トーカティブレティセント

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シキとミヒロ

15話

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「……あの、今日はなんで」

 シャンプーが終わったところで俺は浜吉さんと変わった。変わる時に俺は少し浜吉さんと些細なことを一つ二つ言って笑いあう。
 当然髪を乾かすところからは俺がしたい。いや、本当は全部俺がしたいけれども。
 ドライヤーで乾かしている間はいつもと同じく、いやもしかしたらいつも以上に海優くんは無言だった。だが髪をカットし始めるとそんなことを口にしてきた。

 今日は……ああ、シャンプーのことだろうか。

「俺、ミヒロくんに変なこと言っちゃったしね」

 長々と言い訳をしたいところだったが、とりつくろうための説明など考えずとも何もなかった俺に言い訳などできるはずもない。本当はまず謝らないと、と思うのだが俺の気持ちに嘘はなにもなかったので正直あまり謝りたくない。

 ……耳のことはあの時謝ったし。

 でもキスは悪かったと思っているからタイミングを見つけてそれは謝ろう。とりあえず今はいきなり「キスしてごめん」と言うのもあれだしと、海優くんが流しやすいよう簡素に応えると、一旦口をつぐんだ後に海優くんが小さな声で呟くように言ってきた。

「いや、俺のほうこそ……色々していただいたのにあんな風に帰ってしまって……すみませんでした」

 小さな声だが海優くんの声はこもっていなくて俺には聞きとりやすい。だから一語一句聞き洩らすことなく耳に入ってきた。
 本当にいい子だし男前だなと俺は暖かい気持ちになる。だが謝るのは何もかも俺のほうだけに申し訳ない気持ちにもなった。

「ミヒロくんは謝らないでね。俺が本当はたくさん謝らないとなのに先に悪くないミヒロくんに謝られちゃった」
「志生さんこそ何も悪くないです……」

 海優くんは即座に否定してくると続けてきた。

「……俺、この間の休みに実家、帰りました」
「え? そうなんだ」
「はい。そんで親とたくさん話しました。……それでもいい顔はしてくれなかったけど、気持ちはわかったって言ってくれて……でも、厳しい道を選ぶなら大学くらい出てみろと言われました」
「そうか」
「……あの、元々授業は真面目に受けていたつもりですが、どうせならちゃんと受験がんばります。……だからその、これからは少しここに来るの、減るかも、です……」
「そっか……。前進じゃない。よかったね、がんばってね」

 落ち込む必要はない。本当によかったと思うし今日だって来てくれたし、今後も回数は減っても来てくれると言ってくれているようなものだ。

 落ち込むな、俺。
 そもそも大人だろ……。

 俺はそっと微笑み、髪に集中する。

「あの、大丈夫ですか?」
「え?」
「いえ、その、なんとなく……。具合、悪いのかなと思いまして」

 いや、大人でも落ち込むものは落ち込むものだ。仕方ない。でも仕事中にお客様に心配させるのは間違っている。俺は内心自分に叱咤した。

「大丈夫だよ、ごめんね。ウチのオーナーがねー、甘いもの好きでね。俺が買ってきて後で休憩の時に食べようと思っているプリン見つけて食べられるんじゃないかなってちょっと考えてた。ほんとごめんね。でも髪に影響はないからね」

 少々苦しいことを言いながらそっと卓也さんにも心の中で少しだけ謝っておく。

「え、店長さんですよね? あの人甘いもの好きなんですか? なんか可愛いですね」

 いや、撤回だ。甘いものにまみれて虫歯で倒れろ。

 理不尽なことを思っていると海優くんが「あの」と言った後に逡巡しているかのように目をきょときょととさせている。鏡があるから表情は見逃していない。海優くんにしては珍しい様子に俺のほうが心配になった。

「ミヒロくんこそ大丈夫?」
「あ、す、すいません……」
「ううん、大丈夫ならいいんだけど」

 ニッコリとしながらも俺はそっと首を傾げていた。

「……あの……」
「はい」

 俺はにこやかに返事をしたがどうにもその後が続いてこない。どうしたのだろうか。

 ……まさか、担当を変えて欲しいとか、そういう……?

