。……でも、ありがとうな。シュウは煩い、って俺、言いながらもほんと感謝してた」
灯がニッコリ見上げてきた。
「うん、これからも親友でいてくれ。シュウ」
「仕方ないな」
仕方、ない、な。
「保護者といえば、アズさんも保護者みたいな時わりとあるんだけど」
「あー」
「……キスしてくれても、もしかして保護者って気持ちだったりして……? もし俺が勇気出してみても『その先? ごめんね、考えてなかったし考えられないな』とか言われる可能性――」
「いや、ねーわ……!」
自覚した灯が、こう言っては何だが、まるで普通の男子のようだ。いや、前から普通の男子なのだが、何て言うか。
柊が微妙な顔をしていると、灯が申し訳なさそうに少し俯いた。
「っていうかごめん。当たり前のように口にしてたけど、男同士の話なんて嫌だよな……」
むしろ俺は男のお前が好きだったんだよと思いながら柊は笑みを向けた。
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