 俺が内心青くなりつつあると、「その、志生さんも甘いもの、好きなんですね」と海優くんが硬さのある笑顔で言ってきた。

 何だろう。やはり担当を変えて欲しいと思いつつ、切りだせないでいる、とか……?

「い、や、まあ俺はさほどじゃないんだけどね」

 どうにも返事がぎこちなくなった。いつもの自分を保てない気がしている。お客様ごとに目隠しがあってよかった。こんなところ、特に卓也さんには見られたくない。あの人にだけはとかいう熱い向上心でもなんでもなく、後で心の底から楽しそうに俺をからかってくるのが目に見えているからだ。

「……受験勉強、がんばってね。そして自分の納得いく道を見つけて欲しいな」

 微妙な空気が流れている気がして、それも自分のせいのような気がして俺はこっそり深呼吸をしてから海優くんに笑いかけた。

「……ありがとうございます。……志生さん、あの、さっきの女の人とは仲がいいんですか……?」
「え? うん、うちは皆、仲いいよー」

 浜吉さんと担当を変わって欲しいとか言われたらどうしよう。いや、浜吉さんはアシスタントだからまだそもそも無理だし。いや、そういう問題でもない。
 俺が内心穏やかではないまでも表ではにこやかに髪を弄っていると、海優くんがまた言いにくそうにしてきた。

「あの……、俺……、……俺、……その、志生さん、好きです」
「ありがとう」

 その言葉に俺は微笑んだ。だが違和感がじわじわ押し寄せてきた。

 ……あれ。いや、今のは……いやでもまさか。

 俺はそっと首を傾げた。今のはあれだ、多分普通にある流れだ。励ましてくれるなんて、好きです、みたいな。

 ……え? あるかな……。自分で言っておきながら、なんだけど。あるかな。でもそんな都合のいい話なんてそうそうないし、きっとそういう流れ、だ。
 ……よね?

 俺は戸惑いを少々隠せないまま海優くんを鏡越しに見た。海優くんはいつもからは想像できないほど真っ赤になって少し俯いている。

「え、あれ……? あの……」

 先程の余裕をかましたお礼と違ってかなりてんぱったような俺の声に気付いた海優くんはそっと顔を上げてきた。鏡越しに目が合う。

「逃げてしまって……ごめんなさい。俺も……好きです」

 その時ここがパブリックスペースじゃなかったら、多分俺は海優くんに襲いかかっていたかもしれない。
 夜、丁度早番だった俺は何がなんでも早くに仕事を終え、有無を言わさずに店を出た。学校の門限が夜の九時だという海優くんと待ち合わせをしていたからだ。

「ごめんね、あまり遅くなってないといいけど」
「いえ、むしろ時間を作ってもらってすみません」

 どこか店に入ろうかと提案したが外でいいですと言われ、俺と海優くんはそのまま近くにある小さな公園とも言えないスペースに移動しベンチに座る。ここから海優くんの学校まで多分十五分くらいで移動できるだろうが、あまり時間に余裕はない。

「あの」

 時間がないだろうしと切り出そうとした俺より先にだが海優くんが「すみませんでした」と謝ってきた。

「え?」
「志生さんの仕事場なのにあんなこと言って。しかも改めて時間を作ってもらって」

 何を言っているんだろう。むしろ俺の対応よりしっかりして男らしいと思っていたくらいなのに。考えているつもりでぐだぐだだった俺の告白を思い出し、俺は微妙になりそっと目を逸らした。

「でも、好きです。逃げたくせにと思われそうですが」

 だがその言葉に俺はまた海優くんを見る。海優くんは俺をじっと見ていた。
 こんな時なのになぜか殻から出た雛鳥が頭を過る。多分、海優くんの様子というか表情がいつもの静かな感じと違ってなにか溢れるような、そんな感じがしたからかもしれない。
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